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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第4章 武闘大会編
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第176話 トーヤの行方



――――荒神城・玉座の間





現在この玉座の間には、所狭しと多くの者達が集まっている。

その中には普段なら戦線に居座り、中々呼び戻せないような将軍や兵士の顔も確認できる。

この玉座の間にこれだけの人数が揃ったのは、恐らく数十年ぶりの事だ。

事態が事態だけに当然とも言えるかもしれないが、これだけの人数が集まった最大の理由は、武闘大会の直後だったからだろう。



「…皆、集まったみたいだな」



珍しく厳粛そうな顔つきで口を開くキバ様。

事情を知らぬ者も、そのらしからぬ(・・・・・)キバ様を見て、事の重大さを理解したようだ。



「既に聞いている者も居ると思うが、先日、ウチの左大将が、何者かに攫われた」



ざわざわと動揺が走る。

荒神の幹部が攫われる、この荒神においてはそれは、前代未聞の大事件であった。



「なっ!? トーヤ様が!?」



声を張り上げたのは、先程戦場から戻ってきたばかりのトウジ将軍である。

事の大きさから、召集を伝える使者には情報を与えていなかった為、今初めて知ったのだろう。

同じように召集された他の将軍達も、トウジ将軍と同様に驚きを隠せない様子であった。



「…ああ」



「…なんで、トーヤ様が。…一体どこで?」



「場所は、この城の中だ」



玉座の間にさらなる動揺が走る。

何が起きたか知っている者はいるが、それがどこで起きたか知る者はほとんどいなかったのだ。



「城内でだと!? 警備の奴らは何をしていたんだ!」



トウジ将軍だけでなく、他の幹部達からも次々と声が上がる。

各々が疑問をぶつけ合い、玉座の間が一瞬にして騒々しくなる。しかし…



「「「「っ!?」」」」



皆、キバ様が一睨みしただけで凍りつくように黙り込んでしまった。

中には怯えるように身を縮めている者すらいるようだ。

正直情けない姿ではあるが、こればかりは無理も無いことである。

なにせ今のキバ様の眼光は、歴戦の将軍達ですら怯むものなのだから。



「…ソウガ、説明を頼めるか?」



「…畏まりました」



それを自覚してか、キバ様は目を瞑り、私に説明を促す。

今まさに自分から割り込もうと思っていたところだったので、丁度良かった。

いや、キバ様の事だ、恐らくはそれも見越した上で私に促したのだろうな。

キバ様は普段お調子者のように振る舞っているが、頭が悪いワケではないのだ。



「それでは、説明させて頂きます。まず、トーヤ様を攫った賊についてですが、こちらを御覧ください」



私は部下に指示し、予め用意させておいた紙を開示させる。



「アイツは…、大会で見たぞ!?」



紙に描かれたのは賊、つまりあの女の似顔絵である。

軍の中にはこういった絵が得意な者が存在し、その者に情報を伝えて作成してもらったのだ。

再現度は中々のものであり、何人かは絵を見てすぐに気づいたようであった。



「見覚えのある方も多いと思いますが、賊は先日の大会に参加していたこの女です。さて、この中でこの女と手合わせした者はおりますか?」



私が質問を投げかけると、何人かの兵士が名乗りをあげる。



「では確認しますが、この女はどのような戦い方をしていたでしょうか?」



「そ、それが、特に何もなくて…。何というか、手応えが無かったとしか…」



「手応えがなかった…、ですか。しかし、貴方はこの者に負けたのでしょう?」



「そ、そうですが! 本当に手応えが無かったんです! …でも、気づいたら負けてしました」



他の者達からも確認をするが、どの者も似たり寄ったりの回答であった。

最後に、私はゾノ殿を見る。



「ゾノ殿、貴方はこの女と戦い勝利しました。しかし、結果としてはこの女の棄権でしたね? あの時、貴方はこの女に何か言われたようですが、一体何を言われたのでしょうか?」



「…あの女は、確かに不可解だった。魔力も脅威性も感じないのに、こちらの攻撃は一切通る気がしなかった…。そして、最後のあの言葉…、やはりあれは、トーヤ殿の事を指していたのか…?」



