第191話 情報を聞き出す
師匠が封じられている山に、見張り番として立たされていた魔族の男。
名を蛮というらしいが、それ以上の情報はまだ不明である。
一つ分かっていることは、この男が決して見張り番などに収まるような器ではない事だろう。
「…目は覚めているようだな」
俺の問いかけに、蛮はただ鋭い視線だけで答える。
もっと暴れられるかと思ったが、どうやらそれなりに落ち着いてはいる様であった。
俺は屈んで蛮の猿ぐつわを取ろうとしたが、アンナにそれを止められてしまう
「この者はそれなりに危険なようです。手を下す場合は私が行いますので、トーヤ様は何もしないで下さい」
…いや、俺の立場からしたら確かにそうなんだろうけども、これはどうなんだろうか。
娘に命じるだけ命じて、後ろでそれをふんぞり返って見ている父親…。嫌過ぎる…
「…別に拷問しようってわけじゃないんだ。まずはその猿ぐつわを取ろうとしてだな」
「では、私がやりますのでトーヤ様は動かないで下さい」
「え、あ、うん…」
…何だろう。別に命令されたわけでもないのに、アンナからこれは命令ですという雰囲気が伝わってきた。
前はこんな事無かったのに…。これが大人になるって事なのか…?
俺がそんな事で頭を悩ませてる間に、アンナが蛮の猿ぐつわを外す。
物凄く雑な外し方だったので内心焦ったが、蛮は激昂することも無く静かに口を開いた。
「…お前、いや、お前ら、マジで何者だ? 亜人領の奴らが、なんでこんな場所まで来てやがるんだよ?」
「別に…、あの山に少し野暮用があっただけだが?」
「野暮用だぁ? あんな場所に一体何の用があるってんだよ?」
「いや、本当に野暮用だよ。ちょっと昔の知り合いに会いに来ただけだ」
「嘘を吐くんじゃねぇ! あの山はヤベェ魔獣が封印されてるって事で、魔族でも滅多に近付く奴がいねぇ場所だぞ!? 嘘を吐くならもう少しマシな嘘を吐きやがれ!」」
ふむふむ、成程。
魔族たちの認識では、あの山はそういう認識なのか。
魔獣ね…、まあ、あながち間違ってもいない気がするな…
「嘘なんて吐いても仕方がないだろ…。そもそも俺からすれば、あんな平和な場所に見張りがいる事自体不思議なんだが?」
「んなわけがあるか! ヤバくなきゃ見張りなんぞ立たせるワケねぇだろうが!」
「まあ、それもそうか…」
俺は特に何かを尋ねるでもなく、会話の中で次々に情報を引き出していく。
簡単な話術なんだが、こうも上手くいくと中々に気分が良い。
つい調子に乗って、余計な情報まで聞き出してしまった。
(扱いやすい奴で助かったな…)
尋問などをする場合、直球で目的の情報を得ようとするのは悪手である。
こちらの欲している情報が悟られれば当然警戒されるし、状況次第では相手に優位性を与えることにもなる。
それを避けるため、俺は意味のない質問や日常会話を交え、自然に相手に話させるように誘導したのだ。
蛮はただの馬鹿というわけでは無いようだが、こういった話術に対する耐性は無いらしい。
俺は、想定以上に多くの情報を仕入れることに成功した。
まずこの場所は、魔族領の最北端に位置する土地で、魔龍荒野と呼ばれる場所らしい。
なんでも千年近く前に、魔族の王と龍族の王が争って出来た荒野なんだとか。
亜人領からは大分離れているが、あの山の位置については師匠からも聞いていた為、特に驚きはなかった。
じゃあ何故わざわざ確認したかというと、師匠の話がイマイチ信用出来なかったからである。
師匠には悪いが、あんな場所に引きこもっている老人の話を信じられるほど、俺はめでたく無い。
それは兎も角、この地域の情報については中々に有益な情報を得ることが出来た。
どうやらこの地域は、曰く付きの山がある事もあり、余り人が住み付いていないらしい。
住んでいるのは、迫害されて逃げ延びた者達や、賊として追われている者がほとんどで、国の管理も行き届いていないようだ。
どこかで聞いたような話だが、これも何かの因果なのだろうか?
