第205話 蛮との戦い③
その後も、俺の攻撃は悉く防がれ続けた。
細かい傷は与えているものの、決定打となるような攻撃は一切通っていない。
「クソがぁ!!!!」
半ばやけくそ気味に攻撃を放つと、待ってましたと言わんばかりに反撃が飛んでくる。
その攻撃自体は大した威力が無さそうに見えるが、俺はそれを大きく躱すしかなく、一々仕切り直しになってしまう。
「やはり目が良いな。それは魔族特有のものなのか?」
「ああ? 知らねぇのか? 別に隠してる事じゃねぇし、魔族の目が良いってのは有名な話だろうが」
「ふむ、そうなのか…」
コイツは…
すっとぼけているのか、本当に知らねぇのかイマイチ判断できねぇ…
恐らくは本当に知らないのだろうが、そうとは思えない対応力をしてくるのが増々気に入らねぇ…
俺がこれまで戦ってきた獣人であれば、少なくとも何手かの仕込みを使えば一気に優勢に持ち込むことが出来た。
しかしコイツは、俺がどんな技を出しても全て対処してしまうのである。
結果として、俺は引き出しのほとんどを使い果たす羽目になった。
それこそ、親父や兄弟にすら知られていない技まで使ったというのに、である…
「…手前ぇはマジで何者なんだよ? 何も知らねぇように見えて、何でも知ってるかのような反応しやがる…。本当に獣人なのか?」
「別に、俺は自分を獣人だと言ったつもり無いが…」
確かにそうなんだが、だとしたら何族なんだ?
エルフには見えないし、トロールでもオークでもゴブリンでも無いだろう。
他にも亜人種はいるが、身体的特徴からしてどれにも当てはまらない気がする。
…いや、一つ心当たりがあるとすれば、人族か。
しかし、人族は遥か昔に絶滅した筈である。
…まさか、生き残り?
いやいや、だとしても奴は魔力も使うし、精霊も宿している。
人族の特徴とはかけ離れているし、何より…
(この俺が、そんな最弱の種族に後れを取るわけがねぇ…)
もう認めるしか無いが、俺はこの男に対し、完全に後れを取っていた。
繰り出す技は全て対処されたし、切り札となる魔素の攻撃も当たる気配が無い。
しかも、こうして戦いが長引けば長引くだけ、その対応力が増していくのである。
最早、俺は自分の攻撃を通す自信を失いつつあった。
「…もう、やめるか?」
「…っ!? 冗談じゃねぇ! 俺を舐めんな!」
俺の弱気を察知したのか、トーヤは気遣うような視線を送ってくる。
それが堪らなく悔しかった。
「…認めるぜ。手前ぇは強い。あのガキより強いって話も、ただのハッタリじゃねぇんだろうな…。けどよ、俺にも一つだけ理解したことはあるぜ?」
トーヤは間違いなく、これまでに出会った中では強敵の部類には入るだろう。
しかし、最強ではない。
奴からは、俺がかつて出会ってきた強者達の持つ、独特の気のようなものを感じなかった。
それこそが奴の強みなのかもしれないが、それは同時に、相手に威圧感や恐怖を与えない事を意味する。
「ふぅ…」
俺は呼吸を整え、精神を集中する。
こういった行動は、相手が危険な魔獣などであれば中々出来ない行為だ。
見た目や雰囲気から発せられる威圧感や恐怖は、戦闘において大きな効果をもたらす。
それが、この男には欠けているのだ…
こうした一対一の戦いであれば良いが、恐らくコイツは、戦場などで力を発揮できない気がする。
より単純に言えば、勢いや華、脅威といったものが足りていないのだ。
つまりそれは、逆に押し込まれ易い事を意味する。
俺は、最初からもっと単純に、勢いで攻めるべきであったのだ…
今となっては後の祭りだが、そもそも奴相手に奇襲や戦術で勝負を挑んだのが間違いだったのである。
あれ程話術で翻弄された相手に、戦術で優位を取れるわけが無かったのだ。
「…一気にケリをつけるぞ」
準備が整い、俺はそう宣言する。
その言葉に、トーヤの顔が引き締まるのを見て取れ、少し満足感を得ることが出来た。
あの澄まし顔にヒビを入れられたのは、大きな収穫と言えるだろう。
とはいえ、俺にも余裕があるわけではない。
奴には依然として、仕組みのわからない一撃必殺の技がある。
それを躱して、こちらの攻撃を当てる為には、もうコレしか無い…
「ハァァァァァァァァッ!!!!」
全身からごっそりと力が抜けていくのを感じる。
これだけでも倒れかねない程の力の消費…、やはりこの技は性に合わないな…
「っ!? まさか、魔素を纏っているのか!?」
トーヤが慌てて駆けだすが、もう遅い。
俺の魔装鎧は、既に完成している。
「ッッッッラァァァァァッッッッ!」
俺はトーヤに衝突するように、突進を仕掛ける。
トーヤはすぐに迎え撃つ姿勢を取ったが、何かを感じ取ったのかすぐに飛び退る。
その選択は間違っていない、何故ならば…
「っっっ!?」
その場に留まっていれば、俺の全身から伸びる魔素の槍に貫かれていたからだ。
「そうか! 魔素とはつまり血液! 煙のように見えたのは血の噴霧か!?」
ここに来て、魔素の正体にも気づいたらしい。
まあ、この技を見れば誰だってすぐに勘付くだろうがな…
「しかし、そうであれば連発出来ないのも頷ける…。その技も、長くは続かないだろう!?」
その通りだ。
魔装鎧は全身の血を著しく使用する為、長時間の維持は不可能である。
しかも、俺はこの技を完全に使いこなしていない為、最悪死ぬ恐れすらある。
だからこそ、これは俺にとって、正真正銘の切り札なのである。
それを切らせたこの男には敬意を表するが、その代わりにこの戦いの勝利は俺が貰う!
「シャァァァァァァッッ! ラァァァァァァァァッッッッッ!!!!」
俺は奇手などを用いず、ただただ純粋に連打を放つ。
当然攻撃は防がれるが、手数は先程の倍以上だ。
この男でも、流石に全てを防ぐのは難しいらしい…
「クッ…、初手にこれを使われていたら、本当に不味かったな…」
トーヤは決定打を防ぎつつも、徐々に傷を増やしていく。
今防げているのは、俺の攻撃の癖を読み、最適な対処法を取っているからなのだろう。
そういう意味では、初手から魔装鎧を使っていれば、簡単に勝つことが出来たのかもしれない。
しかし、初手からそんな危険を冒すなど、それこそ愚かしい行為だ。
絶対に取らないであろう行動に対して、後悔する意味など無い。
雑念は捨て、俺は連撃の速度を上げていく。
今はただ、この男を倒す事だけを考えていればいい…