第181話 魔界と精霊について①
かつて魔界では、8人の魔王達が領地など色々なものを巡って争っていたらしい。
それ自体は、俺も複数の歴史書を通して知っていた事だし、別段驚くような内容でも無かった。
しかし、その大戦国時代がどのような理由で終結したのかについては、どの歴史書にも明言されていなかったのである。
大体の場合、その辺のくだりは濁してあったり、推察めいたことしか書かれていなかったのだが…
(そのまま戦いを続けていたら魔界が崩壊していただって? 魔王の本気ってどれだけヤバイんだよ…)
正直、実際の魔王を間近で見ている俺でも、想像ができないレベルの話だ。
確かにキバ様の実力は異常だと思うし、国くらいならあっさり崩壊させられそうではあるのだが、国と世界では流石に規模が違う。
歴史書には、魔王達の戦いは天変地異を巻き起こしたという一文もあったが、あれは誇張などでは無かったのかもしれない。
まあ、その辺の事は今考えるより、キバ様に直接話しを聞いたほうが早いだろう。
問題は、俺がこれからどうするかだ。
◇
「我々は魔界のことについては基本的に不干渉の姿勢だったのだがね…。そのような状況では流石にそうも言ってられない、今持ち得る技術を最大限に活用し、彼らの戦いに介入させてもらった」
「その第一手目が私、鉱族領の魔王であるヤソヤの誕生なのですよ」
なるほ…、んん!?
「え…? ファルナ、さん…? あんた、魔王、だったのか?」
思わず動揺してさん付けになってしまった。
自分のことながら中々に情けない。
「ええ、実はファルナさんは魔王なのですよ♪ 驚きましたか?」
そりゃあ驚いたよ…
でも、それならタイガ達が手も足も出なかったことにも納得できる。
特に、最後に見せたあの力…。あれは魔王クラスの力だと言って差し支えないレベルだったしな…
…いやいや、でもおかしいぞ? 魔王って確か結界を超えられない筈じゃ?
「ああ、もしかして結界について疑問に思っていますか? それでしたら簡単な事です。あの結界は各魔王の魔力、その波長に対し反応するように出来ているんですが、私の場合は天然モノの魔力では無いので、波長はいくらでも変えられるのですよ」
「一応、補足させてもらうと、魔力には個人単位で波長というものが存在してね。これは指紋や声紋のようにそれぞれ独自の周波数を持っているため、個人認証が可能なんだ。各領地間に設置された結界は、これを利用して魔王を識別しているんだよ」
成る程…、どうやって魔王を識別しているか気にはなっていたが、そういう事か…
要はあの結界自体が認証システムのような役割を担っており、リストに登録されたものを通さない仕組みになっているようだ。
「補足頂きありがとうございます。…私の場合登録してある魔力が人為的に生成したものである為、魔王としてでなければ素通りは可能なのですよ。何せ、本来の私は魔力が無いのですから」
「ん…? 魔力が、無い?」
そう言えば、初めてファルナと出会った時、確かに彼女からは魔力を感じなかった。
しかし、今は普通に魔力を感じることが出来ている。どういう事だ…?
「ええ。人族には魔力がない…、これはトーヤさんも聞いたことがあるでしょう?」
確かに聞いたことがある、というか色々な歴史書にそう記されている。
しかし、それについては正直疑問に思っていた事でもあった。
その歴史書に書かれた事が正しいのであれば、俺に精霊が宿っていること、そして魔力があることに説明がつかないからだ。
以前は、自分が人族でないことも疑っていたのだが、話の流れからして俺が人族であることは、ほぼ間違いないように思える。
ならば何故…?
