第208話 魔族の姫君
あれから色々な打ち合わせと準備、事後処理などを終え、俺達はようやく一息つくことができた。
既に陽は昇り始めているのだが、断崖に隠されたこの地には、まだ木漏れ日程度の光しか差していない。
その様子を拝んだ後、俺は再び義火のアジト内に戻る。
「くあ…」
気が緩んだせいか、思わず欠伸が漏れてしまう。
(徹夜の上に中々の運動量だったからな…、流石に眠い…)
しかし、眠気自体はあるのだが、ついつい色々考えてしまうせいか、実際は中々寝付けないでいた。
矛盾しているようだが、恐らく不眠症のような状態なのだと思う。
行動開始は午後からなので、本当は休んでおいた方が良いのだが、どうしたものか…
「親父殿」
部屋に戻ってからも眠れず云々と悩んでいると、何故か眼を輝かせたコルトに声をかけられる。
「ん、どうした? もしかして、コルトも眠れないのか?」
コルト達には、行動開始まで休むように伝えてある。
流石に全員疲れているようであり、ロニーと翡翠は言うや否や、即座に眠り始めた。
コルトとアンナ姉妹も同じように寝床に入ったのだが、どうやら俺と同じで眠れないでいたようだ。
「…はい。休むべきだとは理解しているのですが、やはりどうしても気になりまして」
「…気になる?」
「はい。先程の、蛮という男との戦闘についてです」
ああ、そっちのことか…
俺はてっきり、このアジトを偵察に向かわせた際に見た光景のことかと思ったのだが、違ったらしい。
「…あの、どうしてホッとしているのですか?」
「いや…、ちょっとね。それで、さっきの戦闘について、何が聞きたいんだ?」
俺はそれ以上の追及を避ける為、こちらから尋ね返すことで話の流れを断ち切る。
正直、先程の反応からしてトラウマにでもなったのかと危惧していたのだが、今の所そういった様子はない。
であれば、こちらから必要以上につつくことはせず、暫く様子を見ることにした方が良いだろう。
「聞きたいことは山ほどあるのですが…」
「簡単なことなら答えるけど、山ほどだと流石に…。そういうのは森に帰ってからにしよう」
「はい! では一つだけ…、最後に使ったあの技、あれは一体どういう仕組みでしょうか?」
…まあ、やはり一番気になるのはそこだろうな。
あの技は、闘仙流の創始に関わるスイセンやアンナすら知らない、この二年の間に俺が単独で編み出した技である。
ある意味、闘仙流を知らない蛮以上に興味を惹かれる技だったのだろう。
「ふむ、やっぱりアレは気になるよな…。まだ完成とは言えないんだけどコルト達には教えておこうか」
俺が敢えて達と強調したのに気づいたのか、狸寝入り姉妹がビクリと反応する。
暫く黙っていると、二人とも寝床から這い出して近付いてきた。
「「あの、私達も聞いて良いですか?」」
同じ顔で一字一句違わずハモる辺り、双子って凄いなと思う。
「もちろん、そのつもりだよ」
そう言うと、二人は嬉しそうに笑顔を浮かべ、揃って正座をした。
興味津々に目を輝かせる三人を見ると、ロニーに少し悪い気がしてくる。
あとで個別に教えてあげることにしよう…
「まず、あの技の仕組みだが、魔力の放出方法が関わっていてな…」
◇
部屋をノックする音で目が覚める。
子供達と話してリラックスしたのか、どうやら三時間程度は眠れたようだ。
「失礼するぞ…、おや? もしかして、お楽しみだったのか?」
入ってきて早々、紫がとんでもないことを言いだす。
「いやいや、子供相手にそんなことしませんよ…」
俺の周りには、そのまま眠り付いてしまったアンナ姉妹とコルトが横たわっている。
俺が三人を相手に、性行為を行っていたと言いたいのであれば、冗談だとしてもタチが悪い…
「そうか? そんなことをする者はいくらでもいるだろう? それに、その者達は一応成人しているのではないか?」
いくらでもいて堪るか…
それに、年齢のことはともかく、コルトは男だぞ?
