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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第5章 魔族侵攻
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第180話 魔界の過去と未来



「翡翠!」



箱庭の地下に建築された研究施設。

その一角にある個室に、翡翠は幽閉されていた。

いつもの子龍形態ではなく人型の形態に変化しており、無地の服を着させられている。

まるで死んだように静かだった為、一瞬かなり動揺してしまったが、どうやら本当に寝ているだけのようであった。

ファルナの言う通り怪我などは全て治療されているようであり、ぱっと見た限りでは命に別状は無いように思える。



「ん…? トーヤ…?」



俺が近づくと、翡翠はゆっくりと上体を起こして目をこする。

見慣れたその仕草が、なんだか酷く懐かしく思え、安心感がこみ上げてくる。



「翡翠、身体は大丈夫か?」



「うん…、大丈夫…、ってトーヤ!? トーヤこそ無事なの!?」



「ああ、俺は問題ない」



普段の翡翠はもう少し寝起きが悪いのだが、珍しく一気に覚醒したようである。



「あ、あのクソババァは!?」



首を左右に振り回し周囲を確認する翡翠。

その目には警戒と敵意、そして少量の恐怖といった感情が表れていた。



「クソババァって、もしかしてファルナか? 彼女なら上で色々と準備中のようだ」



「…そっか、じゃあ、もう色々と聞いた後って事か」



俺の言葉から色々と悟ったのか、翡翠の視線から警戒の色が消え、安堵のため息をこぼす。



「ああ、全部聞いたよ。翡翠が口止めされていた件も含めて、全部ね」



羅刹で翡翠が正体を表したあと、俺は簡単にだが翡翠の知っていることについて尋ねた事がある。

その際、翡翠が古龍族という過去に絶滅した種族の生き残りであること、何者かにずっと幽閉されてたことについては教えてくれたのだが、他のことについては一切教えてくれなかった。

恐らくは何者かに口止めされているのだろうとは思っていたが、その何者の正体はどうやらファルナだったようである。



「…全く、結局全部話すなら、僕に口止めする必要なんか無かったじゃないか。わざわざあんな脅しまでしておいてさ…。まあ、薄々出来っこないとは思っていたけど…」



翡翠は口を尖らせてブツブツと文句を言っている。

口止め云々についてはファルナから聞いているが、まあ確かに脅しとしては随分子供騙しだなとは思った。



(もし、俺にファルナや稲沢に関する余計な事を喋ったり、逃げ出したりしたら、国ごと翡翠を消滅させる、ね…)



大言壮語と言えない辺り、中々にたちが悪い。

恐らく、翡翠がそれを破ったとしても、そんな事にはならなかったんじゃとは思う。

しかし、ファルナのあの力を見せられては、単なる脅しにも思えないのも確かだ。



「…色々大変だったみたいだな。でも、安心してもいいぞ? その制約は解除だそうだ。だから、もし俺のそばを離れたかったらってててて…、なにをするんら」



好きにしても良いと続くはずの言葉は、翡翠に頬をつねられて妨害されてしまう。



「そんな下らない事を言ったら、怒るからね? 僕とトーヤは『縁』を結んだ。それはもう一族の契約を結んだのと同じ意味を持つんだよ? 今更僕はトーヤから逃げることはないし、逃がすこともない。…わかった?」



「…ああ、わはっらはら、はなひれくれ」



「よろしい」



そう言って翡翠は俺の両頬を開放する。

結構痛くて少し涙目になってしまった。



「さて、じゃあ、もう用は済んだんだよね? ならさっさと帰ろうよ? 僕、ここ嫌いなんだよ」



翡翠は心底嫌そうな顔をしている。

確かに、俺もこの場所はあまり居心地が良いとは感じない。

特に、この研究施設は精霊が侵入しないように設計されているようであり、魔力頼りの俺や翡翠には相性が悪い。

出来れば長居はしたくない場所であった。

しかし…



「その事なんだが、俺は暫くここに残ることにするよ」



「…はぁ!? なんで!?」



「まあ、色々と事情があってな…。それで、翡翠に頼みがあるんだ」



俺はここで一度言葉を切り、色々なものを飲み込む。

事情があるとはいえ、責任のある立場の俺が長期間レイフを離れるのは、はっきり言って無責任な行為だ。

言い訳じみた言葉がつらつらと浮かんでくるが、これらは全て言葉にするべきではない。



「これから俺が言うことを、レイフのみんなに、伝えて欲しい」









「私は度重なる研究の末、我々生命体とは異なる、もう一つの生命と呼べる存在を発見した。それが元素生命体…、今、君達と共にあり、掛け替えのない存在となっている『精霊』という存在だ」



スクリーンには相変わらず、よくわからない数字や図が表示されている。

画面を切り替える度に簡単な説明をしてくれるのだが、専門的すぎてほとんど理解が及ばなかった。

稲沢も詳しく説明する意味が無いと悟っているのか、早いペースで次々に画面を切り替えていく。



「まあ、偉そうに解説はしているが、僕も未だこの元素生命体、『精霊』については詳しいことはわかっていないんだがね。発見できたのも、半分以上は偶然だったと言っていいだろう…」



