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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第5章 魔族侵攻
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第184話 師と弟子①





――――とある山奥の川原





「よいしょっと…」



俺は数個の桶に水を汲み、一息つく。

別に疲れているわけでは無いのだが、なんとなく声に出してしまうよな、こういうの…


まあ正直な所、これは自分に対しての言い訳だったりする。

ここ最近の俺は独り言も増えたし、こういった年寄りくさい感じの言動や行動が増えてきていた。

要はオヤジ化が進行しているのだ。

肉体的にはほとんど老いることが無いのだが、精神的には日々老いを感じており、少しショックだったりする。

まあしかし、それも仕方のないことだとは思っているのだ。

年寄りと二人きりで共同生活すれば、誰だって自然とこうなるに違いない、と。



「ふぅ…、これで良し」



俺は相棒であり、愛杖でもあるレンリの両端に桶を吊るし、肩に背負う。

水桶6個ともなればかなりの重量になるのだが、今では苦も無く運ぶことができる。

最初のうちは面倒な雑務だと思っていたが、自分の成長を意識してからは悪くないと感じている。

本当は当番制だったのだが、足腰の鍛錬にもなるし、今では自主的にやっているくらいだ。



「今更だけど、いつもこんな使い方して済まないな、レンリ」



なんとなく語り掛けてみたが、レンリは無反応だ。

レンリは親であるレイフ同様、俺と会話が出来るはずなのだが、非常に無口で滅多に反応を示さない。

拒否反応も無いし、悪感情も見えない事から問題ないとは思うのだが、反応が無いのは少し寂しい。

そんな俺の気持ちを察したのか、レンリの形状が俺の肩に負担をかけない形状へと変化する。

彼女のは無口だが、こういった心遣いが出来ることからも、決して感情が希薄なわけではない。



「ありがとうな」



俺はポンポンとレンリを叩き、山道を登っていく。

正直、道と言っていいかもわからない程の険しい道のりだが、こちらも慣れたもので水滴一つ零さずにスイスイと登っていく。

ここまで楽になると、以前の苦労がまるで嘘だったかのようにすら思えてくる。

…まあ、そもそも前は道ですら無かったのだから、単純に比較は出来ないかもしれないが。


俺は汲んできた水を水瓶に移し終え、軽く体をほぐす。

一か所に荷重がかかった後は、こうしてほぐしてやらないと身体バランスが崩れるのだ。

…さて、次は飯の準備なのだが、今日はその前にすることがある。


水を汲んだ川原とは逆方向へと下っていく。

そこには、この山と外を繋ぐ唯一の場所である(やしろ)が存在している。

そこを通れば、俺は晴れて自由の身になるのだが、残念ながらまだその資格は持っていない。

それなのに何故こんな場所に来るかというと、ここには所謂郵便受け、ポストが存在するからだ。

と言っても、俺に対して手紙が来るわけではない。ただ単に、師匠宛の手紙を取りに来ているだけである。



(師匠はああ見えて、筆マメだからなぁ…)



ちなみに、師匠からの手紙を届けたことはない。

手紙を出す場合は、師匠自らここに来るのだ。

何故かと尋ねた事があるが、それとなくはぐらかされてしまった。

仕方ないので観察していると、どうにも俺に自分の手紙を見せたくないらしい。

書いている所にすら近寄らせてくれないので、困ったものである。

ただ、その理由は信用されてないというとかいう事ではなく、単に恥ずかしいだけのようであったが…


(やしろ)の裏手に到着した俺は、そこに設置されたポストの中身を確認する。



「お、あった」



ポストを開けると、そこには一通の封筒が入っていた。

時には入っていない事もあるのだが、ここ最近は欠かさず届いている気がする。

師匠の態度から、恐らくは文通か何かだと思うのだが、相手も中々筆マメであるらしい。

一体どんな人物がこの手紙を出しているのか、興味がないわけでは無いのだが、探るような真似は一度たりともした事がない。

あの師匠の相手なのだから、ヤバイ相手であることは間違いないからである。

触らぬ神に祟りなし、というやつだ。



「って、あれ? もう一通ある?」



ポストから封筒を取りだすと、それに隠れるように存在していたもう一通の封筒に気づく。

こんな事は、この二年で初めてのことであった。



「あて先は…、俺宛…!?」



何故こんな辺鄙な場所に俺宛の手紙が!?

いや、そもそもこれって、日本語じゃないか!


