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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第5章 魔族侵攻
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第183話 暫しの別れと落下



稲沢は、俺に魔界を救って欲しいと言った。

しかし、同時に強制はしないとも言われている。

既に一度、自分たちが諦めた案件を託そうというのだから、ダメで元々という気持ちが強いのかもしれない。



(しかし、そうは言ってもなぁ…)



強制はしない…? いやいや、しようがしまいが、崩壊が待っているという事実は変わらないんだろう?

俺にやれるかどうかはともかく、実質選択肢なんか無いじゃないか…


崩壊することがわかっていながら、何もしない。

そんなこと、今の俺にできるわけがない。

事実を隠したまま仲間と平然と過ごせる程、俺の面の皮は厚く無いのだ。

恐らく、稲沢もそれを解った上であんなことを言ったのだと思う。…傍観者の立場として。


無責任なことを言うな…、とは言えなかった。

結果はどうあれ、稲沢は千年以上もの間、足掻いてきたのである。

それを言うのは余りに酷だと思うし、俺にはそもそもそんなことを言う資格はない。

ただ、やはり荷が重い感は拭えないが…



(何をするにしても、俺が力不足であることは間違いないんだ…。それをなんとか補いつつ、魔界を一つにまとめ上げる…。駄目だ…、難題過ぎるぞ…)









「では、翡翠さんは私が責任持ってレイフの森へ送り届けて参ります」



そう言ってファルナは翡翠を抱きかかえ、籠のような乗り物に乗り込む。

翡翠は非常に不機嫌そうな顔をして唸っているが、なんとか暴れずに我慢しているようであった。



「宜しく頼みます。翡翠、皆への伝言、宜しくな…」



「トーヤ…。うん、任せて。でも、なるべく早く戻ってきてよね? じゃないと、本気で迎えに来るよ?」



「ああ、俺だって早く皆の元へ帰りたいからな」



それから俺は、暫しの間翡翠とじゃれ合った。

そして、名残惜しながらも最後に軽く頭を撫で、別れを告げる。



籠に乗った翡翠達が雲の向こうに消えるを見届け、静かに息をつく。



「…正式に返事を聞いたわけじゃないので改めて尋ねさせてもらうが、魔界を救う件については、了承してくれたと思ってよいのかな?」



後ろで俺達の別れを見届けていた稲沢が、タイミングを見計らうようにして俺に尋ねてくる。

ここに残っている時点で答えは出ているようなものであるが、稲沢にとってははっきりと口にして貰いたいのだろう。



「…ああ。正直俺の力で何か出来るとも思えないが、抗うことくらいはしようと思う」



「そうか。そう言ってくれて、本当に良かった…」



稲沢は安心したように笑みを浮かべる。

しかし、そんな笑顔を見せられても、こちらは困惑するしか無かった。

何故そんな顔で笑えるのか?

俺には、現状をどうにかできる見通しなど無いというのに…



「そんな安心したような顔を見せられても困るぞ? 俺に大した力が無いことくらい、調整したアンタ達が一番良くわかっているはずだ」



「…ああ。でも、君が思うほど、君は無力じゃないよ。これも調整を行った私だから言えることさ。少なくとも、君は既に私達の手を離れて大きく成長を遂げている。当初の想定を考えれば、信じられないくらいにね…」



「…」



稲沢達が俺を魔界に解き放ったのは、本当に自由に生きてもらうことが目的だったらしい。

魔界崩壊の阻止を諦めた彼らは、これまで研究に大きく貢献してきた俺という存在に、人生を謳歌させるべく動いていたそうだ。

魔界で生きる為の様々な知識、ナノマシン技術を駆使した丈夫で健康な肉体、そして『縁』という力…

稲沢は持ちうる限りの全ての技術や知識を、俺に詰め込んだという。


詰め込んだ、という表現は中々にしっくり来るものがあった。

どうりで無駄になりそうな雑学やら、専門的な医療知識まであるわけだ、と。

恐らくだが稲沢は、文字通り本当に全てを俺に詰め込んだんじゃないだろうか。

それも、突貫工事というか、結構雑に詰め込んだ感が否めない。

そう感じる主な理由は、与える情報の取捨選択が大雑把過ぎることと、違和感や矛盾を感じさせない工夫が一切無かったことにある。

いかにも慌ててやった仕事、という感じだ。


では何故そんなに慌てていたかといえば、それは魔界の崩壊というタイムリミットが見えていたからだろう。

綿密な調整を行い、完璧に仕上げた上で俺を魔界に解き放ったはいいが、間もなく魔界が崩壊しましたでは、まさに本末転倒だ。

そうならない為、可能な限り早く仕上げた結果が、今の俺というワケだ。


しかし、稲沢達にとって想定外のことが、俺の周囲で次々と起こってしまった。

ゴウ達の襲来、魔王の襲来、バラクルの襲来、それらはどれも想定外の事態であり、仕組まれたものでは無かったそうだ。

いや、正直あれが仕組まれたものだったらスパルタどころか殺意しか感じないけどな…

ゴウも、魔王も、バラクルも、普通に考えれば間違いなく俺の手に負える敵では無いし…


ともかく、俺がそんな不運な状況に巻き込まれる度に、稲沢達は、介入をするべく待機していたそうだ。

しかし、そのどれもに対し、俺は独力ではなく仲間と協力して立ち向かうことで乗り切ってしまった。

彼らは、そんな俺に希望を見出したのだという。



「君もその目で見てきたからわかるだろう? 魔界は基本的に、魔王を代表とするような強烈な個を中心に群が形成されている。それが常識であり、実にわかりやすいかたちで弱肉強食の図式を形成していたんだ。…しかし、そんな中で君が形成した群はとても異質な存在だった」



