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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第5章 魔族侵攻
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第187話 捨てる神あれば拾う神あり



(さて、山を出ることは出来たが、次はどこへ向かえばいいのだろうか…)



山を出たは良いが、実の所これからの先のプランについては一切立てていなかった。

俺にとっては山を出る事こそが最大の難関だと思っており、他の事を考えている余裕などなかったのである。

嬉しい誤算ではあったのだが、余りにもあっさりと出ることが出来たため、細かな方針すら無いという…


俺は歩きながら辺りを見渡す。

ざっと見た限り、ここは何も無い荒野のようであった。

一応道らしきものが存在する分、山よりは幾分かマシだが、随分と酷い有様である。

3メートル近い穴が彼方此方にある上、巨大な岩がゴロゴロと転がっていたり、突き刺さっていたりする。



(まるで怪獣同士が争ったような痕だな…)



いや…、もしかしたら、ようなではなく、かつて本当に怪物同士の戦いでもあったのかもしれない。

師匠があの山に封じられているのも、もしかしたらその辺が関係しているんじゃ…



「…ん? なんだ?」



暫く道なりに歩いていると、細い下り坂に差し掛かる。

こんな何も無い荒野に、まるで地下にでも続くような下り坂…

俺はどうにも怪しいその坂を一旦避け、別の道を探ってみる。

そして暫く進んでみると、何故あの場所に下り坂があったのか理解できた。



「成程なぁ…、しかし、これは凄い光景だ…」



進んでいった先には、大地が存在していなかった。

かわりに俺が見たのは、どこまでも続く雲海である。

俺は山を下ったことで勘違いしていたが、どうやらここはまだ地上では無かったらしい。

恐らくここは、ギアナ高地のような広大なテーブルマウンテンか何かなのだろう。

あの山はその上に存在していただけで、実際はこのテーブルマウンテンの一部に過ぎなかったのだ。

ここは恐らくギアナ高地では無いが、魔界が地球のコピーをベースにしている以上、似たような場所があってもおかしくはない。


それにしても、この光景は中々に幻想的で胸に来るものがあるな…

まさか、魔界でこんな光景を目にすることになるとは思いもしなかった。

…しかし、今の俺にはゆっくり景色を眺めている時間は無い。

名残惜しいが、俺はその光景を目に焼き付けて、一旦元居た道に戻ることにする。

いくらなんでも、流石にこの断崖絶壁を下っていく勇気は無いからな…

死なないように落ちることは可能かもしれないが、リスクが高過ぎる。

せっかく道が用意されているのだから、わざわざ危険を冒すことも無いだろう。


そして俺は、先程の坂道を慎重に下り始める。

一本道である為、魔獣などの襲撃を警戒するに越したことは無い。

まあこの有様なら、その心配はないかもしれないがな…


この坂道は、長く使われていない為なのか、もはや道と呼ぶのさえ憚られるほど荒れ果てていた。

落石で道はガタガタだし、土砂崩れで完全に埋まっている場所もあった。。

一応一本道なので、それを超えさえすれば元の道に復帰できるのだが、中々に苦労をさせられる。

外精法がなければ、この坂を下るだけで数日をかける羽目になっていたかもしれない。


俺は、地割れや土砂崩れで塞がった道をなんとか乗り越え、やっとの事で地上と思しき場所に差し掛かる。

いくら体力をつけたとはいえ、ここまで消費すれば流石に息も絶え絶えだ。

旅の始まりからいきなりこれでは、この先が思いやられる…

俺は深呼吸と息吹を併用し、なんとか息を整える。



(さて、地上に出たらまずはどこに向かうかを決めないとな…。確かこの辺りは、魔族領と龍族領の狭間付近だった筈だが…)



「ん?」



「え?」



絶壁に囲まれた暗い坂を下り、ようやく地上へと降り立った俺は、外のまばゆさに顔をしかめる。

それとほぼ同時に聞こえた声に、俺は振り向かず、ただ硬直した。



(しまった…。完全に無警戒だった…。まさか、人がいるとは…)



気配は二つ。

坂道を挟むように立っていると言う事は、見張りか何かか?

