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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第4章 武闘大会編
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第171話 スイセン 対 フソウ

寝落ちして少し遅れました…



「ハァ…、ハァ…」



たった数合のやり取りだけで、私の息は既にあがっていた。

先日、トーヤ様やゾノさんと対策を行ったとはいえ、正直な所かなり大雑把な内容だった事は否めない。

理由としては、フソウ様の戦闘を直接見たことがあるのが、私だけだというのが大きい。

恥ずかしい話、当時の私にはフソウ様の戦闘内容を把握することすら難しかったのだ。



「ふふ…、今のでも抜けないか。本当に面白い技ね、それ(・・)



それ、というのは今私が使用している<無想>の事である。

私が持つ断片的な情報から、トーヤ様は始めから<無想>を使用するよう提案があったのだ。

そして、それは間違いではなかった。



「初見殺しは私の得意技なんだけど、その技を使う相手には無理みたいね。良い技だわ、本当に♪」



「……」



フソウ様は楽しげに語りかけてくるが、私にはそれに答えている余裕がない。

それ程にフソウ様の攻撃は凄まじかったのだ。

この<無想>をもってしても、辛うじて防げるのがやっと。その事実に戦慄を覚えた。



「じゃあ、これはどうかしら?」



「っ!?」



凄まじい速度での突進後、フソウ様の姿を見失う。

しかし、例え見失おうとも、闘仙流であれば感知する事は可能だ。

さらに、今の私は<無想>を使用しており、どんな多角的な攻撃であろうとも反射で対応が可能な状態であった。

…だと言うのに、私はその攻撃を捌ききれずに弾き飛ばされる。



「今のでも駄目か…。セシアちゃんの技と同じだったら抜けると思ったんだけど、やっぱり完成度が違うわね」



私は弾き飛ばされながらも、即座に体勢を整えて構えを取る。



「まあ手応えはあった、かしら? いつもの宝刀なら、腕くらいは落とせていただろうし…」



事実である。

私が今使用したのは、剛体の応用であり、闘仙流の技術を取り入れた技、<流体>。

通常、魔力を正面に放出する剛体とは違い、少し斜めに放出する事で魔力消費を抑え受け流す事が出来るという特徴を持っている。

さらに、任意で魔力の発生位置を調整している為、一部の剛体破りを防げたりと、本家以上に融通が効く優れた技だ。

しかし、防げるのはあくまで一部の剛体破りのみである。

虎咬のようなつかみ技や、<破震>のような内部破壊は防げないし、そもそも魔力の影響を受けないフソウ様の宝刀、『龍刃』のような竜の爪牙を素材とした武器には意味を成さない。