「異質、ね。でも、それを言ったら羅刹なんかも同じじゃないのか?」



羅刹という国は、国主を紅姫が務めている。

稲沢の言葉を借りれば、紅姫という個を中心に形成された群であると言えるだろう。

しかし、紅姫には稲沢の言う強烈な個、というものは感じない。

俺が実力を見抜けていないという可能性もあるが、彼女が月光以上の武力を持つとは到底思えない。



「そうだね。羅刹もまた、異質な存在と言えるだろう。しかし、彼らは鬼族という一種族により形成された群で有ることに加え、その背景には人族から続く歴史が存在している。つまりは出できるべくしてできた群と言える存在だ。君の作り出した群とは、根本的な部分で大きく異なるよ」



…まあ確かに、レイフの森は羅刹のように一種族のみで構成されたコミュニティではない。

ゴブリン、オーク、トロール、コボルド、獣人族…

正直、あれ程の種族が混在する地は、亜人領のどこにも存在しないと思われる。

それでいて大きな争いごともなく共存しているのだから、魔界全土からみても異質な場所なのかもしれない。



「君の『縁』の力は、それらの形成に大きく役立ったのだとは思うが、それだけでもないと私は思っているんだ。君の性格や資質、色々な要素が絡み合い、あのような群が生まれたのだろう…。だから私は、君ならば他領との和平や同盟を結ぶ橋渡しになれると、信じているんだよ」



中々に無茶を言ってくれる…

そんなことができるのであれば、元いた地球だってもっと平和だったんじゃないだろうか。


…しかし、俺が魔界を救うとすればそれしか方法は無いのかもしれない。

なんとかして魔王同士の関係を取り持ち、その喧嘩をやめさせる。

確かに、それが出来れば魔界の崩壊を食い止める…、いや、遅らせることができるはずだ。



「…まあ、努力はしてみようと思う。…途中で死ぬ可能性のほうが高いと思うけど」



この前の羅刹との戦争もそうだが、最終的に和平の道が存在していたとしても、戦争自体は必ず発生するはずだ。

そうなった場合、武力云々を除いたとしても、俺が討ち死にする可能性は低くない。

低くないどころじゃないな…、今のままじゃ、ほぼ間違いなくどこかの戦場でおっ死ぬのだろう。



「それは確かに。だが、保証は無いが、保険はかけることが出来る」



「保険?」



「そうだ。と言っても、身体を頑丈にする方法くらいしか私には提案出来ないが…っと一先ずこれを背負ってくれ」



「…? あ、ああ」



そう言って稲沢は、ロッカーの中から、リュックのようなものを取り出し、手渡してくる。

とりあえず背負ってみたが、これは一体なんだろうか?

まさか、養成ギブスのようなものだったりするのか?



「トーヤ君、君には1つ言っていないことがあってね…。それは『縁』についてのことなんだが…」



説明をしながら、稲沢は車椅子でゆっくりと進み始めた。

俺はそれに付いていきながら、稲沢の言葉に耳を傾ける。



「私はアレを『強制契約』の力として授けたつもりだったんだ」



「『強制契約』?」



「ああ。君達が魔獣使いと呼んでいる者達が使う力のことだ。元々は『縁』の力で有ることは確かなんだが、『縁』の継承はどうしても上手く行かなくてね…。必ずと言っていいほど『強制契約』として継承されてしまうんだ。だから、本来の『縁』として継承できたのは非常にレアなケースなんだよ。君はその、二人目の成功例になる」



魔獣使いの力と『縁』には類似点があると感じていたが、本来であれば同じものなのか…

しかし…



「二人目、ということはもう一人は?」



「その人物に、これから会ってもらうことになる」



稲沢はそう言って、手元のボタンを操作する。

一体何をしてるのかと思った刹那、俺の足元が急に消失した。



「んな!?」



「肩のスイッチを強く押せばパラシュートが開く。必要ないかもしれないが、利用するのであれば使ってくれたまえ」



ちょっと待て! ってこれ、パラシュートなのか!?



「彼に宜しく言って…」



稲沢の台詞は途中から聞こえていない。

当然だ。落下中なのだから。



「って言うか、やるならやるでしっかり説明しろよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」



当然だが、俺の台詞もあちらには聞こえていない可能性が高い。

しかし、叫ばずにはいられなかった。







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