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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第5章 魔族侵攻
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第186話 門出



「ふぁ…」



部屋に差し込む光に照らされ、俺の意識は覚醒する。

先日は結局、師匠のペースに巻き込まれてしまい、寝床に就くことなく事無く眠りについてしまったようだ。



(しかし、怪我人相手に酒まで飲ましてくるとは…)



師匠は普段寡黙そうに見えるのに、一度悪ノリを始めると手に負えない。

酒癖も悪いし、本当にまともに年を取ったのか疑いたくなるレベルだ。



「…あれ、そういえば師匠は?」



首を回して周囲を確認するが、師匠の姿はどこにもなかった。

師匠が座っていた向かいの座布団に触れてみたが、温かさは微塵も感じない。

師匠はここで座ったまま寝ていたはずだが、随分前にここを離れたようだ。

仕方ないので魔力の感知網を広げてみるも、どうやらこの家屋周辺にも居ないらしい。



(一応、朝には出るって言ったんだけどなぁ…)



腹を確認してみると、昨晩残っていた捻じれは完全に消えており元の状態に戻っていた。

中身の方も問題無さそうである。

相変わらず出鱈目な体だと思うが、ここに来てからはもっと酷い傷を負うこともあったので、慣れてしまった。



(傷の方も問題なし。元々荷物なんて持ってきてないし、あとは…)









俺は簡単に身支度を済ませ、扉を閉める。

この小屋は、俺が住むために自作したものだ。

ソクの術を真似てみたのだが、やはりソクのようには上手くいかず、完成したのは随分とみすぼらしい作りの小屋であった。

俺は最後に、この小屋を元の更地に戻そうと思ったのだが、いざ実行としようとすると急に躊躇いが生まれてしまった。

不出来とはいえ、二年も住んでいれば自然と愛着も沸く。結局俺は、小屋は解体せず、そのままにしておく事にした。



(師匠なら気にしないと思うけど、まあ壊されたら壊されたで構わないさ…)



残しはしたものの、結果的に壊れるのであれば、それは仕方のないことだ。

なんとなく俺自身が手を下しなくなかっただけで、絶対に小屋を残しておきたいという気持ちがあったわけでもない。



(今の俺であれば、あんなもの位すぐに作り直すことが出来るしな…)



果たしてそんな機会があるかはわからないが、いつかはもう一度、この場所を訪れたい。

そんな気持ちを胸に抱きながら、俺は歩き出す。


結局、最後まで師匠を見つけることは出来なかった。

師匠はたまにこうして姿を消すことがあったが、何も今日じゃなくても…、と思う。

別にきちんと送り出してほしいわけでは無いが、せめてあいさつ位はさせて欲しかった。



(まあ、師匠らしいと言えば師匠らしいけどな…)



山を下り、麓の神社へと向かう。

あの神社は、この山と外とを繋ぐ唯一の出入り口なのだが、俺はまだ一度も通ったことは無い。

俺はこの山に上空から侵入したため、入るときにすら使用していないのだ。

あの時はそれでえらい目にあったのだが、今となっては懐かしい思い出である。


俺は神社の裏手の扉を開き、中に入る。



「へぇ…、こんな作りになっているのか」



神社の内部はひんやりとした空気をしており、どこか神聖さを感じさせる雰囲気があった。

静謐な、和を感じさせる空間。日本の寺や神社もこんな雰囲気なのだろうか?



「師に黙って出て行こうとするとは、中々に不敬な弟子だな」



薄明りの中、色々と内装を確認していると、奥の方から声が響いてくる。



「師匠!? こんな所にいたのですか!?」



「儂をなんだと思っている。弟子の門出(かどで)を見送るくらい、するに決まっているだろうが」



声に導かれ奥に向かうと、師匠が何やら薄汚い布を持って立っていた。



「一応、探したんですよ? 挨拶もしたかったですし。でも、まさかここにいるとは…」



「出口はここしか無いんだから、ここで待っているのは当然だろうが」



それはそうなんだが、何も言わずにこんな所で待っているのもどうなのだろうか…

まあ、最後に会えたことは素直に嬉しい。



「…師匠。今までお世話になりました」



「…ふん、世話したつもりなど無いわ。勝手に色々と吸収していったくせに、良く言いおる」



「いえいえ、ちゃんと吸収し易く手ほどきしてくれたじゃありませんか」



「そうしないとすぐ壊れるからだろうが? 全く、まだまだ組手相手としても張り合いが無いというのに…、半端もいいところだぞ」



吐き捨てるように言い放つ師匠に、俺は申し訳なくなる。

確かに、師匠から見れば俺は中途半端であり、遊び相手(・・・・)としては全然物足りないのであろう。

それでいてここを去ろうとしているのだから、不義理もいいところである。



「…まあ、この件に関しちゃ儂が認めたんだ。これ以上は言うまい。それより、これは選別だ…。持っていけ」



そう言って、師匠は持っていた薄汚い布を寄こしてくる。

選別…、しかし、こんな布を何故…?



