第20話 夜間強襲戦④
改稿済です。
ゴウを囲むよう、皆がそれぞれ予定していた配置につく。
味方へぶつける可能性を考慮し、投石部隊の者達もそれぞれ武器を持ち替えて配置に加わる。
程なくして、ゴウの包囲網は完成した。
包囲網が完成する前に仕掛けてくる可能性もあったが、俺の読み通りゴウは攻めてこなかった。
恐らく、俺達ごときがどう攻めてこようと軽くあしらう自信があるのだろう。
その自信に付け入る事こそが、俺達が勝利する為の糸口になる。
…しかし、一つ想定外だったのは先程ゴウの見せた技だ。
確か剛体と言っていたが、あれは一体…?
「…イオ、ゴウの使った『剛体』というのは?」
俺はゴウから視線を切らさないようにしながら、イオに確認をする。
先程俺がゴウの体勢を崩した際、イオとライの攻撃は確実にゴウを捉えたように思う。
にもかかわらず、ゴウにはダメージ受けた様子が一切ない。
あれがもし、何かの技であるのであれば、厄介極まりない代物だ…
「『剛体』は、魔力の放出で反発する被膜のようなものを作る防御方法です。トロールや獣人にとっては基本的な防御方法ですが、知りませんか?」
「…知らないな。トロールや獣人って事は、イオ達も使えるのか?」
「ええ…。ただ、『剛体』は強力な防御方法ですが、非常に魔力を消費します。その為、トロールの魔力量では基本的に日光の助力なくして使う事ができません。今の私にその余力は…」
「おっと、嘘はいけねぇな。獣人とのハーフであるお前なら、この状況でも剛体は使えるはずだぜ? 小賢しい駆け引きをしてるんじゃねぇよ」
小声で話していたつもりだが、聞こえていたようだ。
どうやら、耳も非常に良いらしい。
「…別に、駆け引きをしているつもりはありませんよ。確かに、私は獣人の血を引いている為、通常のトロールよりも魔力総量は多いですからね。『剛体』を使う事自体は問題無いでしょう。…まあ、その余裕があればですがね」
魔力を消費するのは、何も『剛体』だけではない。
イオの言う通り『剛体』の使用魔力量が多いのであれば、それだけ他に回せる魔力が減るという事になる。
確かに、あのゴウを相手にしてその余裕があるかは疑問である。
ただ、そうだとしても疑問は残る。
「…でも、奴は純粋なトロールなんだろ? 何故夜間でも『剛体』が使えたんだ?」
イオの言う事を信じるのであれば、魔力総量は種族によってある程度限界が存在するのだろう。
トロールが本当に魔力総量が少ないのであれば、『剛体』を軽々しく使えるとは思えないが…
「恐らくですが…、ゴウは過剰なエネルギー接種により、使用を可能としているのでしょう」
「過剰…。っ! そういう事か…」
成程な…
なんとも胸糞悪い話だが、どうやら奴は経口摂取による過剰な蓄えで、大量の魔力消費を補っているらしい。
…そうなると、やはり魔力とカロリーには密接な関係があるのかもしれない。
「でもそれなら、使用限界自体はあるって事だよな? …だったら、なんとかなると思う」
あんなものを常時使われたとしたら、勝ち目など到底ないだろう。
しかし、限界があるのであればいくらでも対抗策は思いつく。
「ほう? 俺様を倒す算段が有るってか? おもしれぇじゃねぇか」
岩の大剣を構えなおすゴウ。
標的を俺に絞ったのか、かかるプレッシャーが先程とは比べ物にならない。
「行くぜ、クソガキ!」
「させません!」「させない!」
俺を庇うようにイオとライが前に出る。
「ゲツ! 槍で援護だ! 間合いに入るなよ!」
「了解です! 行くぞみんな!」
ゲツに援護を支持し、俺は再度意識を集中する。
大量に用意した粘液と土の合成。
ガウに叩きつけたのと同様の泥玉が生成されていく。
「させるかよ!」
ライとイオが間合いに入る寸前、ゴウが岩の大剣で地面を救い上げるように振り上げる。
「なっ!?」
巻き上げられた土砂が、俺を含めた三人に飛礫の如く飛来する。
