第173話 戦いは終わり…
1万字を超えてしまったので、分割します…
「宜しくお願いします」
「こ、こちらこそ宜しくお願いします」
頭を下げられた為、こちらも慌てて頭を下げてしまう。
魔界でこんなやり取りをしたのは、初めてだと思う。
やはり羅刹の文化は日本と似通ってるらしく、細かい所作からも日本を感じさせられた。
それにどこか懐かしく感じるのは、やはり俺も元日本人だからなのだろうか?
まあ、俺が日本人だったという確証は無いんだけどな…
「先程の試合は拝見させて頂きました。実に素晴らしい試合だったと思います」
「それは、ありがとうございます…」
ついつい、ぺこぺこと頭を下げてしまう。
俺の立場上、あまり良い事では無いかもしれないが、ほとんど反射でやってしまった。
そうさせるのは、この月光という者の雰囲気のせだろう。
改めて月光を観察する。
精悍な顔立ちに落ち着いた雰囲気、上品とも言える仕草や言葉遣いからは、どことなく高貴さを感じさせる。
それは皇室、王族といった者達が放つ特有の雰囲気に近いものである。
実際月光は、羅刹における第二位の権力者であり、筆頭家臣という立場らしい。
立場上、俺と同じ地位という事だ。
しかし誰がどう見ても、俺とこの男が対等には見えないだろう。
自分でもそう思うのだから、謙ってしまうのは仕方ないじゃないか…
「…正直な所、私は戦いをあまり好まないのです。此度もタイガ殿に誘われた故、参加する運びとなりましたが、あまり気は進みませんでした。…しかし、先程トーヤ殿の試合を観て、その気持に変化がありました」
そう言って少し恥ずかしそうに笑ってみせる月光。
「こんな気持は久方ぶりです…、それこそタイガ殿と戦った数十年前以来でしょう。血が騒ぐ、というのでしょうか」
背中に冷や汗が流れたのか、ゾクリという悪寒が走る。
落ち着いた雰囲気、しかしその内に眠る苛烈さを垣間見た気がした。
月光はかつてタイガと戦い、引き分けたという過去を持つ男である。
数十年前という事だから、今のタイガを物差しにすることは出来ないかもしれない。
しかし、タイガが成長していて、この男が成長していないと判断するのは浅慮過ぎるだろう。
同程度の実力を持つ相手だと思った方がいい。
「噂は聞いております。可能であれば、お手柔らかにお願いしたいものですね…」
「ご謙遜を…。貴殿にはまだ奥の手があるように見受けられましたが?」
やりにくい相手である。
まるで全てを見透かすような澄んだ瞳。
今まで戦ってきた、どの者達とも違うタイプだ。
…まあ、そう言うほど多くの者達を戦ってきたわけではないが。
『注目でない試合のほうが少ない今大会ですが、四回戦目も早速目が離せません! 特に注目となるのが羅刹の筆頭家臣、月光様とトーヤ様の試合です! 一体どちらが勝つのでしょうか!?』
『先程のトーヤ様の試合は素晴らしいものでした。しかし、試合での負傷が有るため、トーヤ様には少々厳しい戦いになるかもしれませんね…』
『成る程! 確かにそうでしたね…。それに対して月光様は前試合を無傷で勝利しています! これは中々に厳しい戦いになってしまうか!?』
『そうかもしれませんが、トーヤ様は一見不利であっても覆すすべを持っています。私はそこに期待したいですね』
おいおい、一々ハードルを上げないでくれよソウガ…
その一言がなければ、言い訳もできそうな内容だったのに…
それにアレだ、お隣は一応サイカ将軍の試合なんだぞ? こっちばっかり見るのはどうかと思うなぁ…
『さあ、準備が整ったようです! 大注目の四回戦! 始めて下さい!』
ヤマブキさんの声に合わせるように、試合開始を告げる鐘がなる。
それと同時に、俺は加速状態に入った。
脚の状態は問題なさそうだが、いつ傷が開くかも分からない。
そんな状態では長期戦をするのに不安が残る。故に先手を取り、短期決戦を選んだのだ。
しかし…
「っ!?」
俺は月光の背後に回り込み、即座に距離を取った。
「…ほぅ、音の波すら躱しますか。素晴らしい見切りです」
冷や汗が頬を伝う。
あの技は見たことがあった。
確か、亜神流剣術、<嘶き>だったか? 一度戦場でグラが見せた技だ。
原理は不明だが、あの技は音波を利用した範囲攻撃だと思われる。
まさか、月光も亜神流剣術の使い手なのか?