つまり、フソウ様が本来の武器で攻撃していたのなら、今の<紫電>で私は終わっていたという事だ。


…いや、それでもやはり出来過ぎと言える内容かもしれない。

かつての私であれば、きっと開始後1秒とかからず、地に伏していたのだろうから…


魔力の流れを読む闘仙流でなければ、フソウ様の攻撃は知覚出来なかった。

<無想>を習得していなければ、知覚できても防ぐことは出来なかった。

今こうして立っていることこそが、私の成長の証とも言えた。


しかし、それでもなお、フソウ様には届かない。

だというのに、私には悲壮感や気後れなどは、一切無かった。



「…いい表情(かお)をするじゃない? 昔はただの可愛い娘だと思ってたけど、私も見る目が無いわね…。それとも、トーヤ君に変えて(・・・)もらったのかしら?」



悪戯な笑みを浮かべて尋ねてくるフソウ様。

こちらを動揺させるための言葉だ。気にしてはいけない。


私は気持ちを落ち着かせ、今度は自分からフソウ様に攻撃を仕掛ける。

フソウ様と比べれば酷く遅い…、しかしその遅さでまずは目を慣らさせる。



「フッ!」



フソウ様の魔力の流れを読み、防御の薄い箇所を狙い打つ。

獣人の剛体は、トロールの剛体とは異なり任意で発動を行う。

キバ様やタイガ様のように潤沢な魔力を持っていれば、常時展開することも可能ではあるが、普通では不可能だ。

つまり、例えフソウ様であっても、防御の薄い箇所に攻撃さえ通れば倒せる可能性は十分にある。

しかし…、



「残念だけど、その程度の速度じゃ剛体を使うまでもないわね~。それに、言っておくけど油断もしないわよ? どうせスイセンちゃんも使えるんでしょう? あの移動術を」



っ! 読まれていたか…

この戦略は私の考えたものだが、トーヤ様からは通用しない可能性も考慮した方が良いと忠告があった。

やはりトーヤ様は私とは違い、思慮深いな…



「これもトーヤ君の入れ知恵? どちらにしろ、昔のスイセンちゃんなら絶対取らない戦法だけど」



こちらの攻撃を簡単にあしらいながら、フソウ様は言う。

その通りであった。。

昔の私であれば、こんな戦法は絶対に取り入れない。

ただ全力で立ち向かう。それこそが強さだと勘違いしていたのだ。



「昔のスイセンちゃんは良く言えば真っ直ぐで、悪く言えば愚直だったから…。まあ、それが可愛かったんだけど!」



フソウ様の反撃、私はそれを躱すと同時に加速状態に入る。

憧れを抱くことはあっても、決して到達し得ない速度。

それをなし得たのもまた、トーヤ様がいたからである。

私は、フソウ様が言ったように、トーヤ様のお陰で変わることが出来たのだ。

…いや、私だけでは無い、トーヤ様のお陰で変われた者は大勢いる。



「ハァァァッ!」



呼気と共に拳を放つが、それは空を切ってしまう。

フソウ様はこの速度であっても、当然のように付いてくるし、反応もしてくる。

本当に凄いお方だ。でも…



「っ!?」



私はフソウ様の進行方向を読み、予め仕掛けておいた土術を発動させる。

フソウ様はこの試合で初めて動揺を見せ、咄嗟に空中に回避を試みる。



(狙い通り…!)



