第215話 第七十八番地区 奪還作戦③
とりあえず更新再開です。
炎の凄まじい殺気が放たれる。
これは敵兵士への威嚇であると同時に、俺達への作戦開始の合図でもある。
随分と荒々しい合図だが、視覚や聴覚に頼らない分どこにいても察知できるという点では、良い方法と言えなくもない。
「トーヤ殿、こちらへ」
建物の陰に身を潜めていると、紫の側近である雀から声がかかる。
手筈通り、守衛の詰所から人が出払ったようだ。
それにしても…
「雀さん、隠形上手ですね」
「これは…、側近としての必須技術ですので…」
そうなのか…
確かにソウガも隠形の達人だったが、側近に求められるスキルだったのか?
「特に紫様の場合、お忙しくしていることが多いので、側近には存在感を消すことが求められます」
「…成程」
側近は常に主の近くに控えているからこそ、そういったスキルが求められるのかもしれない。
まあ、ソウガの場合は側近兼、文官長のような役割も担っていた為、あまり側にはいなかったがな…
(…しかし、本当に優秀だな)
雀は、隠形だけでなく、優れた身体能力も有していた。
紫が案内役兼、護衛と言っていたが、確かに彼女であればしっかりとその役割をこなすであろう。
雀は、捕まっていた際に心身ともに痛めつけられていた為、少し心配ではあったのだが、この様子では問題無さそうである。
「…それでは、これから詰所に突入しますが、本当に見張りは付けなくて宜しいでしょうか?」
「大丈夫だ。そこはウチの子達を信用してくれていいよ」
不安が無いかと言われれば嘘になるが、それ以上に俺は子供達のことを信頼していた。
まだ再会して間もないとはいえ、『縁』を繋いだことで四人の実力についてはかなりの精度で把握できている。
まだまだ精神的に未熟な面はあるが、実力に関しては荒神の隊長クラスにすら引けを取らないだろう。
「…トーヤ殿がそう言うのであれば良いですが、突入のタイミングはどう伝えるのですか?」
「…方法は秘密だけど、もう子供達には突入すると伝えたよ。なので、すぐにでも突入しようか」
「…わかりました」
雀は少し訝し気な表情を浮かべたが、すぐに表情を引き締める。
疑念があってもすぐに切り替えられる辺り、プロ意識の高さを感じる。
俺も彼女にならい、意識を集中する。
「っ!?」
しかし、いざ突入のタイミングを合わせる為に雀の近くに身を寄せると、彼女の顔は途端に朱に染まってしまう。
「す、すみません」
「…落ち着いて行こうか」
プロ意識の高さは、勘違いだったのかもしれない。
◇
「アンナ、今のって親父殿の言ってた合図だよね…、ってどうしたんだ?」
「…なんでもない。ちょっと不愉快な波動を感じただけ」
「…良くわからないけど、始めて良いんだよね?」
「うん、お願い。下は私に任せて」
ロニーは私の言葉に頷くと、すぐさま柱を登って曝された首を回収し始める。
現在、警備を行っていた者達は全て炎達の鎮圧に出払っている為、周囲には誰もいない状況だ。
トーヤ様から『縁』を経由して合図もあったので、詰所から兵士が押し寄せることもない筈。
つまり、比較的安全に首の回収は行えるのだけど、何せ数が多いので時間がかかる。
いつ敵兵に気づかれるかもわからない為、ロニーが首を回収している間の護衛をすることが、私の役目であった。
「……」
しかし、私の中にはどうにも不満が残ってしまっていた。
その原因は、この隊の配分にある。
…いや、より正確に言えば、トーヤ様とあの雀という女性が一緒なのが気にくわないのだ。
「うっ…、ちょっとアンナ、殺気が漏れてるよ!」
「…ごめん」
柱から降りてきたロニーが、私の顔を見て血相を変えている。
どうにも、不満が顔にまで出ていたらしい。
(いけない、いけない…)
こんな風に感情を持て余していたら、またトーヤ様に子供扱いさてしまう。
しかも、私のせいで作戦が失敗などしたら、目も当てられない…
私は心を静め、冷静になるよう努める。
そもそも私は、不満こそあるが、この部隊構成自体には納得しているのだ。
木登りが得意なロニーと、その護衛が可能な戦闘力を有する私を組ませるのは最良と言えるし、地形の把握や観測能力に長けたコルトと、遠距離攻撃を得意とするアンネを組ませるのも十分理解できる。
結果として、手が空くのはトーヤ様一人となるのだから、異論をはさむ余地など無いのである。
トーヤ様と雀が組むことになったのは恐らく紫の差し金だろうけど、トーヤ様であればそのくらいのことは百も承知だろう。
だからこそ、心配する要素などほぼほぼ無い、筈…
(そうは言っても、気になるものは気になるんだけどね………、っ!)
うじうじと悩みつつも、警戒を怠っていたワケでは無い。
私が広げた警戒網から、数人がこちらに向かってくるのを感じ取る。
「貴様ら! そこで何をやっている!」
格好から察するに、衛兵か何かのようである。
どうやら、詰所から遅れて出てきた者達が、偶然私達に気づいたようであった。
どこにでも、間の悪い者はいるものだ…
「おい! 貴様ら、何者…、ってなんだ、子供か…」
その言葉に、押し込めておいた不愉快な気分が、再び顔を出す。
「っ!?」
私は隠すことなく、自らの殺気を衛兵達にぶつける。
あの炎という男が放つものとは比べ物にならないだろうけど、やり方はある程度掴んでいた。
「…ごめんなさい、私、不機嫌なので、少し八つ当たりさせて頂きますね?」
次回は通常通り、火曜日中の更新になります。