第201話 奴隷達の扱いについて②
料理が運ばれてくると、大部屋の中が一気に香ばしい匂いで満たされる。
その匂いに釣られ、首を垂れていた奴隷達が次々に顔を上げ始めた。
「全員分の食事を用意してある! 皆自由に取りに来てくれ!」
俺は自分たちの事を一切説明することなく、ただ食事の説明だけを行う。
当然、全員が警戒をしているようだが、果たしていつまでこの匂いに耐えられるかな?
(ゴクリ…)
料理が運ばれてきたから一分もしないうちに、奴隷達全員の目が料理に釘付けになっていた。
唾液を嚥下する小さな音も、全員で奏でれば誰しもの耳に入るようになる。
それが全員の自制心を溶かすのに、より拍車をかけていた。
最早決壊寸前といった所だろう。
「…頂こうか」
そんな中、真っ先に動いたのは蛮の姉だった。
少し意外だったが、すぐにその意図については察しがついた。
丁重に扱われていただろう彼女は、他の奴隷達と違い、しっかりと食事が与えられていた筈だ。
そんな彼女が、この状況で真っ先に空腹で動くとは考えにくい。
それでも彼女が率先して動いたのは、恐らく自身を切っ掛けとするつもりだと思われる。
他の奴隷達を気遣ったのか、他に目的があったのかまではわからないが…
「お、俺にもくれ!」
「俺もだ!」
「私にもお願いします!」
一人が動き出せば、そこから決壊するように全員が動き出す。
自制心というのは結構曲者で、一度緩めばどんなに強固だろうと簡単に崩れ去るものだ。
人は基本的に、物事を肯定的に捉えように出来ているからである。
恐らく彼らは今、殺す気だったら最初からこんな事をする筈がないだとか、自分の行動に肯定的な事を考えているに違いない。
「ご協力ありがとうございます。え~っと…」
「紫だ」
「紫さん、ね。宜しく」
こちらから手を差し出すが、紫と名乗った女性は応じる気が無いようである。
まあ、当然と言えば当然か…
「さて、何の目的かは知らんが、協力してやったんだ。色々と話を聞かせて貰おうか?」
協力してくれたのは確かにありがたいが、随分一方的な申し入れだなぁ…
この分だと、他の奴隷達を気遣ったという線はなさそうだ。
「お前達は亜人種だな? それが何故このような場所にいる?」
問いかけておいて、こちらの応えを待たずに質問が開始される。
ある程度予測はしていたが、かなり自己中心的な性格なようである。
やはり、貴族などの上流階級の者なのかもしれない。
「少し、知人に会う用事がありまして」
「知人? こんな地にか?」
「正確には、魔龍荒野のもっと奥地にですけどね。ここに寄ったのは、ただの偶然です」
嘘は言っていないが、情報にはある程度制限をする。
この紫という女は勘が良さそうなので、まあ気休め程度にしかならないだろうが…
「偶然、ね…。偶然でわざわざここを落としたと言われても、俄かには信じ難いな」
「姉貴もそう思うよな? でも、マジなんだよ。ココを見つけたのも偶然だったしな」
「…ふむ」
紫は蛮の言葉を聞いて、考え込むように腕を組む。
そのせいで豊満な胸が押し上げられ、とても凄い事になってしまっている。
軽装なせいで、その、色々と凄いのである。
「トーヤ様…」
痛い痛い!
腰の辺りをアンナにつねられ、俺は一瞬飛び上がってしまった。
この痛みは基本的に防御不能なので、確実にダメージを与えるという意味では有効な手段なのかもしれない。
俺でやるのは勘弁して欲しいが…
「その娘はお前の妻か? 私が魅力的なのは仕方が無い事だが、自分の女の前で他の女に欲情するのは感心せんぞ?」
「そうですよトーヤ様!」
(おいおいアンナ…、流石に敵(?)の言葉にあっさり乗っかるのはどうかと思うぞ…?)
紫の表情から判断するに、アンナが妻じゃない事くらいは当然見抜いているのだろう。
この一瞬でそれを見抜き、動揺を誘いに来るとは中々に侮れない。
しかも、内容的に否定しても肯定してもダメージが入るという、実にイヤらしいやり方だ…
「妻じゃないし、欲情もしていませんので」
俺はそう言いつつアンナを抱き寄せる。
アンナが突っかかってくる前に、強引に抑え込んだかたちだ。
この状態であればアンナに俺が嘘を言っていないのは伝わるし、ついでに紫の思惑もある程度読み取ることができる。
「トーヤ様…」
しっかりと俺の意図を汲んでくれたアンナは、すぐに大人しくなった。
ただ、スリスリと体を擦り付けてくるのは勘弁して欲しい…
「フン、まあいいか…。我が愚弟の言葉には余り信憑性が無いが、一先ずは納得しておこう。お前達は誰かに会いにここへ訪れ、その帰りに偶然この場所を見つけた。わざわざここを落とした目的は…、仲間の解放といった所か?」
紫は若干傲慢で自己中心的な所はあるが、中々に柔軟性がある思考の持ち主のようだ。
頭も蛮よりは良さそうだし、話すときはそれなりに気を引き締めた方が良いかもしれない。
「しかし残念だったな。ここに捕らえられている奴隷は魔族、そしてお前達も忌み嫌うダークエルフくらいしかいないぞ? しかも、ダークエルフに関しては魔科学で絞りつくされた廃人ばかりだ。…まあ、それも幹部達のおもちゃにされて、ほとんど生きていないだろうが」
…先程のコルトの様子はそのせいか。
冷静なコルトが、あそこまで動揺を隠せなかったのも頷ける話である。
随分と酷な思いをさせてしまったな…
「…ここを落とした目的は奴隷達の解放です。種族だとかは一切関係ありません」
「…貴様、本気で言っているのか?」
「当然です」
俺がそう返すと、紫は再び沈黙する。
紫が何を考えているのか、その感情を読み取ろうとしたが、色が複雑過ぎて残念ながら読み取ることが出来なかった。
暫くして紫が再び口を開く。
「お前、面白いな。もう少し詳しく、話を聞かせてくれないか?」
そして今度は、自ら手を差し伸べてくるのであった。