まあ色々と思うところはあるが、重要なのは国の管理が行き届いていないという点である。
亜人領に戻る上で最も危惧していたのは、魔族達の軍に補足されることである。
俺達がどう足掻いても、数千数万の軍勢を相手にすることは出来ないし、それから逃げ延びる事も困難だろう。
つまり補足されるという事は、それイコール死と言っても過言では無いのだ。
軍の存在は、俺達にとって最大とも言える課題であった。
しかし、この地域にはどうやら、あの山の周辺にしか軍の者は派遣されていないらしい。
それも、左遷のような扱いで配属されるものが多く、人員の交代や補充も滅多に行われないそうだ。
あの時俺の事を追いかけてきた兵士達で全員だと言うのだから、この地域の扱いが如何に低いか伺える。
先程の兵士達については殺していないが、俺達の事を追えないように処置をしてきたので追われることも無いだろう。
つまり、少なくともこの地域では軍に補足される可能性がぐっと下がったという事だ。
安心は出来ないが、この情報を得られただけでも行軍速度に大きな違いが出るだろう。
「色々とありがとう。この辺の事はまるで知らなかったので、凄く助かった」
「…けっ、そりゃどうも」
蛮も途中で話し過ぎたことに気づいたらしく、後半は口を噤むことが多くなってきた。
まあ、もう十分な情報は聞き出せている為、問題は無い。
しかし、もう用はないとは言え、処遇についてはどうしたものか…
「…おい、こっちがこれだけ喋ったんだ。いい加減本当の事を聞かせろよ? お前らは、一体何者なんだよ?」
そう言われても、正直どう答えていいものやら。
馬鹿正直に荒神の左大将ですと言っても通じるかわからないし、通じても信じられるとは思えない。
かと言って、ここまでの情報を提供してくれた者に嘘を言うのも、何となく気が引ける…
「勿体ぶらずに言えよ。どうせ後で消すつもりなんだろ? だったら、何言ったって減るもんじゃねぇだろうが」
いや、別に消すつもりなんて無いけどな…
そんな悪く見えるのかな、俺…
いや、子供たちの言動から考えれば、十分に悪人の親玉してるかもしれないが…
「別に、命を取るつもりは無いぞ? 少し処置はさせてもらうつもりだが…」
「…はぁ!? まさかこの状況で俺を解放するつもりだったのか!? どんだけお人好しなんだよおい!?」
「いや、だから処置はするって…」
「………っだぁぁぁっ! マジで抜けてやがるなお前! さっさと殺した方が早いに決まってんだろぉが!? …はぁ、俺、こんな奴に負けたのかよ…。信じられねぇ…」
先程までとは打って変わって、物凄く沈み込む蛮。
どうやら俺に不意打ちで倒された事が相当にショックだったらしい。
「いや、さっきのは不意打ちだしさ。気にすることは無いと思うぞ?」
「さけんなよ…、不意打ちでも俺を一撃で倒せる奴なんかそうはいねぇんだぞ…。今だって、魔力を使わせない徹底ぶりに、それを行えるだけの技術…、この拘束だって解けやしねぇし…。間違いなく実力者の所業じゃねぇか…。なのに、それをやった張本人が、こんな覇気も自信も無い奴だとか、信じられねぇ…、信じたくねぇ…」
酷い言われようだが、概ね間違っていないので否定できない。
強いて否定するなら、俺の実力というよりレンリのお陰だと言う方が正しいといった位か。
まあ、今言ってもきっと信じないだろうがな…
「それで、どうしますかトーヤ様? この失礼な男が言うように、さっさと口を封じた方が手っ取り早いと思いますが?」
この娘は娘で不穏な空気出してるし…
本当、どうするかねぇ…