まさか、それも含めていくらでもいると言ってるのか?
ちょっと気が滅入って来たぞ…
「…人がどうこうとか、この子達が成人してるかなんて関係ありませんよ。俺の家族であることに、変わりはありませんから」
「…ふむ。その娘はそう考えておらんようだが、お前の考えはわかった。非礼を詫びよう」
紫は本当に悪いと思ったのか、頭を下げて謝ってきた。
詳細はわからないが、恐らく彼女は相当高い身分を持つ者の筈。
その彼女にこうも簡単に頭を下げられると、なんだかこちらが恐縮していしまう。
「いえ、そんな頭を下げてもらうようなことじゃ…」
「その通りです。このことに関しては、むしろトーヤ様が悪いと思います」
なんで君がそこで突っ込むかな…
俺は、抱き着いていたアンナを引き剥がして立ち上がる。
他の皆も、紫がドアの前に来た時点で目覚めていたらしく、俺に合わせるように立ち上がった。
「ふむ、どうやら用意の必要はなさそうだな。では、向かうとしよう」
「向かうとは、どちらへ?」
「無論、奴隷達の所だ」
紫はそう言って、不適そうな笑みを浮かべた。
◇
昨夜と同様、奴隷達は大部屋へ集められていた。
俺達は特に何もしていないので、紫とその配下が招集したのだろう。
結局、奴隷達の処遇については決めていなかった筈だが、どうするつもりだろうか?
「さて、やるか」
紫は先程と同様、不適な笑みを浮かべ奴隷達の前へ出る。
その風格は、やはりどこぞの王族のようである。
「奴隷達よ! …いや、そもそも私も奴隷だったな。まあ良い、ともかく皆にこれからのことを伝えようと思う! まず先に尋ねよう! この中に、故郷に帰りたいと思うものはいるだろうか!?」
紫の問いかけに、恐る恐るといった感じでいくつか手が上がる。
「5人か…、やはり少ないな」
人数が少ない事は予測済だったようだ。
彼らが奴隷になった経緯を考えれば、当然なのかもしれない。
「では、その者達は必ず故郷に帰すことを保証しよう!」
5人は、その言葉に嬉しさ半分といった反応を見せる。
内容だけ聞けば喜ばしい事だろうが、どこの誰とも知れぬ相手にそれを保証された所で、手放しには喜べないのだろう。
「他の者達は、故郷を失ったか、それとも売られたか、まあ少なくとも未練は無いようだな…。喜べ! お前達には、私が安住の地を与えると約束する!」
っ!? 安住の地の来たか…
随分と大きく出たものだな…
紫は数時間前の打ち合わせで『私の国』と言っていたが、詳細を聞いてみるとどうやら自治区のようなものらしい。
規模的には国というより、街や市程度のものだそうだ。
それだけでも十分に凄いとは思うが、本人曰く充てがわれただけとのことなので、そんな権利があるかどうかはかなり怪しい。
まあ、はったりでも彼らを先導できるなら十分だろうが…
「う、嘘を吐くな!」
「ほう? 何故そう思う?」
「あ、あんたが何者かは知らないが、そんなことできるワケ無いだろ!?」
案の定というか、奴隷達の中から紫に食って掛かる者達が現れる。
ここまでは当然の反応と言えよう。
「ふむ。そうだったな。お前達にしてみれば、私は所詮ただの奴隷に過ぎないから、説得力などあろう筈もない。いいだろう、まずは私から名乗るとしようか」
その瞬間、大部屋を包んでいた空気が変わるのを感じる。
魔力では無い…、それは、絶対的強者から放たれる、威圧感であった。
「私こそ、魔王ゾットの娘にして第七十八番地区の長、紫・スルベニア・ゾットである!」
騒々しい大部屋の中だというのに、その声は恐ろしく良く通った。
……………って、魔王の娘ぇぇぇぇぇぇぇ!?