第214話 第七十八番地区 奪還作戦②
紫華街は、中々に発達した都市であった。
華々しいとは言い難いが、しっかりとした建物が並び、所々に発光石が設置されている事から、夜でもそれなり視界が良い。
(これだけ明るければ、暗視法を使うまでも無いか…)
色々と弄られているとはいえ、俺のスペックは基本的に人間がベースだ。
いくら暗視法を用いても、人間である以上限界があるので、明かりがあるに越したことは無い。
(さて、子供達の方も配置についたようだし、俺も気を引き締めますか…)
◇
配置についてから程なくして、広場の方から強烈な殺気が放たれる。
あの炎という男が暴れ始めた合図だ。
(ぐっ…、話には聞いていたが、本当に強烈な殺気だな…)
コルトとアンナは、こんな殺気を間近で浴びて、良く平気だったものである。
二人は全然平気じゃなかったと言っていたが、俺だったら漏らした上で気絶していてもおかしくなかったと思う。
「ロニー? 大丈夫?」
俺が情けなくもプルプル震えていると、アンナが心配そうに声をかけてくる。
「ああ、ちょっと怖いけど、覚悟していた分、なんとか耐えられているよ」
そう、俺は来るとわかっていたからこそ、耐えられているだけなのである。
その覚悟がなければ、恐らく俺は腰を抜かしていた。
「それにしても、親父殿はこの殺気を前にして平然としてたんだろ? 本当、凄いよな…」
「うん。本当にトーヤ様は凄い…。でも、私達だっていつまでも頼ってばかりじゃいられないよ?」
「…わかっているって。俺達は、俺達の役目をしっかりこなそう」
◇
「…結構風があるな。大丈夫か、アンネ」
「うん、このくらいの風なら問題無いよ」
それよりも、問題なのはこの殺気、かな…
聞いていたとはいえ、正直ここまでとは思っていなかった。
私も姉さんも、地竜という最大級の脅威を目の前にした経験がある為、殺気や威圧感にはそれなりに耐性がある。
しかしこの殺気は、そんなものは関係ないとばかりに私の精神を揺さぶってきた。
私は、震える手を抑え込むように強く握りこむ。
(大丈夫…。私は出来る…)
「………」
そんな私を、コルトが無言で睨みつけてくる。
そして次の瞬間、私はおでこを指で弾かれていた。
「っ!?」
気を張っていたのに、全く反応出来なかった。
これは…、ルーベルトさんの、虚をつく打撃…?
「…驚いたか? 俺でも、このくらいの事が出来る程度には成長してるんだぞ?」
「…?」
コルトが何を言いたいのか、私にはわからなかった。
「でも、その俺以上に、アンネは成長したと思う。だから、まあ…、アンネなら問題無いだろ」
コルトは不思議そうな顔をしている私に対し、どうやら補足をしたようであった。
しかし、それを聞いてもコルトの言いたいことが理解できな……、あ。
(もしかして、私に自信を持たせようと…?)
だとしたら、随分と不器用な言葉選びだと思う。
…いや、でもそういえば、コルトって昔からそういう所あったっけ。
最近は随分としっかりしてきたので忘れていたが、コルトは結構不器用な所がある。
「…ぷっ」
「な、なんで笑うんだ!」
「いや、だって…、本当、コルトは不器用だよね」
私は、気づくと自然に笑っていた。
二人とも小声とはいえ、狙撃手とは思えない振舞いである。
「…悪かったな。不器用で…」
「ううん、コルトはそれでいいと思うよ?」
「いや、駄目だ。俺の目指すのはトーヤ様だからな」
「…先は長そうだね。…もしかしたら、私の方が早くそうなっちゃうかも?」
私は、悪戯っぽく笑みを浮かべてコルトを挑発する。
そんな見え見えの挑発に乗ってくる辺り、コルトの目標はまだ遠いように思える。
「何!? いや、ま、まさか、アンネもトーヤ様の後継者になろうと…?」
「さあ? でも、少なくとも私は尻餅なんてつかなかったよね」
「んな!?」
本当に懐かしい。
奴隷商から逃げていた頃の思い出は、本当に辛いものばかりだけど、こんな冗談を言い合う事もあったものだ。
今思えばあれは、私達の気を紛らせる為の、コルトなりの気づかいだったのかもしれない。
(ありがとね、コルト)
私はそう心で呟きながら、矢を弓につがえる。
もう、手は震えていなかった。
「さあ、人が集まって来たよ。ターゲットの確認、宜しくね。絶対…、外さないから」