第165話 イオの要求
ギリギリで投稿…
帰宅後、改めて確認予定です。
→微修正済です。
「相変わらず、見事な突きだな…」
ダオがしみじみと呟く。
ダオは実戦でライの本気の突きを体験している筈だから、中々に実感がこもっている。
「ライさんって、あんなに凄かったんですね!?」
ドウドがやや興奮気味に尋ねてくる。
「ドウドは、ライがちゃんと戦っている所を見るのは初めてか?」
「はい! 模擬戦はたまに見ていたんですが、普段はもっとゆっくりというか…」
確かに、ライは模擬戦では実力を出さない。
手を抜いている、というわけではなく、技の確認や認識力の強化などを重視している為である。
「まあ実戦でもなきゃ、本気のライを見るのは難しいかもなぁ…。良い機会だからちゃんと見ておくといいよ」
「はい!」
ドウドは純粋だなぁ…
仲間になった直後は、もう少しやさぐれていたと思うのだが、随分な変わりようである。
彼の上司であるソクから色々と報告を受けているが、やはり切っ掛けはシシ豚侵入の件だろうか。
「しかし、ゾノ殿には先程あまり卑屈になるなとは言ったが、あれ程の才能を見せつけられては、劣等感の一つも抱いては不思議はないか…」
「ん…、なんだ? ゾノは勝ったのにまたウジウジしていたのか?」
「ウ、ウジウジなどしていないぞ。…ただ、実力で勝ったという実感が無くてだな…」
あれだけしっかりと作戦をこなして見せたのに、まだそんな事を言うのか…
ダオの言うとおり、これは謙虚というよりも卑屈と表現したほうが良いだろうな…
困ったものである。
「全く…。自信をつけて貰うために、この大会に出てもらったのに、勝っても凹むんじゃ全然意味が無いぞ?」
「…面目ない。ただ、ダオ殿の先程の発言は少し訂正させてくれ。俺はライの才能に対し劣等感を抱いているわけではない」
「んん? どういう事だ?」
「ライには確かに才能がある。しかし、それは俺の親父のように異常と言うほどでは無い。ライが本当に凄いところは、才能に溺れるでもなく、ただひたすらに努力を続けられる所だ」
確かに。それは俺も同意見だ。
「しかし、努力という点ならゾノ殿も欠いているわけではあるまい」
ダオの言うとおり、ゾノも努力に関してはかなりのモノだと思う。
しかし、ゾノが引け目を感じる理由も、ライと一緒に暮らしていた俺には理解できた。
「ダオ、ライが先程放った突きだけど、アレはソウガの言う通り、ただの基本的な突きなんだ。ライはアレを含む基本的な突き技を、1日数千回、多いときには1万回以上、毎日欠かさず練習しているんだ」
そう、毎日である。
それが例え、戦の最中であっても、変わらずそれを続けていたのである。
怪我などで武器自体持てないような状態でもない限り、ライは本当に文字通り、毎日練習を続けているのだ。
恐らくは、俺と出会う前からずっと…
「ふむ…。しかし、やはりゾノ殿も同じように俺は思うが…」
「俺は、ライに置いていかれないように、必死で食らいついているだけだ。それだって、アイツほど熱心に取り組めているわけではない。ライとは10年以上同じ集落に住んでいたが、練習を欠かしたところを見たことがないからな…」
そしてそれこそが、あれ程の技の完成度に繋がっているのだろう。
最早達人と言っても良い程の領域に、ライは若くして踏み込みつつあるのだ。
「…まあ、昔は確かに劣等感を抱いていたんだがな。しかし、あれだけの練習馬鹿っぷりを見せつけられると、それはいつの間にか呆れに変わっていた。そして…、今では憧れに変わりつつある」
「…そうか、劣等感や羨望と言うよりも、憧憬に近い感情だったか。それならば俺にも覚えがある。何しろ俺の友も、ライ殿と似たりよったりの努力馬鹿なのでなぁ! ハッハッハッ!」
笑いながらゾノの背中をバシバシと叩くダオ。
本気で痛そうにしているゾノを見て、俺も吹き出してしまった。
笑ったことで、どこか力が抜けていくのを感じる。
どうやら思いの外、緊張していたらしい。
ゾノとダオのお陰(?)で、いい感じにリラックスすることが出来たようだ。
…さあ、次は、おれの番だ。
◇
俺が試合場に入ると、既にイオが待ち構えていた。
愛剣を地面に付きたてたその佇まいは、まるでどこかの騎士団長のようである。
しかし、そのような荘厳さを感じさせる佇まいとは異なり、彼女は目を瞑り、まるで眠っているかのような安らかな面持ちをしていた。
俺が近づくと、イオはそれに応じるように目を開く。
「待ち侘びましたよ、トーヤ」
「…そりゃ、悪かったが、試合開始時間は決まっているんだ。俺が早く来ようが来まいが、試合は始まらないぞ?」
「気持ちの問題ですよ。私はこの試合を、心から楽しみにしていたのです」
イオはそう言いながら、地面に突き立てた剣を腰に収める。
「約束通り、今日は全力で闘ってもらいますよ」
「そんな約束をした覚えはないんだがな…。まあ、最善は尽くすつもりだ」
俺がそう言うと、イオは途端に不満そうな顔をする。
「その答えは私の望むものではありません。貴方の言う最善は、無理のない範囲での全力、という事でしょう?」
俺はその問に無言で返すしか無かった。
図星だからな。
子供たちが見ている前で無様を晒すつもりはないし、全力で戦うという意思ももちろんあるが、危険な戦い方をするつもりもない。
可能な限り負けを認めさせるような戦いをし、どうにも無理そうな相手であった場合は、潔く玉砕するつもりだった。
「それではつまりません。…では、こうしましょうか」
そういってイオは剣を抜き、俺に剣先を向ける。
なんだ? 開始の合図は出ていないが、何をするつもりだ?
「我が名はイオ! 我はこれより、トーヤに対し決闘を申し込む!」
は、はぁ!?
何を言っているんだイオは!?
これは大会だぞ!?
『おっとぉ! これは珍しい! 大会中に決闘の申し込みが行われました!』
め、珍しい!?
それって、前例があるって事か!?
「ふふ…、獣人達にとって決闘は最優先で処理される催しです。身に覚えがあるでしょう?」
見に覚えって、そんなの………、あった!
リンカの時の事だ!
そういえばアレは叙勲の儀の最中だったのにも関わらず、決闘はいきなり行われる事になった。
まさかとは思うが、今回も…?
『許す! イオ! 要求を言え!』
嫌な予感は当たるものである。
さっきまで何故かいなかったキバ様が、いつのまにか解説席に座っていたのだ。
「ちょ、ちょっと待って下さい! いきなり出てきて、そんなあっさりと許可しないで下さいキバ様!」
『問答無用だトーヤ! 決闘は最優先! 荒神の数少ない規則の一つだ! さあイオ、要求を言ってみろ!」
「では、私が勝利したら、トーヤは私のものになって貰います」
はいぃぃぃぃぃ!?
何言ってるのこの娘!!!!!???
『ハッハッハッハッハッ! 面白い! いいじゃねぇか! しっかり勝って、自分のモノにしてみろイオ!』
嘘だろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?
とんでもないことになってきたぞ…