第204話 蛮との戦い②
「けどな…、もし実戦であれば、俺はアンナにも負けないよ」
この言葉は半分嘘で、半分本当だ。
実際の実力から考えれば、アンナはもう俺の遥か先へ行っているだろう。
もし対等な条件での戦闘であれば、俺は間違いなく完敗する筈。
では、何故こんな事を言ったのか?
一番の理由はハッタリである。
「…ハッ! そうは見えねぇがな!」
「まあ、そうだろうな」
俺はあっけらかんとした態度で答える。
その反応をどう思ったのか、蛮はそのまま黙り込む。
蛮の感情の揺らめきから判断するに、恐らく迷いが生じているのだろう。
つまり、俺のハッタリの効果があったという事だ。
それがどの程度戦闘に影響を及ぼすかはわからないが、動きにほんの少し迷いが生じるだけでも十分である。
「どう思うかはお前の自由だ。命のやり取りじゃないんだから、敗北から学ぶのもいいだろうさ」
そして、さらに挑発することで相手の怒りを誘う。
通じるかどうかは相手の精神面次第だが、簡単に怒ってくれるのであれば儲けものだ。
攻撃が単調になれば、防御側としては非常にやり易くなるからである。
実戦であれば、俺はアンナにも負けない。
この言葉のもう半分が本当である理由は、こういった戦闘面以外での部分にあると言える。
例えば、俺がアンナの情に訴えるような言葉を放てば、アンナの戦闘力は極端に下がるだろう。
極端な話、俺が攻撃をするなと命じれば、それだけでアンナの攻撃を封じる事が出来るかもしれない。
あまり格好のいいやり方ではないが、ようするに戦いは戦闘力が全てでは無い、という事だ。
「上等だぜ…、手前ぇにもそれを学ばせてやるよ…!」
◇
「…ハッ! そうは見えねぇがな!」
「まあ、そうだろうな」
アイツがあのガキより強い?
とてもじゃないが、そうは見えない。
仮にそうだとしても、俺はあのガキだって倒すつもりなんだ。
そんな事は俺にとっては関係ない事である。
…だがしかし、先程のような奇襲は控えるべきであろう。
少なくとも、アイツは俺の攻撃にしっかりと反応してきた。
さっきのような、自分の防御を疎かにするような攻撃はするべきでは無い。
奇手奇策の類は、通じなければこちらの危険も高まるからな…
「どう思うかはお前の自由だ。命のやり取りじゃないんだから、敗北から学ぶのもいいだろうさ」
っ!?
言ってくれるぜ、この野郎…
「上等だぜ…、手前ぇにもそれを学ばせてやるよ…!」
言い放つと同時に駆けだす。
今度は朔を使わずに、である。
朔は凄まじい速度を得られる代わりに、制御が難しく、魔力消費も多い。
細かな連携には不向きであり、近接戦ではあまり効果的ではないのだ。
「ッラァッッッ!!!」
繰り出す連撃を、トーヤは難なく捌いていく。
やはりこの男、反応が良い…
しかし、どうにも目が良いというわけでは無い気がする。
(動きを、読んでいるのか…?)
集中して見てみると、どうやらトーヤは俺が動く直前に動き出しているようであった。
動き始めてから反応するのであればわかるが、直前という事は見て動いているのではないのだろう。
俺の視線や、重心から読んでいるのだろうが、それならそれでやりようはある。
俺は連撃の終わりに、渾身の回し蹴りを放つ。
防御しなければ、トロールすら仕留められる程の威力を込めた。
当然、トーヤはこれを躱す。
その瞬間、俺は一時的に隙だらけになった。
「おいおい、今のは殺す気だったろ?」
そう言いつつ、トーヤは俺の背に掌底を突きつける。
その瞬間に狙いを済まし、俺は背に思い切り魔力を込める。
「っと!」
しかしそれすらも読んだのか、トーヤはギリギリで飛び退き、俺の反撃を回避した。
「驚いたな…。そんな真似もできるのか…」
良く言うぜ…
まるで知らなかったかのような口ぶりだが、その割にこの男はしっかりと躱して見せた。
「ふむ…、魔素を飛ばしたのか…。原理は剛体と同じなのだろうが、真似は難しいか…」
トーヤは何やらブツブツ言っているが、どこまで本気なのか判断できない。
しかし、俺が何を行ったのか自体は見抜いているようだ。
(この攻撃を躱した獣人は何人かいたが、何をやったのか見抜かれたのは初めてだな…)
やはり、この男は侮れない。
正直、ここまでの対応能力を持った者と戦うのは初めての経験だった。
先程までの怒りとは別の、妙な高揚感がじわじわと上がってくる。
「面白いものを見せてもらった礼に、今度はこちらから仕掛けさせてもらおう」
トーヤはそう言うと、杖のような棍棒を地面に突き立てる。
その直後、足元の地面に違和感を感じ、その場から飛び退く。
どうやら外精法か何かを使ったようだが、あの程度の速度であれば回避する事は容易い。
「ハッ!」
俺が飛び退いた先を狙い、トーヤから突きが放たれる。
外精法による牽制からの打撃…、常套手段である故に、俺はそれを当然警戒していた。
「甘ぇっ!」
俺はそれを片手で捌き、反撃を放つ。
しかし、その攻撃はトーヤから逸れ、見当違いの方向に放たれてしまった。
トーヤが躱したのではなく、俺が外したのである。
その理由は、攻撃を捌いた筈の俺の腕にあった。
「クソ! そういや手前ぇの杖は変化するんだったな!」
俺は腕に絡みついた、蔦のような形状に変化した杖を無理やり取り払う。
どういう仕掛けかは知らないが、コイツの杖は自在に形を変える事が出来るのだ。
つい先程まで俺はこれに縛られていたというのに、すっかり失念していた…
「っぐ!?」
手が塞がった瞬間を狙い放たれた蹴りが、俺のわき腹に突き刺さる。
獣人達の放つ蹴りに比べれば大したことの無い威力だったが、今ので肋骨が数本折れたようだ。
とはいえ、この程度では戦闘に支障は無い。
俺はすぐさま朔を使い、距離を取ろうとする。
しかし、その初動となる踏み込みの際、突如地面が脆くなり足を取られてしまう。
(これも奴の仕掛けか!?)
俺は崩れた体勢のまま、なりふり構わず魔素を放つ。
それが幸いしたのか、トーヤは追撃を行わず距離を取ってくれた。
(今のは危なかったぜ…)
トーヤには、俺の意識を一瞬で刈り取った謎の技がある。
今それを放たれていたら、流石に不味かった。
「ふむ、その攻撃は中々面倒だな…」
しっかり躱しておいて良く言うぜ…
実の所、この技はそう簡単に連発できるものでは無い。
だからこそ、相手の攻撃に合わせるような使い方が一番なのだが、こうも躱されるとなると少し控えた方がいいか…?
いや、そうしたらそうしたで奴を楽にするだけか…
(全く、本当に面倒な奴だぜ…)
俺は心の底から面倒だと思った。
しかし、それと相反するように、俺の顔は自然に笑みを浮かべていた。