「ふふ…、これは亜神流剣術ではありませんよ。我が国の伝統剣術の技です」
こちらの疑問を見透かしたかのように答える月光。
いかんな…、焦ればこちらの考えまで読まれかねない…
「ふむ…、やはりこれは楽しめそうですね…」
俺が気を引き締めたのに対し、月光は静かに笑う。
穏やかな笑みだというのに、俺の頭では警報が鳴り続けていた。
間違いない。この男はルーベルトと同レベルの、難敵だ…
◇
目を開くと、美しい顔立ちの少女達と目が合う。
実のところ、これは珍しい事ではなかった。
その顔ぶれは一定では無いが、イオもスイセンもリンカも、何故か俺が目覚めると目が合うことが多いのだ。
しかし、今回の顔ぶれはアンナ、アンネ、そしてセシアとイーナである。
「…おはよう?」
「「「「トーヤ様!」」」」
次の瞬間、少女たちは一斉に抱きついてきた。
いや、正確にはアンネだけオロオロとしながら、チョコンと手を触れているだけだが。
「…どうしたんだ四人とも?」
よく見ると、セシアとイーナの目には涙が浮かんでいる。
アンナは…、よくわからないが喜んでいるらしい。
「あの…、トーヤ様、全然目を覚まさなくって…。みんな心配していたんですよ?」
状況が理解できず、色々と考察していると補足するように声がかかる。
声の方向に首を向けると、スイセンが立っていた。
その後ろにはイオ、リンカ、ライも立っている。
俺は状況を確認するように辺りを見回す。
日は落ち、部屋は薄暗い電灯が灯っているだけである。
部屋の作りには見覚えがあった。荒神城で、俺が借りていた部屋だ。
「…そうか。俺はあの後、月光に負けて…」
朧気ながら覚えている。
俺は月光との戦いで、最後の賭けに出た。
しかし、それは残念ながら不発に終わり、月光の反撃を受け…、そこから先が思い出せない。
つまり、俺はその反撃で意識を失ったのであろう。
「見事な戦いでした。最後の一撃も、決まってさえいれば、きっとトーヤ様の勝利だったと思います」
「…いや、決まらなかった時点でそれは必然だったって事だよ。完膚なきまでに、俺の負けだ」
寝起きの頭が、段々とクリアになっていく。
悔しい気持ちはある。しかし、それでも納得の行く試合だった。
そう、あれは俺の完敗だ…
「トーヤ様…」
「俺の事は、まあ置いておくとして、皆はどうだったんだ?」
俺の質問に対し、スイセンは気まずそうな顔をして俯く。
ん…、もしかして、あまり良くなかったのか?