であれば、中々に不味い事態である。



「おい、手前ぇ…。何故ここから出てきた? いや、そもそもどうやって入りやがった?」



「…え~っと、ちょっと空を散歩していたら迷い込んでしまって…」



「空をだ? 馬鹿を言うんじゃねぇ! この魔龍山は空族どころか龍族すら寄り付かねぇ魔峰だぞ? そんな場所を散歩だ? いや、そもそも手前ぇ、何族だよ?」



うーむ。最初から通用するとは思っていない厳しい言い訳だったが、まさかそんないわくつきの場所だったとは…

となると、この二人はやはり見張りって事だろうなぁ…。うん…、これは逃げるが勝ちだろう。



「じ、実は、その散歩中に厄介な奴に目を付けられまして…。今も追われている最中なんですよね…。ほら…」



俺は振り返り、坂道の奥を指さす。

見張りをしていた二人は、釣られて俺が指さす方を見る。



(単純な奴らで良かった…)



俺は同時に<縮地(しゅくち)>で一気に距離を離す。

この高速移動術は、ルーベルトの動きを真似し、俺なりにアレンジをしたオリジナルの技である。

しかし、鬼族には元々似たような技として<縮地(しゅくち)>が存在していたらしく、せっかくなので名前についてはそのまま使わせて貰うことにしたのだ。許可は取ってないけど。

厳密には鬼族のものとは異なるようだし、同じ技でも流派違いのものなんていくらでも存在するのだから、闘仙流版って事でいいだろう。



(さて、そろそろ平気…っ!?)



縮地を解除しようとした瞬間、俺は反射的にその場から飛び退く。



「ほぅ、躱しやがったか」



声に反応して振り返ると、そこには先程の見張りらしき兵士が立っていた。



「良い反応するじゃねぇか。本当に手前ぇ、何者だよ?」



それはこっちのセリフだ…

俺が先程までいた場所には、槍のようなものが突き刺さっていた。

縮地に追い付かれただけでも脅威だというのに、あの速度で槍を投げた?

一体どんな身体能力してるんだよ…



「<(さく)>じゃあ無ぇな…。って事はお前、鬼族か? にしちゃあ角が見当たら無ぇが…」



<(さく)>…。そうか、確か魔族にも移動術があったな…

ルーベルトが使う移動術が、その<(さく)>なのだとしたら、追い付かれるのも納得できる。

それにしても、ただの見張りがここまでの戦力を持ってるって、ヤバイんじゃないだろうか…



「…魔族の方、ですか? …随分と、お強いんですね。正直、追い付かれるとは思っていませんでした」



初めて見るが、恐らく立地から考えてこの者が魔族である事は間違いないだろう。

問題なのは、見張り程度にこれだけの強者を起用できる人材の厚さだ。

このレベルの兵士が数千、数万と攻めてきたら、亜人領は相当に厳しいことになるぞ…



「ハッハッハ! 見張りが俺じゃなきゃ逃げられただろうに、残念だったな!」



俺じゃなきゃ、か…

つまりは、この者はやはり特別という事か?



