第221話 第七十八番地区 奪還作戦⑨
年末進行…、やっと、終わった…
「…コルト、大丈夫?」
射撃場所を移動している最中、アンネが心配そうに尋ねてくる。
「ああ、この程度であれば余裕さ」
強がりや誇張ではなく、これは俺の本音であった。
普段、妹やアンナのような化け物じみた才能を見ている分、俺は自分の実力に自信を持てていなかった。
しかし、魔族領に来てからの戦闘経験が、そんな俺にも確かな手ごたえを感じさせていた。
俺も確実に成長している…、その実感が、俺にも少なからず自信を取り戻させていたのである。
「それならいいけど、無理はしないでね?」
「ああ」
わかっているとも。
自分が未熟である事くらい、重々承知しているからな…
「危ないと感じたら助太刀を頼む。場合によっては、逃げる事も視野に入れるぞ」
親父殿にも言われた事だが、この作戦に命を懸ける程の価値は無い。
俺は、仲間を守るために自らを犠牲にする事は厭わないが、わざわざ無謀な戦いに挑む程愚かではない。
本当に危ないと感じたら、撤退を最優先にするつもりだ。
「…わかった」
アンネも、アンナのように近接戦闘が得意なワケではない。
自分の限界を知っている分、アンナよりも戦いを避ける事に抵抗が無いのは幸いだ。
「っ!? コルト、始まったみたいだよ!」
アンネが急に立ち止まり、門の方を向く。
直後、けたたましい歓声がこちらまで聞こえてきた。
「…よし、射撃は終了だ。このまま、親父殿の元へ向かおう」
◇
「…こりゃ、凄いな」
紫達に合流すべく、門の近くまで来たが、そこは既に人で溢れかえっていた。
ザっと見ただけでも数千は居る…
正直な所、これ程の人数が集まるとは思っていなかった。
「この街の住民は、紫様が直々に各地を訪れ、街へ勧誘した者達ばかりですので…」
話半分に聞いていたが、それが本当であれば、凄まじい程の行動力である。
今更疑うつもりはないのだが、その労力を想像すると気が遠くなりそうだ…
少なくとも、俺では決して真似できない行為である。
「親父殿!」
「トーヤ様!」
住人達の熱量に圧倒されていると、コルト達が到着する。
「コルト、アンネ、早かったな」
「近くを移動中でしたので。…それより、凄い人数ですね」
「…ああ。これはちょっと想定外だったな」
とはいえ、嬉しい誤算と言えるだろう。
この人数であれば、作戦の成功はほぼ確実と言っていい。
「…アンナ達が到着したら、予定通り俺達は裏方にまわるぞ」
「「はい!」」
◇
紫達は予定通り、住民を率いて街を縦断していった。
しかも、進むにつれその人数はどんどんと増していき、城に到着する頃には万に迫る数となっていた。
光源があるとはいえ、とても深夜とは思えない光景である。
「聞け! 我が同胞達よ! これより我は、此度の奸計を企てた愚兄、狼を討つ!」
紫の声に呼応するように、大歓声が上がる。
城を取り囲む住人達から上がる声は、まるで四面楚歌のようだ。
これだけの人数の統率が取れる紫は、やはり傑物の類なのかもしれない。
あるいは、その住人全てに根回しを行った、彼女の部下達が凄いのか…
いずれにしても、敵には回したくない相手である。
「…もう、俺達に出番はありませんかね?」
「多分…、な。でも、気は抜くなよ?」
「勿論です」
俺達は今、城の隠し通路の出口にて待機をしている。
この隠し通路の存在は紫しか知らないらしく、敵が来る可能性はほぼ無いそうだが、念の為という事で俺達が警備を任された。
他国の者にそんな場所を教えて良いのか? と思ったが、紫の事だから他にも隠し通路などいくらでもあるのだろう。
紫の私兵が何人か見当たらなかった事からも、それはほぼ間違いない筈…
「…しかし、本当にこれ程上手く行くとは、思いませんでした」
「まあな。俺もこれだけの人数を率いて進軍するとは、思わなかったよ」
今回の作戦の要は、間違いなく住人である。
彼らが紫に賛同し、行軍に加わらなければ、この作戦は成り立たなかった。
もっとも、それを可能とした紫のカリスマ性も、作戦の要と言えるかもしれないが…
当初、作戦の肝たる住民の徴集について、俺は反対意見であった。
住民を利用するというのも余り気が進まなかったし、何よりそれ程人数が集まるとも思えなかったのだ。
しかも、城には私兵が二千以上はいるようだし、街の守衛なども合わせればこちらの犠牲は確実に増える。
そんな作戦を肯定する気には、到底なれなかったのである。
しかし、紫は俺の予想を遥かに上回る形で、それをやってのけた。
万に迫る人数の住人に対する根回し、それら全ての住人から賛同を得られる程の信頼。
そして、その結果生まれた圧倒的な数的有利は、同時に被害を減らす事にも繋がった。
いくら鍛え抜かれた兵士であっても、数で遥かに勝る軍勢を前にしては、戦意を失うか逃げ出すしか無いからである。
(俺には、絶対真似できないやり方だ…)
保守的で自分に自信のない俺では、絶対にこんな作戦を立てる事はできない。
「トーヤ様…。人にはそれぞれ得手不得手がある…、そう教えてくれたのはトーヤ様じゃありませんか…。だから、気負わないで下さい…」
そう言いながら身を寄せてくるアンナ。
その言葉で、ようやく気付く。
(そうか…。俺は悔しがっていたのか…)
負けて悔しがる…
師匠には当然の如く負け続けていた為、久しく忘れていた感情だ。
俺はアンナの言葉に頷き、そっと頭を撫でる。
「…そうだな。でも、勉強にはなったよ。俺には出来なくとも、こういうやり方があるって事は、頭に入れておくさ」
自分が出来ないから想像できなかった、そんな事で、取り返しのつかない事になっては遅すぎる。
今回の作戦は、俺にとって非常に良い経験となった。