先日の戦いを思い出し、悔しそうに唇を噛むゾノ殿。

恐らく、自分の主を攫った相手と対峙していたというのに、何もできなかったという気持ちが強いのだろう。

気持ちは十分にわかるが、今はそれを気遣っていられない。



「やはり、何かを言われたのですね?」



「ああ…。あの女は俺に、これからも彼の助けになってあげなさい、とだけ言ったんだ。あの時は何を言われているのかわからなかったが…」



彼、か…。恐らく、彼とはトーヤ様の事で間違いないはずだ。

対外的な情報としては、ゾノ殿とライ殿が友人の関係にあることはわからない筈だし、大会で戦ったダオ殿を指しているとも考え辛い。となれば、やはりレイフの長であるトーヤ様を指している可能性が一番高いだろう。


…しかし、であればこそ不可解な点はある。

あの女は何故、助けになれと言っておきながら、トーヤ様を攫ったのであろうか?


………駄目だな。正体を掴むにはまだまだ情報が足りない。



「…ありがとうございます。さて、現在この女について分かっていることは3つあります。1つ目はあの女が以前からトーヤ様を知っていたという事、そして2つ目は何らかの方法で魔力を隠す術を持っている事、そして3つ目、恐ろしい程の実力者という事です」



そう、現在のところ確定している情報はこの3つのみである。

1つ目に関しては、我々が見聞きしたものとゾノ殿の聞いた内容から、まず間違いないはずである。

偽る為にそう振る舞ったという可能性も無いわけでは無いが、利点も目的も見出だせない以上その可能性はかなり低い。



「魔力を隠す術…、それは隠形とは違うのですか?」



「違います。確かに魔力は隠形で感知され難くする事は可能ですが、完全に消すことは不可能です。しかし、あの女はそれを行っていた。まあ、これはあくまで実際に戦ったゾノ殿や、私、それに感知能力に優れたアンナさんの所感に過ぎませんがね」



「た、戦った!? ソウガ殿がか!? それに、アンナって、あの…」



皆の視線が私とアンナさんの間を行き来する。

私は兎も角、アンナさんに視線が行くのは、彼女がこの城で既に有名人になりつつあるからだ。

本人は居心地悪そうにしているが、こればかりは自業自得なので仕方がない。

彼女があんなに暴れたりしなければ、ここまで注目される事などなかったのだから。



「ええ、アンナさんとトーヤ様は、大会の際に少し接触があったようです。挨拶程度のものだったらしいですがね」



トーヤ様が攫われたと聞いた時、アンナさんは真っ先に城を飛び出していこうとした。

当然そんな事が許されるはずもなく、すぐに兵士が止めに入ったのだが、誰一人として彼女を捕まえることができなかったのだ。

その報を聞き私が駆けつけた時には、既に一部隊近い人数の兵士が、彼女一人に倒されているという状況だった。



「…あの女は危険です。すぐにでも、助けに行くべきだと思います」



彼女の顔は酷く青ざめていた。

多くの視線を浴びて居心地が悪いせいもあるだろうが、それ以上にトーヤ様が心配なのだろう。

私が止めなければ、きっと彼女は全ての制止を振り切り、飛び出していったに違いない。

…しかし、あの状態ではまず間違いなく道半ばで倒れていた筈だ。



「あの女の危険性は百も承知ですよ。私も月光様も、タイガ様ですらも、手も足も出なかったのですからね…」



いつ倒れてもおかしくない彼女に助け舟を出すわけでは無いが、彼女に向けられていた視線をこちらに引き戻す。



「なっ!!!! タイガ様までが!!!?」



視線を引き戻すことには成功したが、どうやら刺激が強すぎたようだ。

玉座の間で、これまで以上の動揺が走る。

無理も無い話だ。なにせタイガ様は、この国の武の象徴と言ってもいい存在になりつつあるのだから。

正直、この事は伏せるべきではと打診したのだが、タイガ様は頑なにこれを否定した。



「狼狽えるな!」



その動揺をかき消すように、タイガ様が吠える。

しかし、事が事だけに動揺を完全に消すことは出来なかった。



「確かに俺は遅れを取った! しかし、あの賊は脅威であったが、俺の見立てでは我らが王には遠く及ばん! つまり、この国の脅威足りえる存在ではないという事だ! 諸君らが動揺する理由は何も無い!」



