第198話 義火討滅④
「ハッハーッ! どうした!? これじゃ張り合いが無いぞー!?」
翡翠は向かってくる敵を次々に切り刻んでいく。
彼女は現在人型のまま戦っているが、猛禽類を彷彿とさせる鋭い爪は自在に出し入れできるらしい。
その爪の威力は凄まじく、彼女がその腕を振るう度にいくつもの死体が量産されていった。
「…これじゃあ、俺、出番無さそうなんですが」
気合を入れて飛び出そうとしたロニーだったが、翡翠の威圧感に気おされ、飛び出しの機会を逸していた。
しかも、翡翠がそのまま暴れ始めてしまった為、そのまま前に出る事さえ出来なく無くなってしまったのである。
まあ、アレを見る限り出遅れて正解だったと思うが…
「…じゃあ、ロニーも遠距離攻撃をしてみるか?」
「遠距離攻撃…。でも俺、精々投石くらいしか出来ませんよ?」
「それで問題ないよ。悪いけど、手ごろな石を集めてくれないか?」
「わかりました!」
俺の頼みに何の疑いも持たず石を集め始めるロニー。
信用されているからなのだろうが、こうも素直に従われると何故か罪悪感が沸きあがってくるな…
「集めてきました!」
そんな事を考えていると、ロニーが瞬く間に数十近い石を集めてきた。
ロニーは昔から食材集めなどを担当していたらしく、こういった作業を得意としているのだ。
「良し、じゃあそれを一つ渡してくれ」
自分で拾いたい所ではあったが、アンネは今も矢を放ち続けている為、動くことが出来ないのである。
「どうぞ」
空いた左手で石を受け取り、精霊に干渉を開始する。
石や土の加工は、慣れてくると比較的簡単な外精法である。
難しい命令は無く、イメージを共有するだけだからだ。
「…よし、こんな感じだな」
そう言って俺は、加工した石をロニーに手渡す。
「これは…、手投げ用の石槍、ですか? でも、何で先端が…。これじゃあ刺さらなくないですか?
「まあ、それは投げてみればわかるさ。…ついでだし、ロニーも座標情報を共有しようか」
俺はそのままロニーの腕を握り、先程アンネと行ったように座標情報の共有を行う。
「うわぁ…、これは凄いですね」
「左下の方に何人かが集まり始めてるのがわかるだろ? あれは多分だけど何かの用意をしているんだと思う。何かはわからないけど、準備が完了する前に止めておきたい。俺が石槍を精製するから、ロニーはそれをどんどん投げ込んでくれ」
何かはわからないと言ったが、この状況で用意するとしたらなんらかの遠距離武装であることは間違いないと思う。
投石機などであれば命中率は低いだろうが、だからと言って捨て置けるものでもない。
「わかりました!」
元気よく返事をしたロニーは、俺に渡された石槍を左下方の集団に向かって投げつける。
投げられた石槍は凄まじい速度で集団の一人に命中し、その頭部を粉砕した。
「っ!? 嘘、命中した?」
「嘘って…、当てる為に投げたんだろ?」
「で、でも本当にこの距離から当たるとは…」
まあ、そう思うのも無理は無いか…
通常の投石の場合、そのいびつな形故に発生する空気抵抗が、速度の減衰や方向の変化を生み出す為、距離が離れれば離れるほど威力や命中精度が減衰しやすい。
しかし、俺が精製した石槍は先端が紡錘形となっており、極力空気抵抗を減らしているのだ。
その為、この程度の距離であれば命中率や速度をあまり損なわずに投擲することが可能となる。
「その為に俺が形を整えたんだよ。さ、どんどん行こうか」
「は、はい!」
ロニーが次々に放つ石槍に、集団は成すすべもなく打ち貫かれていく。
槍本来の刺し貫く性能に関してはほぼ無いと言っていいが、先端に重量を集中させた石槍は槍というより砲丸に近い。
それが凄まじい速度で飛んでくるのだから、受け手にとっては堪ったものでは無いだろう。
(さて、蛮もヒナゲシもいい感じに暴れてるし、こっちの制圧能力は十分に知らしめた筈だ。あとは…)
◇
「よし、ここも記録した。アンナ、次に行くぞ。…アンナ?」
部屋の記録が完了し、次の場所に向かうべく奥の部屋にいるアンナに声をかける。
しかし、反応が無い…。何かあったのか?
「…アンナ?」
この部屋の敵は全て制圧済だ。
アンナが確認したのだから、間違いはない筈である。
奥の部屋にも反応は無いと言っていたが…
「アンナ、どうし…、っ!? これは…」
奥の部屋に向かうと、アンナは部屋の真ん中で何もせず、ただ立ち尽くしていた。
一体何をしているのかと思ったが、その部屋から漂う異臭にある程度なにがあったか想像できてしまう。
この臭いは、以前俺達が囚われていた館で、毎日のように嗅いでいた臭いだからだ。
「コルト…。私たちも、あの日逃げ出していなければ、そしてトーヤ様に救われなければ、こうなっていたのかな?」
部屋に入ると想像通り、否、想像以上の光景がそこには広がっていた。
四肢を切り落とされ、ただの道具として扱われたであろう魔族の女達、寝床と思われる場所にはつい先程まで生きていただろう異種族の女が無残な有様で転がされていた。
そして…、壁に吊るされていたのは…
「うっ…」
こみ上げてきた吐き気に思わず口を押える。
ぼろ雑巾のように吊るされたソレに、最愛の妹の姿を重ねてしまったからだ。
「…行こう、コルト。かつて私達が救われたように、ここにもきっと、まだ救える人達がいるはず…」
「…ああ、そうだな」
アンナの言葉に、俺も改めて意識を引き締めようとする。
しかし、この煮えたぎるような憎悪を抑え込むのは、暫くできそうになかった…