第172話 苦難は続くらしい
相変わらずチェックが甘いので、帰宅後に再チェック予定です…
→所々修正しました。
「あら? トーヤ君じゃない?」
「フソウ様!?」
先程の試合で負傷した俺は、医務室で治療を受けていたのだが、そこにフソウ様が現れた。
フソウ様が現れたという事は…
「し、試合はどうなったんですか!?」
「あ~、私の負けよ負け。本当にあの娘ったら強くなっちゃってもう…」
そ、そうか! 良かった…
スイセンの試合は、俺の試合の後にすぐ行われた。
俺は治療を後回しにしてでも観戦しようと思っていたのだが、スイセンから全力で止められた為、断念せざるを得なかったのだ。
それでもなんとか途中からはと思い、慌てて治療していたのだが、残念ながら間に合わなかったらしい。
「トーヤ! 動かないで下さい! 包帯が巻けません!」
「す、すまん」
っと、思わず興奮して立ち上がってしまったが、今はイオに包帯を巻いて貰っていただった…
「あらあら、もうお尻に敷かれちゃってるの?
「ち、違いますよ!」
俺は慌てて否定したが、この状況では少々説得力が欠けている気もする。
「全く…。しかし、相変わらず傷の治りが早いですねトーヤ。トロール程ではありませんが、この治癒速度はかなりのものです。既に傷口も塞がっているようですし」
そう言ってツンツンと傷口をつつくイオ。
「あの、結構痛いんで勘弁してください…」
情けないことに、俺は現在イオに急所を握られた状態なのである。
今の主導権は、イオにあると言わざるを得ないだろう
「あらあら、お熱い事。スイセンちゃんも苦労しそうねぇ…」
そんな事を呟きながら、フソウ様は手慣れた動作で自身の腕の治療を開始する。
それまで呆けたように突っ立っていた医療班も、それを見て直ぐ様フソウ様の治療にとりかかった。
「その傷は…」
「ん、そうよ。スイセンちゃんの技でやられちゃった。全く…、こんな傷負ったの本当に久しぶりなんだから…。しかもコレ、多分手加減されてるでしょ?」
そう言ってプラプラと腕を見せてくるフソウ様。
あの赤く滲んだ腕は、<裂震>の内部ダメージによるもので間違いないだろう。
「手加減と言っても、フソウ様を軽んじての行為ではありませんよ。ただ、あの技は殺傷力が高すぎるので…」
<裂震>は、あの地竜ですら葬った程の技である。
その威力は闘仙流の中でも最高クラスであり、まさに必殺と言っていい奥義なのだ。
それ故に、この大会では使用を控えるべき技ではあったが、スイセンの技術であればと俺は使用することを許可した。
「わかってるわよ…。でも、納得行かないものは仕方ないでしょ? …まあ、私に覚悟が足らなかったのは確かだけどね。だから潔く身を引いたんだけど…、やっぱり悔しい!」
成る程、やけに早く試合が終わったと思ったが、そういう事か…
フソウ様は恐らく、<裂震>を受けた時点で投了したのだろう。
スイセンの情報から俺が出した戦略は、フソウ様が油断している内に致命打を打ち込むことだった。
断片的な情報で正確なことは分からないが、タイガをも倒したというフソウ様の実力は、俺達の遥か上であると予測できる。
今の俺達の実力では、まともに攻撃を当てられるかすら怪しい。
…しかし、どんな強者でも油断や付け入る隙は必ずある。
そして、その状況は意図して作れるのだ。
「悪い笑顔ね? …あっ! そうか! これもトーヤ君の策だったのね!?」
おっと…、スイセンが上手くやった事が嬉しくて、つい顔に出てしまったか。
「どこまで狙っていたかは分からないけど、咄嗟に防がせる所までが狙いだったんでしょう!?」
「そうです。それにしても、良く気づきましたね…」
中々に鋭い方である。
流石はソウガの母と言ったところだろうか?
獣人族は単純な者も多いため、こういった駆け引きには気づかないことが多いんだがな…
「餌を撒かれてたって事よね…。あーん! もう! 本当に悔しいわ!」
そう言って駄々っ子のように暴れるフソウ様。医療班の人が可哀想である。
しかし、周囲に4人以上いれば大人しくなるとソウガが言っていたが、全然大人しくないじゃないか。
いや、それ程に悔しかったのかもしれないが…
「トーヤ、餌とは?」
「ああ、フソウ様はゾノ達の試合をしっかり見ていたからな。それを布石に罠を張ったんだよ。意外と抜け目ない人だから、必ず<破震>の防ぎ方は覚えていると思ったから」
「それが、餌…?」
「まあ、あくまで撒き餌の類だから、実際に釣れるかは確証が無かったけどね」
そう。実際に予想通りの結果が得られるとは限らない。
しかし、撒き餌はあくまで撒き餌だし、本命は別のところにある。
今回はそれが偶々上手くいっただけなのだ。
「…成る程。防ぎ方を覚えさせて、咄嗟にそれが出る状況を作り出したのですか」
「…理解が早いな。そういう事だ」
相変わらずイオは頭の回転が早い。
ちゃんと勉強させたら、良い軍師になれるかもしれないな…
まあ、戦闘狂の軍師なんて嫌すぎるが…
「あ~、もう! 私は二人がかりでやられたって事ね! はぁ…、でもまあ、それならいいか…」
何か自分の中で納得がいったのか、急に大人しくなるフソウ様。
俺もそれを見てホッとしたが、次の発言で青ざめることになる。
「それにしてもトーヤ君、やっぱり私が見込んだ通りの男ね。こんな事ならあの夜、本当に食べておけば良かったかしら?」
!? ちょっとこの人何言い出してんの!?
