第190話 今後の計画について
飛んで帰るという方法が取れない以上、やはり徒歩で帰るしかないだろう。
当初の予定通りではあるのだが、先程までとは状況が異なる為、残念ながら同じプランは使えなくなってしまった。
まあ元々のプランなんて、隠形を駆使してコソコソ進めばなんとかなるだろ、という大雑把なものでしかなかったのだが…
現在の面子は俺を含めて7人。
流石にこの人数での移動となると、どう足掻いても目立つことは避けられない。
となると、やはり移動は闇に乗じる事になる。
幸い、アンナ達姉妹が陽光を苦手としている事から、コルト達も夜間活動には慣れている。
ヒナゲシと翡翠も、種族柄なのか、どちらかというと夜行性なので問題無いだろう。
となると、やはり課題となるのは地理か…
「コルト、ここに辿り着くまでに地形は確認できたか?」
「簡単には確認できましたが、細かい部分はほとんど…。何せ相当な速度だったので」
「一応、簡単でも構わないから地図に起こせないか?」
「やってみます」
俺はほとんどダメ元で言ってみたのだが、この表情を見る限り出来なくは無いようだ。
頼もしい限りである。
コルトは以前から、図面などを描く才能に秀でていた。
逃亡生活の最中も、コルトの地理感には随分と助けられたらしい。
測量などもやらせてみたが、どれも精度が高く、信頼性のあるデータを出していた。
俺はこの才能を伸ばすべく、時間が出来た時に少しずつ知識を与えていたのだが、俺がいない間も独学で勉強は進めていたらしい。
「…任せるよ」
「っ!? はい!」
…嬉しそうに返事をするコルトに罪悪感を感じるのは、俺の傲慢さからだろうか?
親の贔屓目無しに見ても、この子達は有能だ。
四人とも、それぞれ得意なものが異なるし、そのどれもが高水準にまとまっている。
まだまだ甘い部分はもちろんあるが、いずれはそれも消え、本当に一人前の大人になっていくに違いない。
しかし、どんなに成長しても、この子達が俺の子供であるという思いは変わらないのである。
そして本当なら、この子達には戦いとは無縁の道を歩いて貰いたいと思っていたのだ…
それでも、この子達は望んで俺の配下に加わる事を望み、それに足る実力を身に着けてきた。
本来であれば、俺はこの子達の成長を労い、祝わなければならないのだろう。
ただ、親としての立場からすると、この子達に危険を冒して欲しくないという気持ちはどうしても拭いきれないのである。
年齢的にも大人になり、自らの道を歩み始めた彼らに対し、こんな気持ちを抱くのは失礼かもしれない…
しかし、それでも…
「トーヤ様…」
そんな微妙な思いに頭を悩ませていると、アンナが愛おしそうな表情をして身を寄せてくる。
「トーヤ様は本当にお優しいですね‥。でも、これだけは覚えておいて下さい。トーヤ様が私達の安全を願うように、私達もトーヤ様の安全を願っているのです。だって、家族を守るのは当然の事なのでしょう?」
「アンナ…」
全く、本当にこの子には敵わないな…
お嫁さんだとかいう話には頷くことは出来ないが、いずれ骨抜きにされてしまうかもしれない。
「オホン、…姉さんもトーヤ様も、あまり変な雰囲気を出さないで下さい」
「あら? アンネもしかして、やきもち?」
「ち、違います! 今はこれからの事を話し合っている最中でしょう!?」
顔を赤らめながら否定するアンネ。
この姉妹は双子だというのに、それぞれ表情がまるで違っている為、見ていて飽きない。
「アンナ、アンネの言う通りだよ。話を戻そう」
「むぅ…、わかりました」
子供の用にむくれたアンナの頭を軽くポンポンと叩き、俺は再び思考を現状把握に切り替える。
課題となる地理については、コルトの作る地図に頼るとして、あとは食料の確保と行軍スケジュールか…
「コルト、ここからレイフまではどの位かかりそうな見込みだ?」
「…概算ですが、徒歩だと数ヶ月…、半年以上かかるかもしれません」
半年か…
流石にそれは避けたいな…
「実際には走る事になると思いますが、夜間のみで、敵の目を掻い潜りながらとなると、あまり短縮も出来ないかもしれません」
「そうか…。となると、山中やあまり人の目のつかない所で距離を稼ぐしかない、か。翡翠もヒナゲシも、ちょっと荒い道を走ることになるけど、平気か?」
「問題ないよー。僕は多分この中で一番体力あるしねぇ」
その割には非常にだらしなく寝転んでいるので、説得力は皆無である。
まあ、龍が体力不足というのもあり得ないとは思うが…
「私も問題ありません。疲れというものを感じた事がありませんので」
ヒナゲシに関しては、まあ恐らく問題は無いだろう。
身体能力については羅刹への遠征で確認済だし、頑丈さについてもこの7人の中では最高かもしれない。
彼女の背景については稲沢から聞いているが、そのスペックを遺憾なく発揮した場合、出力だけなら魔王にも匹敵するものがある。
まあ、安定することはほぼ無い為、それが発揮されることは無いが…
「…それじゃあ、今日は夜まで体を休めつつ、出立は夜中にしよう。コルトも、あまり根を詰め過ぎないようにな」
「わかりました」
今のコルトのやる気を見ていると、注意しておかないと夜中までに超大作の地図が生まれそうだからな…
「あ、親父殿、一ついいですか?」
「ん、なんだ? ロニー」
これまで黙って聞いていたロニーが、挙手をして質問をしてきた。
「外に放り出してあるアレですけど…、どうするんですか?」
「…ああ、問題無ければ一応あとで軽く尋問をするつもりだよ。何か吐くとも思えないがね…」
アレ、というのは先程なんとなく担いできてしまった、蛮という魔族の事である。
どうにも、ワケ有で見張りなんて仕事を任されていたようなので、色々と情報を引き出せないかと思ったのだが…
「体に聞くのであれば、俺がやりましょうか?」
…なんだろう、コルトもロニーも、ちょっと過激になっているような気がする。
一体誰の影響だ…? 他の子供達が心配になってきたぞ…
「…いや、大丈夫だ。ロニーは食料の調達を頼むよ。念の為、アンナは俺についてきてくれ」
「了解しました」
「はい、喜んで」
…アンナはアンナで、俺にべったり過ぎて少し不安だ。
かといって突き放すと、それはそれで危険な香りがする。
困ったものだ…
「あの…、私はどうしたら?」
「アンネは体を休めていてくれ…、と言いたい所だが、さっき回収した矢の手入れを頼む。これから先、アンネの弓は重宝する事になるだろうからね」
「っ! はい! わかりました!」
良い返事が返ってくる。
本当は十分に休んで貰いたいのだが、この状況で一人休ませるのはかえって酷だろう。
だから簡単な役目を与え、それとなく体力を温存してもらう事にする。
「むぅ…、私も弓を覚えた方が良いでしょうか?」
「…アンナにはアンナの良い所がある。それを伸ばした方がより良い結果になると思うぞ?」
「そうですか? であれば良いんですけど…」
うーむ…
この子達の事を認めてやりたいのは山々なんだが、やはりまだ子守をしているような感じは抜けないなぁ…