「ファルナ君、さっきから言い回しがワザとらしいぞ? そんな回りくどい言い方をせず、しっかりと説明してあげなさい」
「…いいじゃないですか、少しくらい楽しんでも」
悪戯そうな笑顔をしていたファルナは、稲沢に窘められてしゅんとしている。
その態度はまるで子供のようであったが、先程の説明を聞く限り、彼女は少なくとも数百年は生きていることになる。
正直、あまり可愛いと思える年齢では無いな…
「あ、トーヤさん、少し引いてますね!? わかりましたよ! ちゃんと説明します!」
顔色に出てしまったのか、俺の考えを読まれたのか、どちらかはわからないが、ともかく察せられたらしい。
まあ、その方が話が早そうなので、俺は敢えて否定しないことにする。
「オホン、え~、トーヤさんもご存知かと思いますが、魔界において人族は千年以上も前に絶滅した事になっています。しかし、厳密に言うと完全に絶滅したわけではありません。我々やトーヤさんのように、ごく僅かながら生き残った者も存在するのです。さて、では何故、我々は生き残ることが出来たのかですが…、トーヤさんならもう大体検討がついてるんじゃないですか?」
…まあ、想像でしか無いが、そのくらいの予想はしている。
結局回りくどいやり方をしているのにはツッコミを入れたい所だが、まあ乗ってもいいだろう。
「…別に俺なら、なんて前置きはいらないだろ? 歴史上の人族の特徴と自分を比較すれば、誰だって予想出来ることだ」
人族は魔力を持たない。
その理由としては、人族がその身に精霊を宿していなかった事が原因とされているが、残念ながらそれを確認する術は無い。
少なくとも俺には精霊が宿っていたし、魔力も扱える以上、その特徴には当てはまらないのである。
…しかし、その特徴こそが人族が滅んだ原因であるなら説明はつく気もする。
「そうですね。事実、魔力を持たない人族はこの魔界において最もか弱い種族でした。特に、かつての魔界は文字通り弱肉強食の世界でしたので、人族は基本的に食われる側の立場にありました。それはもう酷い状況でしたよ? この研究所にいた方々も、その時にほとんど亡くなられたようです…」
ファルナはそう言って、やや悲しげに顔をうつむかせる。
彼女の感情に偽りは無いように思えるが…、どうにも作り物めいて見えるのは気のせいだろうか?
「紆余曲折を経て、ようやく安全を確保できた博士たちは、この島で人族が生き乗る術について研究を続けました。そして、結果として私達数名の者が生き残ることに成功したのです」
ファルナは紆余曲折と一言で言い表したが、それはきっと凄まじい程の苦難だったことが伺える。
この島が移動能力を有した人工島であることは説明されていたが、如何に陸地から離れたとしても精霊による変異は避けられなかったはずだ。この島にどんな動植物が存在したかは知らないが、害虫の類が0だったとは思えない。
全てが人族の脅威になったとは思えないが、精霊と同化した害虫、害獣はそれこそモンスターに等しい存在だった筈。
俺も含めてだが、そんな状況下でよく生き残れたものだ。
「その研究に大きく貢献したのが、君を含む数人の存在だった。君達がいなければ、僕とファルナ君もこうして生き残ることは出来なかっただろう」
「…それは、俺が、精霊を宿していたから、か?」
「その通りだ。厳密には君の他にも数名いたのだが、ほとんどの者は既に亡くなってしまっている。君は、その数少ない生き残りという事になるね」
ここまではある程度予測できた内容だ。
しかし、何故俺に精霊が宿ったのかという理由まではわからない。
「…何故、俺には精霊が宿っていたんだ?」
「それは、君がまだ胎児だったからだよ」
「っ!?」
「驚いたかね? でも君は契約について知っているはずだ。魔獣、そして奴隷契約の条件にについては覚えているかね?」
当然、覚えている。
外精法を代表とする精霊との仮契約については、条件が存在する。
基本的に、意思や本能の強い生命に宿る精霊は、仮契約を受け付けないのだ。
しかし、俺や魔獣使いといった存在は、条件が揃えばそういった存在とも契約が可能だったりするのである。
その条件は実に様々なのだが、契約の難易度が下がる共通の条件が存在していた。
それが、幼生体、つまり赤子との契約だ。
まだ自意識や生存本能以外の薄い事が、その理由だと思っていたが…
「…そうか、精霊の同化も、契約と同じ条件ということか」
「その通りだ。精霊の同化は、君達の言う契約とほぼ同じ条件が必要らしい」
「らしいって…、あれ? じゃあ、あんた達はどうして…」
客観的な物言いに反応しようとして、違和感に気づく。
稲沢は自分のことを研究者だと言った。そして、ここで異種生命体についての研究を行っていたと。
つまり、少なくとも稲沢は、この異空間…、魔界に来る前から成人していたという事だ。
しかし今の話の流れでは、精霊を宿し、魔力を扱う為には稲沢も赤子である必要があった筈。
という事は、稲沢達は精霊を宿していない…?
確かにファルナに関しては、魔力が全く感じられない瞬間があった。
てっきり、完全に魔力を消す技術があるのだと思っていたが…
「トーヤ君の疑問はもっともだ。そして、恐らく考えていることも正しい。君の想像通り、私とファルナ君は精霊を宿していない。今こうして生きていられるのは、君達の存在を研究し、擬似的に精霊の力を利用しているからなんだ」
そう言って稲沢は、おもむろに上着を脱ぎ始める。
一体何をと思ったが、服を脱いだ稲沢の身体を見て、そんな疑問はすぐに掻き消えてしまった。
「この通り、僕の身体は半分以上機械で補っているんだ。当時の技術では、これが精一杯でね…」
稲沢はそう言って苦笑して見せたが、その笑顔にはどこか誇らしさのようなものが隠れているような気がした。