慌てふためく俺を、イオが不思議そうな目で見てくる。
いやいや、フソウ様ってアレだよ? この国の第二王妃だよ!?
それがこんな公衆の面前で、他の男を食べちゃう宣言は不味いでしょ流石に!
「…あの、夜?」
「!?」
背後から聴こえた声に俺は思わず飛び上がってしまう。
振り返るとそこには、スイセンが立っていた。
「ス、スイセン…、勝ったみたいだね。お、おめでとう…」
なんだろうこの冷や汗は。
感知を怠っていたので接近に気づかなかったから…?
いや、何ていうかコレは、そんな驚きの類では無く…、威圧感…?
「はい。これも全てトーヤ様のおかげです。…それで、あの夜とは?」
俺はこの後、何故か戦闘中並に気を張ることになった。
◇
その後も試合は順調に行われ、昼を過ぎる頃には三回戦全ての試合が完了した。
レイフからの参加者は俺も含め7人勝ち上がる事が出来ており、結果としては出来過ぎと言っても良い程であった。
「トーヤ様、脚は大丈夫ですか?」
「ああ、傷の治りは早い方だし、完治は無理だけど動かす分には支障ないよ」
イオとの戦いで負った傷は中々に深かったのだが、少し安静にしているだけでほとんど治ってしまった。
相変わらず出鱈目な回復力である。俺って本当に人族なのかな…
「それにしても、シュウは何というか、残念だったな…」
「あれはあのお調子者が悪い…。全く、サイカ将軍にあのような挑発…、自殺行為だ…」
リンカがやれやれといった様子で首を振る。
確かにそうなのだが、サイカ将軍があそこまで苛烈な人物だとはな…
俺は先程の光景を思い浮かべる。
―――。
「サイカ将軍! 俺は貴方と戦えることを光栄に思います!」
「…そうか」
「そして…、その貴方を倒して、俺は先へ行かせて頂きます」
「そう…、ん?」
そんなやり取りから始まった二人の戦いは、凄まじく派手なものとなった。
開幕から惜しげもなく半獣化を行ったシュウ、そしてそれにまともに対抗するサイカ将軍は凄まじい実力者であった。
「その歳で半獣化を使いこなすのは見事だ。しかし、その程度であれば…」
サイカ将軍はシュウの攻撃を見切り、同時に反撃を行う。
半獣化は確かに身体能力を強化し、より早く動くことが可能となるが、脚を止める瞬間は必ず存在する。
それが攻撃の瞬間だ。そこを狙い撃つように放たれた一閃は、確実にシュウを捉えた…かのように見えた。
「甘い!」
しかしその瞬間、シュウの体が急速に縮む。半獣化を解いたのだ。
いや、正確には完全に解いたわけではない。下半身は未だ半獣化したままである。つまり…
「部分獣化か!」
シュウは上体反らしたまま蹴りを放ち、サイカ将軍はそれをまともに受けてしまう。
「くっ…」
体勢は悪かったが獣化状態の蹴りである。
かなりのダメージが入ったように見られる。
「…本当に見事だ。若くして良くここまで…」
劣勢に陥ったというのに、サイカ将軍の顔には笑みが浮かんでいた。
一緒に子供たちの戦いを見守っていた時も思ったが、サイカ将軍は若き芽の成長を心から楽しんでいるらしい。
シュウに対しても、そういった感情が表れたのかもしれない。
しかし…
「当然です。部分獣化くらい、将軍の息子だって出来るのでしょう? ならばそれより先輩である俺が出来ない筈がない。そして、俺の目標は貴方の息子とは違い、もっと先にある。将軍と息子さんには悪いが、貴方を負かして一足先に行かせてもらうとしましょう」
シュウのその発言には、決して悪意は無かったと思う。
しかし、残念ながらそれは失言であった。
何故ならば、サイカ将軍は親バカなのだから…
「言ったな? 小僧…! ならば息子同様、少し手荒に稽古を付けてやろう!」
―――。
「サイカ将軍、滅茶苦茶強かったな…」
シュウはボコボコにされた。
ぐぅの音も出ないほどの完敗である。
「サイカ将軍は以前から大将軍の候補とされてきた方ですから…。実力だけで言えばこの国の五指に入ると言われています」
強いとは思っていたが、そこまでの人だったか…
俺も発言には気をつけることにしよう。
特にライカ君絡みの話題は出来るだけ避けたい所だ…
「まあ、シュウの事はいい。それより、次の組み合わせだが…」
「ん、もう張り出されたのか?」
「…ええ」
俺には見えないが、俺以外の全員が見えているらしい。
スペックの差をひしひしと感じてしまう。
「…俺には見えないな。どうなってる?」
尋ねられたリンカは、気まずそうにしている。
もしかして、リンカとなのか?
「トーヤ様…。一戦目はトーヤ様のようです」
「げ…、一戦目か…。それで相手は?」
皆の反応から嫌な予感しかしないのだが、聞かないわけにはいかない。
「羅刹の…、月光様です」
次で武闘大会編は終了になります。
年内にはアップ予定です。




