第209話 魔王の子供達について
「しかし、まさか魔王の娘とは思わなかったよ…」
「別に、親父の子は100近く居るんだ、そう珍しいモンでもねぇよ…」
100人近くか…、結構な人数だな…
随分とお盛んですねと皮肉を言いたくなるが、王であればそれくらいが普通なのかもしれない。
キバ様だって、数百年も生きてるという事だから、彼方此方に種を蒔いていてもおかしくないだろうし…
「…なあ、魔王の子供って、みんな蛮や紫さんのように強い人ばかりなのか?」
「…手前ぇ、皮肉で言ってんのか?」
俺が尋ねると、蛮は途端に不機嫌そうな顔をする。
どうやら、自分が「強い人」の中に含まれたのが不満らしい。
「いや、そんなつもりは無いよ。蛮と同等か、それ以上の実力者ばかりだと、亜人領側としては厳しいと思ってね」
「…まあ、亜人領側の立場からすりゃ、気になるのは当然か」
コルト達から聞いた話だと、亜人領は現在も魔族達の侵攻を受けているらしい。
蛮や紫の話を聞く限り、魔族も一枚岩では無いようだが、蛮のような実力者が何人もいるようだと亜人領側は厳しい事になる。
ただでさえ国として纏まっていない亜人領では、彼らの侵攻を防ぎきる事は出来ないだろう。
「安心しろよ、半分以上の兄弟は戦闘力なんか無いタダのガキだ。まあ姉貴も含め、俺より遥かに強ぇのは何人かいるがな…」
それは安心していいのだろうか…?
蛮より強い者が何人もいるって時点で、結構ヤバイ気がする。
「はっ! 地元のお仲間が心配か? けどな、それよりもまずは自分の心配をした方がいいと思うぜ?」
自分の心配というと、やはりこの後の作戦についてだろうか?
「…紫さんは簡単な作戦だと言っていたが?」
「ククッ…、あの姉貴の作戦がまともなワケねぇだろ。間違いなく苦労させられるぜ?」
マジですか…
あの人自信満々だし、結構楽観視してたんだけどな…
一気に不安になってきたぞ…
「ま、俺は他の奴隷達と一緒にゆっくりと待ってるぜ。ヤバそうになったら、勿論トンズラするがな!」
ぐぬぬ…
俺だって、そうとわかっていれば断ったのに…
「大丈夫ですトーヤ様。もしもの時は、私がなんとかしてみせます!」
なんとかって、なんだろう…
アンナの事だから、きっと碌な事をしない気がする。
ルーベルト相手に自爆をしかけた事もあるし、平気で命を投げ捨てそうな気がして、凄く不安だ…
「それにしても、まだ到着しないのでしょうか? もう陽も暮れそうですけど…」
「この行軍速度だし、遅れている可能性はありそうだな…。まあ、作戦決行は深夜らしいし、多少遅れるくらいなら問題無いんじゃないかな」
「であれば良いのですが…」
不安そうな表情を浮かべるコルト。
俺はそれを安心させるように笑顔で返すが、内心は不安で一杯だった…
俺達は現在、馬車で第七十八番地区とやらに向かっている最中である。
義火のアジトを出てから既に数時間は経っているのだが、奴隷達は基本徒歩である為、行軍速度はあまり出ていない。
正直、俺達だけ馬車に乗っているのは気が引けたのだが、作戦の事を考え体力を温存しろと言われては従うしかなかった。
ちなみに、蛮は先程自分で言っていたように、この作戦には参加しない予定だ。
まだ傷が完治していないという事情もあるが、一番の理由は奴隷達の護衛が目的である。
「お、どうやら着いたみたいだぜ」
馬に乗って先導していた紫が、全体の行軍停止を命じたようだ。
もう外は真っ暗であり、土地勘のない俺にはどこに到着したのかさっぱりわからなかった。
「トーヤ、馬車を降りろ」
馬車の外から紫に呼びかけられる。
言われるままに馬車を降りると、紫も既に馬から降りているようであった。
「ここからは我々も徒歩で向かう。何、そんなに大した距離は無いぞ」
「…距離についてはいいんですが、そろそろどこに向かっているか教えてくれませんか?」
今回の作戦には、奴隷達はほとんど参加しない予定だ。
理由は単純に、奴隷達のほとんどが戦闘に不向きだったからである。
その為、奴隷達については一旦安全な場所に匿う事になったのだが、その場所については詳しい説明を受けていなかった。
いや、一応は尋ねたのだが、答えてくれなかったのである。
「それは直接見た方が早いだろう。ついて来い」
そう言って紫は、スタスタと小高い丘を登っていく。
ついて行くと、丘を登り切った地点で紫が停止し、前方を指さす。
その先を見てみると…
「あれは…、一体何ですか?」
巨大なドーム…、だろうか?
暗視法で外観は見えているのだが、俺にはそれ位しか思い当たるものが無かった。
「あれは、罪人達の収容施設だよ」
「罪人達の…、ってまさか!」
「ああ、一先ずあれを奪う。奴隷達を待機させるには丁度良いだろう?」
一先ずって…
本当にこの人、蛮の言う通り滅茶苦茶なのかもしれない…