第222話 紫華城での尋問①
結局、隠し通路に敵が逃げ延びてくることは無かった。
まあ、可能性は低いとの事だったので順当な結果と言えるだろう。
…しかし、それはそれで拍子抜けと言うか、腑に落ちない感じがする。
紫ならば、何かを仕掛けてくるんじゃ? と思えてならなかったのだ。
(考えすぎだろうか…?)
どうにも俺は、紫の事を意識し過ぎているようだ。
…原因は、俺が彼女の実力を測りあぐねているせいだろう。
先程の作戦といい、彼女の考え方、行動は、俺の予測を超えたものばかりだ。
その上、アンナですら正確に思惑が見通せず、戦闘力すらも未知数という…
なんと言うか、彼女はこれまで出会ってきたどの者達とも違う、あらゆる意味で異質な存在であった。
上手く言葉では表せないが、強いて言うならスケールが違う、といった感じか…
「トーヤ殿」
子供達から離れてひたすら悶々としていると、雀から声がかかる。
「雀さん、どうしましたか?」
「今回の主犯、狼を発見しました。これより尋問を行うとの事で、トーヤ殿にも来ていただきたいと」
尋問するのに、何故俺を…、ってそうか、嘘を見破らせたいって事か。
(しかし、別に俺でなくても、紫ならそれくらい…、って待て待て、いくらなんでも相手を大きく見過ぎだ…)
想定しておく事は大事だが、思い込みは良くない。
いくら紫の事を測りあぐねているからといって、全てを自分の想定以上に考えては、無駄にリソースを使う事になる。
余計な事は、今は考えないようにしよう…
「…わかった。子供達も一緒で構わないか?」
「勿論です。どうぞ、こちらへ」
◇
――紫華城・玉座の間
雀に案内された場所は、見たまんま玉座の間であった。
「トーヤ、待っていたぞ」
紫はその玉座で、文字通りふんぞり返っていた。
その姿は、キバ様などより余程サマになっている。
「…ここって、確か街でしたよね?」
「ん? ああ、そうだぞ。なんだ? 街に城があるのが不思議か?」
「いえ、そんな事はないんですが…」
街に城がある事自体、別に不思議ではない。
亜人領にもそういった街、というか国はいくつかある。
ただ、それは亜人領が統一されていないからであり、魔族領はそうではない。
魔族領は、魔王のもと、一つの国家として成り立っているのである。
つまり、王は一人であり、玉座があるのも首都の王城だけだった筈だ。
「ああ、玉座が気になるのか。これは…、お遊びのようなものだ。気にしなくていいぞ。それより、早速だが我が愚兄を尋問したいと思う。協力してくれ」
「…わかりました」
まあ、気にしても仕方がなさそうなので、俺はすぐに視線を玉座の下へ移す。
そこには、木に括りつけられた男が転がっていた。
「ソレが我が愚兄だ。卑しい顔をしているだろう? その見てくれ通り、性格も悪いし、戦闘力も低い。…本当に救いようのない男だよ」
転がされた男、狼は、紫の言葉に反発するように暴れる。
一瞬、魔力でも使われたら面倒かと思ったが、どうやらその心配は無さそうだ。
「…その男が括り付けられている木は、ツリーフォークですか?」
「そうだ。狼の魔力は、そのツリーフォークが食っている。だから、術の類の心配はしなくていい。…まあ、そんな技術をその男が持っているとは思えんがな」
ツリーフォークとは厳密には鉱族の一種とされている種族だ。
亜人領にはあまり生息しておらず、俺も見たのは初めてである。
レイフ達も似たようなモノと言えなくも無いが、彼らとは決定的に違う点がある。
それは、ツリーフォークの主食が魔力であり、人や動物を襲う点だ。
その為、ツリーフォークは魔獣などと同じく害獣と認識されており、鉱族からも忌み嫌われている存在であった。
「しかし、お前…、いや、お前達には、やはりわかるのだな?」
それは、俺が魔力の流れで、ツリーフォークの存在に気づいたことを言っているのだろう。
紫は、今『やはり』と言ったように、前々からその事に気づいていたふしがある。
俺がそれに気づいたのは、彼女の前で蛮と戦った時だ。
あの時彼女は、俺の技の仕組みを、ある程度見抜いているような口ぶりをしていた。
それはつまり、彼女が何らかの方法で魔力の流れを把握していたと思って間違いないだろう。
「くっく…、本当に面白い。これは、他の兄上達や父上すらも知らぬ事だろうな? 実に素晴らしい情報だぞ」
どうやら魔族にとって、俺達亜人領の者が、魔力の流れを見れるというのは貴重な情報だったらしい。
それはこっちにとっても同じ事なのだが、状況を考えればどちらが得かは一目瞭然だ。
今は手を組んでるとはいえ、ここはあくまでも魔族領、つまり敵地なのである。
あまり考えたくは無いが、紫の気が変われば非常に不味い事になる可能性も…
「おっと、そう怖い顔をするな。別に取って食ったりはしないぞ? まあ、尋問には協力して貰うがな。私には少なくとも、相手の感情や思惑を見透かす事は出来ない。この男から情報を搾り取るには、お前達の協力が必要だ」
その言葉には、圧力こそ無いが確かな強制力を伴っていた。
俺は彼女の臣下でも何でも無いが、この言葉だけで素直に従いたくなってくる。
これがカリスマというヤツなのだろうか?
…まあ、特に断る理由があるワケでも無いし、そんなの無くても従うけどね。