第207話 決着
「おおおおぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
雄叫びを上げ、必死に身をよじる蛮。
しかし、もう躱しきれる距離ではない。
蛮はさらに魔装鎧の厚みを増したようだが、槍を出す余力はもう無いようだ。
「はあああぁぁぁっっ!!」
呼気と共に、俺は渾身の双打を放つ。
相撲の諸手突きや、拳法の双掌打と同系統の突きだが、それらと異なるのは、両手首の内側を合わせるようにして打ち込む点だ。
「っっっ!?」
双打が鎧を打ち、その衝撃で蛮が後ろによろめく。
そのまま反動を利用するように距離を取った蛮は、打たれた箇所を確認して眉を寄せた。
「何を、しやがった…?」
恐らく蛮は、鎧が貫かれたと思ったのだろう。
しかし、鎧には傷一つ付いておらず、鎧に内側にも外傷は見当たらなかった。
だからこそ不審に思い、眉を寄せたのだ。
「…見事だ、トーヤ」
そう言ったのは、俺達の戦いを見守っていた紫である。
その言葉に反応して何かを言おうとした蛮は、次の瞬間苦痛に顔を歪めると共に吐血をした。
「ガッ…!、ハッ…」
魔装鎧が解除され、蛮は地面に突っ伏すように倒れ込む。
そのまま倒れていればいいものの、蛮はそこから必死に起き上がろうともがく。
「肺と呼吸器が損傷しているんだ。すぐ治療するから大人しくしてろ」
「グッ、ハァ…、ハァ…、な、何言って、やがる。俺は、まだやれる、ぞ…」
その言葉は虚勢などでは決してなく、強い意思を感じさせた。
しかし、その言葉を紫は問答無用に踏みにじる。
文字通り、頭を踏みつけて。
「少しはマシになったと思ったが、相変わらず愚かな弟だ…。いいから大人しく治療されろ。どう見ても貴様の負けだ」
「グッ…、どけよ、姉貴…、俺は…」
「いいや退かんぞ。足りない頭でよーく考えろ? お前は先程の攻撃、トーヤが本気で打ち込んだとでも思ったのか?」
「…あぁ?」
紫はやれやれと首を振りつつ、蛮を踏みつけている脚に力を籠める。
いや、そこで力を籠める必要はあるのだろうか…
「こう言っても気づかぬか…。嘆かわしい…。いいか、愚弟よ、先程トーヤはお前に対し、肺と呼吸器を損傷していると言ったろう? それがどういう意味を持つかくらい、理解出来るな?」
「………っ!?」
蛮は一瞬考えた後、紫の言った意味を理解したようだ。
「トーヤは狙って貴様の肺と呼吸器を破壊した。それはつまり、他の場所も狙えたという事でもある。つまり戦場であれば、お前はとっくに死んでいた、という事だ」
紫の言っている事は、あくまでも推測である。
実際は呼吸器だけを狙った可能性もあるし、俺が意図せず外した可能性もあるからだ。
しかし戦いにおいて、甘い方向に思考を偏らせるのは危険である。
こういった場合、最悪のケースを想定するのは間違っていないのだ。
実際、俺は蛮の心臓を直接狙う事も出来たわけだしな。
「わかったか? では、大人しく治療を受けるといい」
紫は満足そうに笑ってそう言うと、最後にもうひと踏みしてから足を上げたのだった。
◇
「さて、ようやく本題に移れるな」
「…そうですね」
蛮の治療を終え、ようやく一息ついた所で紫から声がかかる。
俺も少しは休みたかったのだが、師匠との生活ではこんな事日常茶飯事だったので特に不満を漏らさずそれに応じる事にした。
紫は先程までの見すぼらしい服装では無く、艶やかなドレスに身を包んでいた。
どうやらこの服装こそが、彼女の普段着であったらしい。
丁重に扱われていた事もあり、衣服もしっかりと保存されていたようだ。
「先程の戦いは実に見事であった。正直最初は、危なくなったら止めるつもりだったのだが、気づくと夢中になって見ていたぞ」
「それはどうも」
本題に移ると言いながら、まずは先程の戦闘の感想か。
まあ、別にいいけど…
「愚弟の下らないお遊びに付き合うのは不満だったが、お前の実力を見れたのは幸いだった。存外、あの愚弟も役に立つものだ」
紫は非常に満足そうに笑いながら、ここに保管されていた葡萄酒をあおる。
「満足頂けたら何よりです。貴方の案とやらに、俺は役立てますかね?」
「はは! 無論だ! 想定よりも遥かにお前は使える男だぞ! 私の策も、間違いなく成功するだろうさ!」
「それは良かった。…それで、その策とやらは一体?」
俺が尋ねると、紫はその笑みをさらに深める。
美人がこういう顔をすると、迫力があるな…
「何、簡単な事だぞ? 奪われた私の国を、奪い返す。それだけだ…」