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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第5章 魔族侵攻
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第201話 奴隷達の扱いについて②



料理が運ばれてくると、大部屋の中が一気に香ばしい匂いで満たされる。

その匂いに釣られ、首を垂れていた奴隷達が次々に顔を上げ始めた。



「全員分の食事を用意してある! 皆自由に取りに来てくれ!」



俺は自分たちの事を一切説明することなく、ただ食事の説明だけを行う。

当然、全員が警戒をしているようだが、果たしていつまでこの匂いに耐えられるかな?



(ゴクリ…)



料理が運ばれてきたから一分もしないうちに、奴隷達全員の目が料理に釘付けになっていた。

唾液を嚥下する小さな音も、全員で奏でれば誰しもの耳に入るようになる。

それが全員の自制心を溶かすのに、より拍車をかけていた。

最早決壊寸前といった所だろう。



「…頂こうか」



そんな中、真っ先に動いたのは蛮の姉だった。

少し意外だったが、すぐにその意図については察しがついた。


丁重に扱われていただろう彼女は、他の奴隷達と違い、しっかりと食事が与えられていた筈だ。

そんな彼女が、この状況で真っ先に空腹で動くとは考えにくい。

それでも彼女が率先して動いたのは、恐らく自身を切っ掛けとするつもりだと思われる。

他の奴隷達を気遣ったのか、他に目的があったのかまではわからないが…



「お、俺にもくれ!」



「俺もだ!」



「私にもお願いします!」



一人が動き出せば、そこから決壊するように全員が動き出す。

自制心というのは結構曲者で、一度緩めばどんなに強固だろうと簡単に崩れ去るものだ。

人は基本的に、物事を肯定的に捉えように出来ているからである。

恐らく彼らは今、殺す気だったら最初からこんな事をする筈がないだとか、自分の行動に肯定的な事を考えているに違いない。



「ご協力ありがとうございます。え~っと…」



(ゆかり)だ」



(ゆかり)さん、ね。宜しく」



こちらから手を差し出すが、紫と名乗った女性は応じる気が無いようである。

まあ、当然と言えば当然か…



「さて、何の目的かは知らんが、協力してやったんだ。色々と話を聞かせて貰おうか?」



協力してくれたのは確かにありがたいが、随分一方的な申し入れだなぁ…

この分だと、他の奴隷達を気遣ったという線はなさそうだ。



「お前達は亜人種だな? それが何故このような場所にいる?」



問いかけておいて、こちらの応えを待たずに質問が開始される。

ある程度予測はしていたが、かなり自己中心的な性格なようである。

やはり、貴族などの上流階級の者なのかもしれない。



「少し、知人に会う用事がありまして」



「知人? こんな地にか?」



「正確には、魔龍荒野のもっと奥地にですけどね。ここに寄ったのは、ただの偶然です」



嘘は言っていないが、情報にはある程度制限をする。

この紫という女は勘が良さそうなので、まあ気休め程度にしかならないだろうが…



「偶然、ね…。偶然でわざわざここを落としたと言われても、俄かには信じ難いな」



「姉貴もそう思うよな? でも、マジなんだよ。ココを見つけたのも偶然だったしな」



「…ふむ」



紫は蛮の言葉を聞いて、考え込むように腕を組む。

そのせいで豊満な胸が押し上げられ、とても凄い事になってしまっている。

軽装なせいで、その、色々と凄いのである。



「トーヤ様…」



痛い痛い!

腰の辺りをアンナにつねられ、俺は一瞬飛び上がってしまった。

この痛みは基本的に防御不能なので、確実にダメージを与えるという意味では有効な手段なのかもしれない。

俺でやるのは勘弁して欲しいが…



「その娘はお前の妻か? 私が魅力的なのは仕方が無い事だが、自分の女の前で他の女に欲情するのは感心せんぞ?」



「そうですよトーヤ様!」



(おいおいアンナ…、流石に敵(?)の言葉にあっさり乗っかるのはどうかと思うぞ…?)



紫の表情から判断するに、アンナが妻じゃない事くらいは当然見抜いているのだろう。

この一瞬でそれを見抜き、動揺を誘いに来るとは中々に侮れない。

しかも、内容的に否定しても肯定してもダメージが入るという、実にイヤらしいやり方だ…



「妻じゃないし、欲情もしていませんので」



俺はそう言いつつアンナを抱き寄せる。

アンナが突っかかってくる前に、強引に抑え込んだかたちだ。

この状態であればアンナに俺が嘘を言っていないのは伝わるし、ついでに紫の思惑もある程度読み取ることができる。



「トーヤ様…」



しっかりと俺の意図を汲んでくれたアンナは、すぐに大人しくなった。

ただ、スリスリと体を擦り付けてくるのは勘弁して欲しい…



「フン、まあいいか…。我が愚弟の言葉には余り信憑性が無いが、一先ずは納得しておこう。お前達は誰かに会いにここへ訪れ、その帰りに偶然この場所を見つけた。わざわざここを落とした目的は…、仲間の解放といった所か?」



紫は若干傲慢で自己中心的な所はあるが、中々に柔軟性がある思考の持ち主のようだ。

頭も蛮よりは良さそうだし、話すときはそれなりに気を引き締めた方が良いかもしれない。



「しかし残念だったな。ここに捕らえられている奴隷は魔族、そしてお前達も忌み嫌うダークエルフくらいしかいないぞ? しかも、ダークエルフに関しては魔科学で絞りつくされた廃人ばかりだ。…まあ、それも幹部達のおもちゃにされて、ほとんど生きていないだろうが」



…先程のコルトの様子はそのせいか。

冷静なコルトが、あそこまで動揺を隠せなかったのも頷ける話である。

随分と酷な思いをさせてしまったな…



「…ここを落とした目的は奴隷達の解放です。種族だとかは一切関係ありません」



「…貴様、本気で言っているのか?」



「当然です」



俺がそう返すと、紫は再び沈黙する。

紫が何を考えているのか、その感情を読み取ろうとしたが、色が複雑過ぎて残念ながら読み取ることが出来なかった。

暫くして紫が再び口を開く。



「お前、面白いな。もう少し詳しく、話を聞かせてくれないか?」



そして今度は、自ら手を差し伸べてくるのであった。




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