第178話 箱庭
例の如く、帰宅後に微修正するかもしれません。
→ほんのりと修正済。内容には一切変更ありません。
今週はもう一話くらい更新したい所…
「着きました」
横穴を何度か抜けた後に辿り着いたのは、草木が生い茂った美しい庭園であった。
広さは大体30平方メートルくらいだが、隅々まで手入れがされていることが分かる。
好き勝手繁殖したのであれば、こうはならない筈だ。
「箱庭…か」
「ええ、その通りです。トーヤさん、私達の箱庭へようこそ」
そう、ここはまさに箱庭だ。
密閉された空間に、模擬的に作り込まれた庭園。
時折聴こえてくる鳥のさえずりすらも、この空間に合わせて用意されたBGMのように思える。
本来であれば安らぎを覚えてもおかしくない様な光景だというのに、その作為的な雰囲気のせいか、俺は酷く違和感を感じていた。
「さあ、どうぞこちらへ」
ファルナの手招きに従い、俺は箱庭に踏み入る。
「っ!?」
踏み入れた瞬間、俺は今までいた場所との温度差に驚く。
ここは暖かかったのだ。
現在魔界は後季、四季で言うところの冬だというのに、この温度は一体…
「これは…」
「ふふ、暖かいでしょう? ここは空調が行き届いてますからね」
その言葉に俺は再び驚かされる。
空調が存在する、という事に対してでは無い。
もっと根本的なことに対してだ。
「…アンタ、日本語を話せるのか」
「ふふ…、やっと気づいたのですね?」
悪戯気に笑ってみせるファルナに、俺は内心で舌を打つ。
やっと、という事は恐らく随分前からファルナは日本語で話していたのだろう。
そんな事にも気づけなかった自分の愚鈍さに腹が立つ。
「まあ、そんな顔をしないで下さい。違和感を感じなかったのは、それだけ精霊の言語解釈の精度が高いという事なのですから」
確かに、こうして話している今も違和感などは一切感じていない。
正直、魔界には無いはずの「空調」という言葉を聞かなければ、気づくのはもう少し後だった可能性が高いだろう。
しかし、これだけ注意深く周囲の事を探っておきながら、目先のことに気づけ無いとはなんとも情けない話である。
灯台下暗し、ではないが、もう少し落ち着いたほうが良いかもしれない。
「…まさか、アンタは日本人なのか?」
「…そう見えますか?」
「…見えない」
ファルナの容姿は、俺の記憶に残る日本人とは大分かけ離れていた。
髪は金髪だし、肌は白人のように白い。
整った顔立ちは、最初に感じた通り、エルフに近い印象を与える。
「ふふふ…、そうでしょうね」
ファルナは楽しそうに笑いながら奥へと進んでいく。
どうやらこの質問には答える気がないようだ。
俺は仕方なく、そのままファルナに付いていくことにする。
といっても、付いていくまでもなく、目的地である建物はすでに見えているのだが。
木々の間を通り抜け、開けた場所に出る。
そこには、小さな診療所を思わせるような白い建物があった。
そして、その建物の手前には、車椅子に乗った老人が微笑みを浮かべ待ち構えていた。
◇
「博士、トーヤさんをお連れしました」
「ああ、ありがとうヤソヤ君」
ヤソヤ? 博士と呼ばれる男は、ファルナの事をヤソヤと呼んだ。
ファルナと言うのは偽名なのだろうか?
「博士、トーヤさんが混乱しますよ? 私はトーヤさんをファルナとして迎えに行ったのです。ここではファルナと呼ぶようにして下さい」
「ああ、そうだったね。注意するよ。…さて、トーヤ君、我々の箱庭へようこそ」
初老の男、博士は真っ直ぐこちらを見据え、招くように挨拶をしてくる。
その動作には少し違和感を感じたが、伝わる気配に悪意などは一切無いように思える。
「…お招きいただき光栄です、と言いたい所だけど、どうせ招くならもう少し穏便にしてもらいたかったな」
まあ、招くも何もないけどな。拉致だったし。
「ふむ? ヤ…、ファルナ君、君は一体彼をどうやって連れてきたのだね?」
「ああ…、それはですね、その…、少しタイミングが悪かったというか…」
「仲間と飲んでいる所に強襲を受け、連れてこられました」
何か言い訳をしようとしているファルナを他所に、俺は淡々と事実を告げる。
ファルナはそんな俺を恨めしそうに見ているが、そんな目で見られる筋合いは無い。
俺は事実しか言っていないしな。…まあ、そこに些細な嫌がらせの気持ちも無くはなかったが。
「ファルナ君…、任せるとは言ったが、あまり派手に事を起こすのは感心しないな…」
「は、はい…。その、つい、はしゃいでしまいまして…」
気まずそうに目を逸らすファルナ。
どうやら上下関係はあるらしく、この状況から博士の方が上の立場であることが伺えた。
「…誰も手にはかけていないだろうね?」
「そ、それは大丈夫です。…多分」
多分、ね。
あれで誰も死んでいないことが、むしろ俺にとっては驚きなんだがな…
タイガ達の頑丈さを知っていなければ、到底信じられなかったと思うが。
「…やれやれ、あとでしっかりと状況について確認しておいてくれよ?」
「か、畏まりました…」
恐縮そうに縮こまるファルナ。
しかし、あれ程の存在を萎縮させるこの博士という男は、一体何者なのだろうか?
「おっと、そう睨まないで欲しい。わかるとは思うが、私に敵意や害意は無いよ。私は本当に心の底から、君を歓迎したいと思っている」
こちらにも敵意や害意は無かったのだが、無意識の内に視線が鋭くなっていたらしい。
俺は少し深く息を吸い込み、気持ちを落ち着かせる。
「俺もアンタ達に敵意があるわけじゃないよ。ただ、こんな所まで連れてきたんだから、その理由くらいはしっかりと説明して貰いたいけどな」
「…もちろん。その為にココへ君を招いたんだ。早速だが、施設の中に案内するよ。付いてきてくれ」
博士はそう言うと、ボタン操作で車椅子を反転させ、建物へと進みだす。
さてさて、俺は一体何を聞かされるのやら…
自分のルーツについてはさして興味が無かった筈だが、ここまで来ると流石にソワソワする気持ちを隠せなかった。