……待て待て、落ち着け俺。であればむしろ心当たりがあるじゃないか。

動転する気持ちを落ち着かせ、深呼吸をする。

そして封筒の裏側を確認すると、案の定そこには予想通りの名前が記載されていた。









「待った」



「待ちません。師匠、王手です。ちなみに逃げ場はありません。詰みですよ?」



「ぐぬぬ…」



向かいに座った師匠が、まるで子供の用に唸っていて愉快な気分になる。

普段稽古ではコテンパンにされている為、最近はしばしばその鬱憤を将棋で晴らさせてもらっている。


ちなにみに、将棋というのは正真正銘の日本将棋である。将棋盤や駒は自作らしい。

師匠は俺が来るまで、この将棋を一人で遊んでいたらしく、対戦相手に飢えていた。

故に俺は、戦い方などよりまず初めに将棋のルールから覚えさせられたのだ。



「…師匠、どうしてもと言うのなら待っても良いですが、一つ条件があります」



「…お前、師匠相手に条件を突きつけるつもりか」



「ええ、言う事をきかせたければ儂を負かせてから言え、と言ったのは師匠ですよ?」



今でこそ立場は逆転したが、初めは将棋でもボコボコにされていた。

知識としてルールは知っていたし、師匠に習うまでもないと思っていたのはとんだ勘違いであった。

俺は定跡というものを甘く見ていたのである。



「…条件を言え」



「では、本日の稽古についてですが、久しぶりに実戦形式でお願いしてもよろしいでしょうか」









師匠は条件を飲んでくれた。

俺の読みでは、例え待っても条件は余り良くならないとは思う。

しかし、時間をかけさえすれば、師匠がより良い手を導き出す可能性も無くはない。

それはそれで楽しみである。



「後悔するなよ? 悪いがこっちじゃ手を抜かんし、あとで将棋の方でもけちょんけちょんにしてやるからな」



「まるで将棋では手を抜いていたような言い草ですね…。それに、けちょんけちょんって…」



相変わらず子供じみたことを言う爺様である。

まあ、それにも慣れたし、今では微笑ましいとさえ感じているが…



「ふん…、じゃあ、行くぞ」



師匠は軽く息をつき、一瞬で戦闘モードに切り替わる。

凄まじい勢いで振り下ろされる矛の一撃を、俺は受けることなく回避に徹する。

今の俺であればギリギリ受け止められるような一撃だが、これを受け止めては一気に押し込まれる。



「フッ!」



呼気と共に突きを放つ。

こちらも当てることが主目的ではない、攻撃の手を少しでも緩めさせることが最大の目的だ。


師匠は俺の突きを容易く躱しつつ、次の攻撃に移る。

ここまではほぼ定跡通りといった流れだ。

だから、俺はここでその定跡を崩しに入る。



「むっ?」



俺は師匠の視界を盗み、死角へと移動をする。

この二年で俺が見せていない、奥の手の一つだ。



「ほほう、こんな技術も隠していたか…。だが!」



「っ!?」



師匠の視界が急に塞がる。

いや…、自ら目を閉じたのか!?


瞬間、首筋に感じた嫌な気配に、俺は躊躇なく大きく飛び退る。

それに僅かに遅れるようにして、師匠の矛が不気味な音を立てて通り過ぎていった。



「面白い技だが、使い込みが足りんな。この程度で動じるようでは実戦レベルには程遠いぞ?」



「初見で技の性質まで見抜いておいて良く言いますよ…」



「つまり、儂くらいになるとこうなるわけだ。躱せて良かったなぁ? 良い勉強になっただろう?」



確かな死の気配を感じ、冷や汗が流れ落ちる。

もし俺が躱せていなければ、下手をすれば俺は死んでいた。

師匠はそういう人なのである。

…よく二年も生きてこれたよな、俺。



「本当に、有難い話ですよ!」



俺は離れた距離を利用し、外精法で遠距離戦をしかける。

師匠の獲物はあの矛しかない。つまり、この距離であれば俺は一方的に攻撃を仕掛けることができる。



「ふん!」



しかし、俺の外精法では残念ながら大した攻撃は行えない。

ザルアさんやソクのように大質量の土木を扱えれば、あるいは師匠を追い詰めることが出来たかもしれないが、俺の術では精々布石が良いところだろう。

師匠は俺の術を無視するが如く突っ込み、再び大上段からの斬り下ろしを放つ。

真っ向から術に構わず突っ込むことで俺の狙いをズラし、再び俺を定跡に落とし込むつもりなのだろう。

しかし、それこそが俺の真の狙いでもあった。



「おおぉぉぉぉっ!!!」



俺は師匠の一撃に対し、今度は受け止め…否、それに対抗するように打ち付ける選択を選んだ。



「っ!?」



これも定跡外の行動。それも愚策と言っていい行動だ。

だからこそ、師匠には俺の狙いが見えなかったのだろう。

俺はこの二年で初めて、師匠の隙を作ることに成功したのであった。

だからこそ…


ここで、決めて見せる!!






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