「…………っ!? これって!?」



「ふふん、やっと気づいたか。相変わらず愚鈍な奴め」



愚鈍、と言われても仕方ないだろう。

俺はこれを目の前にして初めて、今までの出来事に合点がいったのだから。



「かくれんぼのカラクリはこれだ。…お前は少し考えすぎだ。世の中、意外とシンプルなことも多いぞ? 考えすぎれば、ドツボに嵌まる事もある。…ついでに覚えておけ」



「し、しかし、良いのですか? これって確か、相当貴重なものの筈ですが…」



この布、正確には布の性質には覚えがある。

これは、かつて影華(えいか)が使用していた外套と同種の物に違いない。

竜塵布…、だったか? 魔力を通さぬこの布を、影華は確か宝具と言っていたが…



「儂は物の価値など知らん。それも便利だから使ってただけだ。…それに、勘違いするなよ? それは儂の持ってる中でも一番のお古だ。長いこと使いこんで汚れてるし、ただの処分ついでだと思え」



その反応は、俺の知識に存在するツンデレそのもので、思わず笑いそうになってしまう。

俺はそれをなんとか堪え、平静を装う。

これで吹き出しでもしたら、何をされるかわからないからな…



「…わかりました。その忠告と共に、有難く頂戴いたします」



俺は布を受け取り、その言葉をしっかりと胸に刻み込む。



「…辛気臭い顔をしおって。儂はそういうのは性に合わん。もうさっさと行け」



そう言って師匠は、俺の背中を押してから、シッシッと追い払うように手を振る。

薄暗くて顔色まではわからないが、恐らく照れ隠しなのだと思う。



「…では、行ってまいります。また必ず会いに来ますので、その時は将棋の続きを指しましょう」



「当たり前だ。次の一手で、度肝を抜いてやるわ」



「楽しみにしています」



そう言って俺は、師匠に背を向け歩き出す。

振り返りはしない。振り返れば、余計な事を言ってしまいそうだからだ。

本当は、「師匠も一緒に来ませんか」、そう声をかけたかった。

しかし、それが出来ない事は十分に承知している。


師匠はこの山に縛られている。契約だと言っていたが、恐らくは呪縛に近いものだろう。

それが解除されない限り、師匠は一生この山を出ることは出来ないのだ。

本人は気にしている様子が無かったが、俺はそれに納得したわけではない。

いつか必ず、師匠を外の世界に連れ出してみせる。


俺は密かにもう一つの誓いを立て、外への扉を開け放つ。

薄暗い山での生活に慣れた俺には、外の光は少しまぶしく感じた。









『彼は行きましたか?』



「その声は…、なんだ、斬り捨てられに来たのか?」



『いえいえ、そうされては困りますので、音声だけ飛ばしています』



相変わらずいけ好かない男だ。

昔から、どうにもこの男とは合わない。だからこそ決別したのだが。



『こうして話すのも何百年ぶりでしょうかね…』



「辛気臭い話をしに来たのなら、ここから島ごと叩き斬るぞ?」



『それは怖い…。貴方なら本当にやりかねないですからね…』



馬鹿が…、そんな事が出来たらとっくにやっているわ。



『さて、こちらでも一応モニタはしていましたが…、彼は平気そうでしょうか?』



「…知らん。ただ、お前の差し金って事はわかっていたからな。何度か本気で潰してやろうかと思ったが…、存外しぶとかった。まあ、丈夫さだけなら及第点だろう」



実際に、トーヤの奴が初めて現れた時や生意気なことを言った時には、本気で叩き斬るつもりで攻撃を行っている。

昨日の稽古でも、儂は結構本気で潰しに行ったのだが、アイツは最後まで生き残って見せた。

それどころか、ついには一矢報いるまでに成長していた。

まだまだ未熟ではあるが、しぶとさにかけては、一応及第点をやっても良いと思っている。



『そうですか…。貴方がそう言うのであれば、少し安心しました』



「…話は終わりか? 儂は忙しいんだ、もう行くぞ?」



これからは再び、自分だけでの生活となる。

水汲みやらの雑用は全部トーヤに任せていたが、それも全て自分でやる必要があるのだ。

……やはり、行かせたのは失敗だったか?



『はい。僕も久しぶりに貴方と話せて良かった。それでは、失礼します』



そう言って、稲沢の声を飛ばしていたらしきドローンが上昇して行こうとする。



「おい」



『…? どうしましたか?』



「一つだけ言っておく。儂はお前の事が嫌いだが、トーヤを解放した事については、褒めておいてやる」



『っ! …ありがとうございます。それでは…』



今度こそドローンはそのまま上昇し、空の彼方へと消えていった。



「…ふん」



つい余計なことを言ってしまった。

それもこれも、全部トーヤのせいである。



…雑用は後回しにして、まずは手紙でも書くか。





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