第196話 義火討滅②
自分で土曜と書きながらすっかり忘れて別の更新をしていました…
見張りとして立っていた二人の男の頭に、ほぼ同時に矢が突き刺さる。
男達は声を上げる事も、音をたてる事も無く、その場に倒れこんだ。
「お見事」
「いえ、この弓と、矢のお陰ですから…」
アンネは謙遜しているが、本当に見事なものである。
弓の腕ももちろんだが、精霊の扱いについても二年前とは比べ物にならない程上達しているようであった。
「いや…、本当に凄いよ。正直、あんな真似は俺にもできないぞ?」
本来、矢というのは風を切る為、鋭い音をたてるものである。
しかし、アンネの放った矢は完全なる無音であった。
それどころか、突き立つ音や悲鳴、対象が倒れた時の音すら聞こえなかった。
これはつまり、アンナ達姉妹が得意とする気流の制御が行われていると言う事だ。
アンネはそれを遠隔で発動させたのである。
外精法の遠隔起動、そんな真似は本来不可能だ。
外精法の成立が精霊同士の仮契約にある以上、術者と離れた位置に存在する精霊に干渉することは出来ないというのがその理由である。
では何故そんな事が出来たかというと、あの弓矢がレイフから提供された古木で作られているからなのであった。
「そ、そんな事ありませんよ! 本当にこの弓と矢じゃなきゃ、あんな事できませんから! 凄いのはこの弓と矢なんですよ」
アンネはそう言うが、実際はそんな簡単な話ではない。
自身の精霊が直接仮契約を行うのとは異なり、別の精霊を経由する為、この技法にはかなりの癖があるのだ。
逆に俺はそれしかできない為、すんなりと受け入れることが出来たが、ライやスイセンですらもこの技法は使いこなせなかった。
それを使いこなしているだけでも驚きなのに、さらに遠隔操作までやってのけるとは…、素直に驚くしかない。
「…いいや、それは違うよ。その弓はアンネの努力に応えただけさ。良い関係を築けているようで、俺も嬉しいよ」
この技法は別の精霊を経由する故に、意思を正確に伝えるのが難しい。
その為、都度微調整を行う事で術として成立させるのだが、距離が離れる遠隔操作の場合、そういった微調整が一切効かないのだ。
つまり、遠隔で術をまともに成立させる為には、術者と経由する精霊の意思統一がしっかりされている事が必要不可欠となる。
そしてそれは、お互いを理解しあえるだけの関係性を築いていなければ決して出来る事ではない。
「それは…、トーヤ様から頂いた、大切なものですから…」
そう言われると少し照れ臭いが、悪い気はしない。
俺は職人というわけでは無いが、自分の作ったものを大事に使ってもらえば、やはり嬉しくなるものだ。
「おい、何イチャついてやがる…。死体もアイツらが処理したし、さっさと行くぞ」
別にイチャついてなど…
でも、アンナが見て無かったのは良かったかも…?
と、ともかく、蛮の言う通り俺達も向かおう…
◇
「…これは、凄いな」
連なる山々の中間辺りに存在した隙間のような場所。
切り立った壁は細く深い谷のようになっており、その隙間は人が数名通れるような幅しかなかった。
俺達は他に見張りがいない事を確認し、慎重にそこを通り抜ける。
そして、抜けた先で俺達を出迎えてくれたのは、壮大と言って良い程の景色であった。
「こんな山は、初めて見ました…」
どうやらコルト達も初めて見た光景らしく、皆暫し呆然と辺りを見渡していた。
この地形は、所謂カルスト地形、その中でもタワーカルストと呼ばれる断崖に近い地形のようである。
タワーカルストと言えば中国の桂林が有名だが、まさかこんな場所でこんな幻想的な光景を見れるとは思わなかった。
師匠のいたテーブルマウンテンといい、この場所といい、魔族領は本当に原型が地球なのか疑わしいほどの地域が目立つな…
「しかし、どうやってこんな地形が出来たんだ…?」
調べたところ、どうもこの地域はカルスト地形における石灰岩を中心とした構成で出来てはいないようである。
浸食や溶食の影響を受けているとは思えないが…
「多分だが、ここはさっきの魔獣達の生息地だったんだろうよ」
「魔獣…、そういうことか…」
魔獣の放つ魔素は、自然にとって有害な影響を出すと言われている。
あれだけの群れがこの場所を根城にしていたとしたら、浸食が進むのも無理は無いだろう。
あの魔獣達は住みにくくなったこの場所を捨て、根城を先程の場所に移したのかもしれない。
…魔獣が捨てた場所を、魔族が利用するってのも変な感じだが。
「しかし、まさかここまでの規模とは思いませんでした…。私の感知網では、ちょっと補いきれませんね…」
アンナの感知網は大人の歩幅で百歩前後と、かなりの広さを誇っている。
しかし、それでもこの断崖を利用としたアジト全てを補う事は不可能であった。
「そこで俺の出番というわけだ」
「え? トーヤ様?」
「親父殿?」
ふふふ、ここまで息子たちの成長ばかり見せつけられまるで良い所の無かった俺だが、やっと活躍できる場面が出来たようだ。
流石に息子たちに頼りっぱなしでは威厳も何も無いからな…
「この二年で成長したのは、何もお前達だけじゃないんだぞ? まあ、ここは任せてくれ」
俺はそう言うと、目をつぶり足裏に意識を集中する。
なるべく深く、広く浸透するように、俺は魔力の同調を開始する。
そしてある程度魔力が染み渡ったのを確認し、それを一気に解き放つ。
「…よし、大体把握した。アンナ姉妹、それにコルトとロニー、翡翠は俺に手を重ねてくれ」
俺の言葉に従い、五人はそれぞれ俺の手に手を重ねていく。
俺はそれを確認し、五人に対してイメージの共有を行った。
「これは…」
俺が送り込んだイメージに五人は少し困惑しているようだ。
「今送ったイメージは、このアジト大体の作りと、魔力の反応図だ。その瞬間の状況しか掴んでいないから、精度的には感知網よりも劣るが、これである程度の方針は立てられるだろう?」
「す、凄いです、こんな広範囲の情報を…、一体どうやって?」
「秘密だ」
「むぅ…」
実の所、これはそう大した技術では無いのである。
だから、教えればアンナ辺りはあっさりと習得してしまうだろう。
そうなると、またしても俺の取柄が失われてしまう…
なんて、小さな事を考えなくも無いが、実際はもう少し理由がある。
この技は、所謂ソナーの技術に近いものなのだが、魔力を放つ関係上、相手が何らかの感知網を敷いていた場合、感知される恐れがあるのだ。
その為、実行する際は地中深くに根を張るようにして行うのだが、このイメージが中々に難しかったりする。
俺はソナーの知識やイメージがしっかりあるから再現もしやすいが、そうでない場合はそれなりに練習する必要があるのだ。
今教えればアンナはすぐに使う事ができるだろうが、敵の感知を逃れる工夫については一朝一夕で身につく技術では無い。
教えるにしても、もっと時間的に余裕のある状況が望ましいのである。
「そんな顔しないでくれ。皆にも帰ったら教えるからさ」
「「「「はい!」」」」
翡翠だけは返事をしなかったが、恐らく彼女は彼女で似たような真似が出来るのだと思う。
古龍族である翡翠は、俺の知らない技術や知識をまだまだ隠し持っているだろうからな…
「さて、それじゃあ今ので大体の敵の概要も掴めたと思うし、少し作戦を微調整しようか」
混乱するので次は日曜にしたいと思います。
月末突入ですし…