言葉を介さない外精法では、単純な効果しか発生させることが出来ない。

今のも土を爆ぜさせただけで、攻撃力はほとんど無いと言ってもいい。

しかし、高速戦闘の中で虚を突いた攻撃は、相手に動揺を誘うことが出来る。

それが例え、あまり効果が無いものだとしても、一瞬でそれを判断することは難しいからだ。


この戦法も、トーヤ様譲りのものだ。

フソウ様は確かに凄い。でも、トーヤ様はもっと凄い。私はそう思っている。

だから、私はそれを証明するためにも、この方にどうしても勝ちたかったのだ。


空中に逃れたフソウ様に追従するように飛ぶ。

フソウ様は<疾駆>で逃れようとするが、既に手は打ってある。



「なっ!? 仮契約できない!? 嘘でしょ!?」



フソウ様が飛んだ位置一帯の精霊は、全て私が契約済であった。

特に命令を行使しなければ、契約自体は短時間で解除されるが、私が一撃を決めるだけの時間は十分にある。

<疾駆>に頼る気だったフソウ様の体勢は不十分であり、私の攻撃を躱すすべはない。

それでも万全を期す為、私はフソウ様の背を目掛けて掌底を繰り出した。

しかし…



「っと! そう簡単に決められると思ったら大間違いよ?」



決まったと思った瞬間、信じられないことが起こる。

完全に身動き取れないはずのフソウ様が、反転したのである。

精霊の助力もなしに空中でああも動けるとは、凄まじい空中感覚である。

猫科の獣人は空中感覚が優れていると言われるが、普通であれば空中で体を反転させるなど出来はしないのだ。



「残念だけど、その<破震>の防ぎ方も確認済よ!」



フソウ様は反転した状態から、正中線を守るように腕で防御を行う。

あの状態では<破震>による失神は狙えない。そう、<破震>であれば…



「ハァァァァァァッ!!!!」



「っ!?」



私の掌底はフソウ様の腕で防がれた。

その反動で、お互いに少し離れた位置で着地する。

私はすぐに構えを取るが、フソウ様は不思議そうな顔をして自分の腕を見つめていた。



「…今のは? <破震>、じゃないわよね?」



「…闘仙流の奥義、<裂震>と言います」



フソウ様の問に答えるつもりなど無かった。

それでも、答えてしまった。何か得体の知れない強制力が、フソウ様の言葉に宿っていた為である。



「そう…、成る程ね…。恐らくこれが、地竜を葬ったという技、ね?」



ビクリ、と体が硬直する。

私は頷くことも出来ず、咄嗟に距離を取ってしまった。

殺気は一切無いのに、私はフソウ様を恐ろしいと感じてしまったのだ。

それまで騒然としていた観客達も、フソウ様の放つ只ならぬ気配に静まり返っている。


文字通り総毛立つほどの凄まじい闘気。

それはかつて倒した地竜をも超える圧力を伴っていた。



(恐ろしい…。まさか、これ程の方だったとは…)



フソウ様の顔に浮かぶ凄絶な笑みに、私は身震いするほどの恐怖を感じた。

しかし…、それでも私は退く気など無かった。


圧力に負けじと、丹田で魔力を練り上げ、全身に循環させる。

それに呼応するように、私の中の精霊が活性化を始めた。

活性化した精霊は、自身の身体強化に加え、集中力や精神力も高めてくれる。

内精法の一種だが、この技もトーヤ様が編み出したものだ。



(この技も含め、トーヤ様は私に様々な力を与えてくれた。その力を、ここで証明しなくてどうするのか…!)



恐らく、この大会で闘仙流の力は広く知れ渡ることになるだろう。

セシアちゃん達やトーヤ様は、それだけの力を示したのだから当然と言える。

しかし私がここで負けては、その印象も幾分変わってきてしまう可能性がある。

それだけは絶対に嫌だった。



「…うーん、やっぱりやめた」



しかし、私が覚悟を決めた瞬間、フソウ様から放たれていた闘気が完全に消え失せた。



「ヤマブキちゃーん! 私、降参します! 勝者宣言してあげて!」



『は、はい!? フソウ様!?』



どういう事だ、と会場は騒然としている。

私も状況に頭がついていかず、混乱状態だ。



『…ヤマブキ殿、スイセン選手の勝利宣言をお願いします。母は腕の治療を選択したようです。…珍しく、悪くない判断です』



『そ、そういう事ですか…? 私は、てっきりまだまだやれるかと…。って治療するなら早くしないといけませんね! この勝負、フソウ様負傷による棄権のため、スイセン選手の勝利となります!』



解説者席のヤマブキさんから勝利宣言が行われる。

しかし、観客の中には歓声をあげる者もいたが、ほとんどの者は未だ状況に付いていっていないようであった。



「…納得、いかないかしら?」



普段通りの温和な笑顔を向けながら、フソウ様が尋ねてくる。



「納得と言うか…、あのまま続けていたら、きっと私は…」



「あのまま続けていても、きっと私は負けていたわ。どんな形であれ、ね…」



そう言ってフソウ様は腕をプラプラと振る。

手応えは確かにあった。恐らくあの腕が使えないというのも嘘ではない。しかし…



「まあ、正直に言っちゃうと、完全に準備不足よね。宝刀も持たず、篭手もせず、それでいて上から目線で指導しているつもりだったんだから…、私、今凄く恥ずかしいの」



そう言いながらフソウ様は歩み寄ってくる。



「本当にごめんね? 正直、スイセンちゃんに対して失礼だったと思うわ。…だから、次にやる時は対等の戦士として…、本気の私を見せてあげる。じゃあ、頑張ってね! 私の代わりにタイガ君もやっちゃっていいから!」



「あ、待ってくださ…」



振り返った時には、フソウ様は既に試合場を出るところであり、私の声は届かなかった。


納得のいかない勝利ではあった。

しかし、フソウ様の最後の言葉、そしてすれ違い様に見せたフソウ様の真剣な表情に、私の胸は高鳴り続けている。


私の力では、フソウ様に未だ及ばない事がわかった。

でも、それでも…、私はあの憧れの方に、戦士として認めてもらえたのだ。

こんな事で喜んでしまう自分が情けなくもあったが、私にはこの気持を抑えることはできなかった。




あと2話で武闘大会編は終了予定です。

本当は170話ぴったしで終わらせるつもりだったんですが、想定以上に膨れてしまいました…

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