一息でそこまで言い終え、タイガ様は強く拳を床に打ち付ける。



「っ!?」



その震動が300名近くが集う玉座の間を揺らす。

この玉座の間は、王が暴れても壊れぬほど頑丈に設計されており、本来であれば揺れるなどあり得ないことであった。

しかし、タイガ様の一撃は確かにこの玉座の間全体を揺らした。

それはつまり、今の一撃が王の攻撃に匹敵するという事を意味する。



「そして…、俺ももう負けるつもりは無い。あの賊は俺が必ず捕らえ、葬ってみせる。だから、皆も恐れず俺を、王を信じてくれ」



正直な所、大雑把なやり方だなと感じた。

しかし、そのやり方は中々に効果があったらしく、多くの兵士が動揺から解放されたようであった。

獣人は良く言えば純粋で、悪く言えば単純な者が多い。特に若者は今ので奮い立ってくれた者も多いようだ。

流石に幹部連中には通じていないようだが、意図は受け取ったようであり、目立った反発は無かった。

しかし、問題はレイフの者達である。



「それで、ソウガ様。トーヤ様の奪還はどうするおつもりですか? 荒神の手を借りられないのであれば、我々だけでも…」



「落ち着いて下さいザルア殿。それをこれから決めるのですよ」



「ふむ…」



レイフの森からは、代表として筆頭術士のザルア殿に出向いてもらっている。

他にも、軍属の者を中心にレイフの森出身者が集っているが、皆一様に暗い顔をしている。

それ程にトーヤ様の存在は大きかったのだろう。



「しかしソウガ殿、このまま時間をかけるくらいであれば、我々だけでも先行させて頂きたいのですが?」



「貴様! ソウガ様に向かってなんて口を!」



ソク殿の発言に対し、部下が食ってかかろうとするのを手で制す。



「良いのです。ソク殿も、お気持ちは察しますがどうか落ち着いて頂きたい。多人数で向かえば、魔族達に侵攻と捉えられる可能性があります。そうなれば、レイフの森にとっても不利益となるかもしれませんよ?」



「むぅ…」



少しずるい言い方だが、こうでも言わないと彼らは強行的に向かいかねない。

オーク達にとって、トーヤ様は救世主に等しい存在だ。自らの危険など恐らくは顧みはしないだろう。



「魔族…? トーヤ様の行方がわかっているのですか?」



サイカ将軍が、先程の会話から魔族という単語を拾い、反応してくる。



「…どうやらトーヤ様は魔族領の方角に連れ去られたようです。トーヤ様と縁深いものには、今現在のトーヤ様が居られる方角が朧気ながらわかるのだとか。恐らくはトーヤ殿の持つ能力によるものだと思いますが…」



アンナさんやリンカ様に話を聞いた限りだと、トーヤ様は現在、魔族領の方面にいるらしい。

ただ、厳密な距離などはわからないらしく、実際には魔族領にいるかすらも定かではないのだ。

下手をすれば龍族領、空族領や海族領の可能性もあり、そうなってくると捜索は困難を極めることになる。



「あの、宜しいでしょうか?」



「なんでしょうか、紅姫様」



トーヤ殿の行方について考えを巡らせていると、それまでずっと黙っていた紅姫様から声がかかる。



「もし、荒神が軍を出せないというのであれば、我が羅刹が軍を出しましょう。トーヤ様は、我々にとっても失うことの出来ない存在です。あの方を救うためであれば、我が軍は全力でレイフの森を支援させて頂くつもりですよ」



「…紅姫様」



これは不味い事になった。

紅姫様の表情は伺えないが、その言葉が本気であることくらい容易に理解できる。

言葉通り、羅刹はレイフの森に対し、全力で支援を行うだろう。

下手をすれば、全軍で魔族領に突入しかねない程の雰囲気である。


どう答えるべきか…。

恐らく、半端な回答では、羅刹の動きを抑えることは出来ない。

しかし、納得の行く回答をこの場で用意する事は…



「ちょ、ちょっと君達!? ここは入っては…」



その時、盛大に音をたてて玉座の間の扉が開け放たれる。

同時に、玉座の間に入り込んで来たのは、セシア達レイフの子供達であった。



「どうしたんだお前たち! さっき部屋で大人しくしていろ、と…!?」



慌てて駆けつけたゾノ殿が言葉を切らす。

一体何が…?


ここからでは状況がわからないため、私もすぐに後方へ向かう。

ゾノ殿の視線の先には、ダークエルフの少女、エステルが立っていた。

そして、その手には…



「翡翠ちゃんが、帰ってきました!」





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