「スイセンさんは、あの後タイガ様と当たったんだよ」
そう補足してきたのはライである。
そうか…、タイガと当たってしまったか…
「俺が言うのもなんだが、くじ運が無いね、スイセン…」
俺も大概だとは思うが、優勝候補二人と連続して当たってしまったスイセンは、俺以上に不運だったと言えるだろう。
「いえ…、どんな相手でもいずれは当たる可能性があるのです。それが早かっただけの事です。そして、私にはそれを乗り越えるだけの力が無かった、というだけですよ」
よく見ると、スイセンの体はあちこちに血が滲んでいた。
それだけでも戦いの凄まじさを物語っている。
きっと、全力で立ち向かい、そして負けたのだろう。
「僕もこの通り、ボロボロにやられちゃったよ。サイカ将軍は本当に強かったよ」
そう言ったライを見ると、確かにあちこち傷だらけで、よく見ると耳が取れかかっていた。
「その耳、大丈夫なのか?」
「ああ、僕のタフさはトーヤも良く知っているだろう?」
確かに、ライの回復力は他のゴブリン達と比べても異様と言えるものだ。
こう言ってはアレかもしれないが、俺並に異常である。
「まあ、な。じゃあ、他の皆は?」
「一番活躍したのはガウだね。なんと決勝まで上ったんだ」
「おお!」
そいつは凄い! という事はサイカ将軍や月光にも勝ったのか!?
「ガウはクジ運に恵まれただけですよ。あのサイカという将軍が疲弊していなければ、決勝はサイカとタイガで決まっていました」
イオがなんだか不満そうな顔をして言う。
同郷のガウが活躍したのだから喜んでもいいだろうに…
いや、だからこそのライバル視なのか?
ライから詳しい説明があり、レイフの皆の大体の状況が確認できた。
まず、ガウ、リンカ、臥毘、ゾノを除いた者は皆、四回戦で敗退したそうだ。
そして五回戦でゾノは月光と当たり敗北、臥毘はガウと当たって敗北、リンカはサイカ将軍と当たって敗北。
準決勝はガウ、サイカ将軍、タイガ、月光の四人となり、最終的にガウとタイガが残った。
「タイガ様もかなり消耗していたけど、ガウはもうボロボロでね…。せめて日が落ちてなきゃ、もう少しまともな戦いになったのだろうけど…」
残念ながらガウは本当に瞬殺されてしまったらしい。
サイカ将軍との戦いでかなりのダメージを負った上、日が落ちたことによる回復力不足も祟ったようだ。
それでもサイカ将軍に勝てたというだけで凄いと思ったが、サイカ将軍はサイカ将軍でかなりの疲弊状態だったことが予測される。
シュウ、ライ、リンカと、結構なメンツと戦い、勝ち上がってきていたのだ。いくら将軍が強いと言っても、疲れないわけがない。
そういった意味では、やはりガウはクジ運に恵まれていたのだろう。
「それじゃあ、ガウ達は?」
「ゾノも臥毘もガウも、みんな治療場で寝込んでいるよ」
「そうか…、って、じゃあ本当はスイセン達も寝てなきゃ行けないんじゃ!?」
リンカもスイセンもライもよく見れば完全に重傷者である。
こんな所で立っていては不味いだろう。
「いえ、私もリンカ様も、見た目ほど大きな傷は負っていません。手加減された、とは思いたくありませんが…、恐らく気は使われたのだと思います」
…そうかもしれないな。
サイカ将軍もタイガも、苛烈なところはあるが基本的には紳士である。
その二人が全力で女性を潰しに行く姿は、正直想像できない。
それを手加減したと取るかは微妙なところだが、あまり大きな傷を付けないような立ち回りをしたのではないだろうか。
「スー、スー」
と、見下ろすとセシアとイーナが俺に抱きついたまま寝息を立てていた。
アンナも同じような状態であったが、こちらは狸寝入りだろう。
「そうか、色々とありがとう。まだまだ話は聞き足りないが、まずはみんな休もうか」
そう言ってこの場の解散を促す。
怪我人が多いため、子供たちについてはイオに任せることにした。
アンナは不満そうにしていたが、渋々といった様子で部屋を出ていった。
「ふぅ…、やれやれ」
気遣われるのは嬉しい半面、少し息が詰まるようにも感じる。
贅沢な話だが、俺はやっと一息つけた気がした。
残りは大体書き終わっているので、見直ししてからすぐにアップ予定です。
それで本当に武闘大会編は終了となります。
年明け早々、新章を開始できたらいいなぁ…