正直な所、発見云々の話は聞いても余り得られるものは無さそうだ。

稲沢にとって、いや、かつての世界にとって『精霊』の発見は、とんでもない事件だったのだと思う。

しかし、今の俺がそれを共感出来るかと言われれば、到底無理な話なのである。

何せ俺にとっても、他の魔界の住民達にとっても、『精霊』とは当たり前に存在するものだからだ。

今更発見に驚くような対象で無い以上、はっきり言って「ふーん」程度の感想しか湧いてこない。



「失礼。少し話が逸れたね。それで、何故『精霊』の発見が事の発端になったかだが…」



…………





その後、稲沢による説明を聞き終えた俺は、一旦元の部屋に戻ることとなった。

随分時間が経っていると思ったら、どうやら俺が話を聞き始めてから5時間以上の時間が経過していたらしい。



「………」



ベッドの上でゴロリと寝返りをうつ。

本当であればすぐにでも翡翠に会いにいくつもりだったのだが、一度情報を整理するため時間を置くことにしたのである。

今翡翠に会えば、感情に流されて誤った選択をしてしまいそうだからだ。


稲沢の話を要約すると、大体以下のように流れになる。



①稲沢達はこの異空間にて元素生命体『精霊』の観測に成功する

②続いて、異空間から『精霊』の存在を転写する実験が行われ、それにも成功する

③しかし、転写された『精霊』の性質に問題があり、緊急事態が発生する

④その結果、大事故が発生し、今に至る



非常に大雑把だがこんな所か。

そして、どうやら俺はその大事故の被害者らしいのだが、それに対してどうこう思う気持ちは一切なかった。

正直、話を聞いても「何やってんだか…」くらいの感想しか出てこない。

実際はそんな一言では済まされない問題の筈だが、どうにもピンと来ないのだ。



(それも、俺が『変質』したせいなのかもしれないが…)



『変質』、それこそが問題を引き起こした『精霊』の性質なのだが、これ自体ははっきり言って今更な情報であった。

『精霊』はあらゆる物質、元素と結びつき、結びついたものに何らかの影響を与える。

これが稲沢の言う『変質』の事なのだが、俺の中ではそれは当たり前の事だと認識してたし、言われるまでも無く理解していた事だ。

だから、発生した緊急事態というのにも容易に想像がついたし、聞いても「ああ、やっぱりね」という感想しかなかった。


しかしまあ、恐らくそれは、防ぎようの無い事故だったのでは無いかと思う。

実験は隔離施設で行われていたようだが、無機物、有機物関係なく同化を行う『精霊』相手には何の対策にもならない。

凄まじい勢いでパンデミック状態になったことは、容易に想像できてしまう。

そして、自体を収拾するべくとった措置が、さらなる事故を引き起こしたというありがちなパターンだ。


稲沢が言うには、



「元々『精霊』の転写は、『異空間にある地球が現実を転写したものであるのならば、その逆も可能な筈』という理論から辿り着いた技術でね。理論上はそれを元に戻すことも当然可能、という事だったんだけど、まあ結果はご覧の有様、というわけだよ」



その技術を開発した人物は紛れもなく天才だったようだが、その天才をもってしても転写技術は扱いきれる代物では無かったらしい。

本来であれば研究施設における『精霊』の存在だけを押し戻す筈の試みは、結果としてこの人工島だけでなく、その周囲から一定範囲に存在する全てのものを巻き込む形で行われてしまった。

この魔界は、そうして誕生したらしい。



「………」



仰向けになり俺は、なんとなく手を握ったり開いたりしてみる。

稲沢の話では結局、俺達の存在が転写された存在なのか、転移された存在なのかは不明という事だった。

事件後間もない頃は、転写の技術を応用し、『精霊』を押し返そうとしていたのだから転移だという意見もあれば、転写技術の暴走による事故なのだから、自分たちは転写されたコピーのような存在なのではという意見もあったらしい。

しかし、それを突き止めた所で事態は何も変わらないし、依然としてパンデミックは続いていたため、そんな議論はすぐに風化していったそうだ。


俺自身、自分がオリジナルかコピーかなどには全く興味が無い。

それを確かめる術が無い以上そんな事は考えても無駄だし、仮にオリジナルがいるとしても、干渉することもされることも恐らくは無いと思われる。

何故なら今は、事故から1000年以上経過しているのだ。

普通に考えれば、まず生きてはいないだろう。


こうして振り返ってみても、やはり過去の話についてはあまり関心が無く、歴史の教科書でも読んでるような気分であった。

自分のルーツや、稲沢達の事など色々聞かされたが、特に衝撃を覚えるような内容も無かった。


にも関わらず、こうして俺が悩んでいるのは、最後に聞かされた話のせいである。

今の俺にとっては、それこそが最も重要な情報であり、俺の今後を左右する大きな問題だったのだ。



「魔界の崩壊…、か」



稲沢は俺に、そう遠くない未来にこの魔界が崩壊する可能性があると告げたのであった。




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