「…ええ、本当に。一体何故、貴方程の使い手がこんな所で見張りを?」



「…そりゃあれだ、偶々だよ。いつもはこんな事はしてねぇ」



魔族の男はバツがの悪そうな顔をして答える。

成程、こいつは実に扱いやすそうだ。

ペラペラと情報は漏らしてくれるし、頭も良くは無いだろう。

それでいて実力や自尊心は高いようなので、敵にする分には大変ありがたい存在だ。

大方、それが災いしてこんな辺鄙な場所の警備に回されたのかもしれない。



「成程、どうやら自分は本当に運が無かったようですね…。大人しく投降しますので、殺すのは勘弁してもらえませんか?」



「ああ? んだよ、抵抗しねぇのかよ…? つまんねぇ奴だな…」



「すいません。争いごとは苦手なもんで…」



「俺の飛愴を避けときながら良く言うぜ…。ま、仕事だし仕方ねぇか…。おい、手を上げて、ゆっくり近づいてこい」



「はい」



俺は言われた通り両手を上げ、ゆっくりと近づく。

しかし、途中で石に躓き、体制を崩してしまった。



「うわっ!?」



「お、おい!?」



地面に突っ伏しかけた俺を、魔族の男はギリギリで抱えて止める。

自分で仕掛けておいてなんだが、随分とお人よしな男だ…



「あんだけ動ける癖に、なんでそんな間抜けみた、っっっっ!?」



男が喋っている間に、俺はさっさと破震(はしん)を仕掛け、意識を刈り取る。

破震は初見殺しには最適の技だ。見た目は攻撃に見えない為、警戒心の足りない相手には非常に決まりやすい。



「俺も間抜けだったが、あんたも間抜けで助かったよ」



それにしても、いきなりこんな強者に見つかるとは本当についていないな…

頭の足りない奴だったのは、不幸中の幸いだったが…


さて、色々と情報を抜いておきたいところだが、あまり長居をするわけにもいかない。

さっさと逃げ…



「おい蛮! 先行するなと言って…、おい!? まさか、やられたのか!?」



ちぃっ…、一足遅かったか…

後ろから駆けつけてきた者は、先程見張りをしていたもう一人の魔族である。

しかも、しっかりと援軍まで連れてきているらしい。

十…、いや、十三か…。結構厳しいな…


先程のように縮地を使えば、一時的に逃げることは可能だろう。

しかし、この蛮という男を回復されてしまえばそれは無理だし、とどめを刺す余裕も無い。

となると抗戦するしかないのだが、残念ながら俺は疲労している上に多対一を不得意としていた。

元々が人族という最弱種族である俺は、攻撃に対して非常に脆いのである。

一対一であれば躱すなり防御するなり、やりようはあるのだが、多対一ともなるとそうはいかない。

どう足掻いても多少の被弾は避けられないだろう…

そして俺の場合、その被弾が致命傷にもなり得るのだから、実に不味い状況だ…



「こ、降参するんで、お手柔らかにお願いできないでしょうか…?」



「仲間を殺っておいて、よくもそんな口を利ける…! おい、油断せず取り囲め! 蛮を殺った程の手練れだ…、一斉にかかるぞ!」



いやいや、殺ってませんて!

誤解なので、せめて確認してくれよ…


しかし、俺が蛮という男から少しずつ距離を取ろうとすると、他の者達もジリジリろ距離を詰めてくる。

手練れだと認識されているのも厄介な要素だ…。雑魚だと思われている方が余程楽だというのに…

色々と打開策を考えても見るが、こう警戒されてはどれも通用しそうにない。

どうやら、ついに俺も神に見放されたらしい。



(万事休す…、か)



俺は覚悟を決め、懐に隠していたレンリを取り出す。

後先考えず全てを出し尽くせば、生き残る事くらいは出来るはずだ。

その後に追手を出されれば、完全にアウトだけどな…



「言っておくが、俺だってここまでされたら本気で抵抗するからな…。覚悟してかかって…、ん?」



少しでも怯んでくれればと口上を並べようとしたその時、俺の中に強い思念が送られてくる。

感情任せの強い思念…。それは言葉ではなかったが、俺には"あきらめるな"と聞こえたような気がした。


空を見上げる。

ああ…、そうか…



「捨てる神あれば拾う神あり、か…。にしても無茶するなぁ…、全く…」



「…? 空に何が…、っ!?」



俺に釣られるように空を見た男が息をのむ。



――その直後、雨のような矢が俺の周囲に降り注いだ。





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