俺は辛うじて頭を庇うことは出来たが、洒落にならないくらいの衝撃が体を襲った。
「ぐっ…」
どれだけの力を籠めれば、土や小石でこれだけの威力が出るのか。
痛みで集中が乱れ、生成した泥玉が決壊しかけていた。
しかし、目の前に迫りくる暴威を凌ぐ為には、これを崩すわけにはいかない。
俺は歯を食いしばり、なんとか泥玉の形状を保ちつつ、ゴウに向けて放つ。
「チィッ!」
ゴウは妨害出来なかった事に舌打ちしつつ、すぐさま回避の体勢に入る。
しかし、
「逃がしません!」
イオが素早く追撃する事で、それを阻止する。
「ケッ! 『剛体』で耐えやがったか!」
イオの追撃で回避が間に合わず、ゴウに泥玉がさく裂する。
「よし! 各自追撃を!」
槍部隊の後ろで、俺と同じように泥玉を形成していた術士部隊が一斉に泥玉を放つ。
ゴウはその追撃から逃れようとするが、イオの凄まじい連撃により縫い留められ、次々と泥玉が被弾する。
これが他の、例えば炎などの術であれば、ゴウにダメージを与える事は出来たかもしれない。
しかし残念ながら、ゴブリンにもオークにも、そういった術を扱える者は存在しなかった。
とはいえ、この泥玉でも動きを阻害するには十分な効果を与えることが出来る。
その効果は、ガウとの戦いで実証済だ。
しかし…
「しゃらくせぇ!」
ゴウは泥の阻害などまるで無いかのように、暴れ始める。
否、暴れているように見えたのは、その動きが滅茶苦茶だったからであり、実際はただ暴れているわけでは無かった。
ゴウは両方の大剣を使用して、四方八方へ土砂をまき散らしたのである。
そんな事をされれば、周囲を取り囲んでいた槍部隊はたまったものでは無い。
それどころか、その後ろに控えていた術士部隊にまでも被害が及んでしまった。
「で、出鱈目過ぎるだろ…」
その被害は、もちろん俺達三人にも及んでいる。
最初の飛礫の際、イオは剛体を使用して防いだようだが、ライは確実に直撃していた。
二人とも、二回目の飛礫は躱したように見えたが、『繋がり』から感じるライの状態はあまり良くない。
「ライ! 大丈夫か!?」
「大丈夫、ではないけど、とりあえず生きてはいるよ…」
不味いな…
この反応では、とてもじゃないが戦える状態とは思えない。
たったあれだけの攻防で、既にこちらの手勢は崩壊寸前に陥っていた。
(おいおい…、いくら何でも強すぎやしないか?)
これがゲームか何かなら、絶対に勝てないイベント戦闘的なものなんじゃないだろうか…
などと、現実逃避を始めてしまうくらいに状況は良くない。
さらに、状況は加速度的に悪くなっていく…
「残念だなぁ! 日が昇る前にカタを付けたかったんだろうが、どうやら時間切れのようだぜ?」
そう、既に空は段々と薄明るくなってきているのだ。
恐らく、そう間もない内に日の出を迎えることになる。
そうなれば、俺達の勝ち目は完全に無くなってしまうだろう。
…まあ、このままではそれを待たずに全滅するかもしれないが。
「…ゴウは私が引き受けます。だから、貴方たちは退きなさい」
イオが立ち上がり、剣を構える。
ダメージは受けていないようだが、疲労が色濃く見えている。
『剛体』を使用した影響だろうか…
「イオ、無理はするな。俺が前に出るから、フォローに回ってくれ」
正直、俺のダメージも少なくは無い。
しかし、距離が離れていた分、ライ程のダメージは受けていなかった。
恐らくこの三人の中では、俺が一番まともに動ける筈だ。
「待て! その役目は俺達が担わせてもらおう!」
覚悟を決めて構えを取ると、背後から野太い声が聞こえてくる。
(っ!? 助かった! 来てくれたのか!)
背後から近づいてくる、大きな三つの気配。
それはガウ、デイ、ダオの三人であった。
予定よりも少し早いが、この状況における彼らの登場は、最高のタイミングと言っても良いだろう。
ガウ達三人が、俺達と入れ替わるようにしてゴウの前に立ちはだかる。
彼らの参戦により、戦況はこちらが有利に傾き始める。