第156話 謎の女
武闘大会子供の部は大盛況のうちに幕を閉じた。
優勝したエステルにはトロフィーのような物と、様々な物品が贈られた。
準優勝となるライカ君、そしてそれに続くセシアと、もう一人の獣人族の少年も並んで表彰された。
ちなみに、三位決定戦などは行われない。子供の実力に正確な序列を出すのはあまり意味が無いし、無粋だというのが理由だそうだ。
最後に、キバ様が優勝者は俺と戦う権利を~、などと空気の読めない事抜かしたが、タイガとソウガに全力で止められていた。
あの人も本当にブレないなぁ…
そんな光景を遠目で見ていると、俺の感知網に僅かにだが揺らぎを感じた。
その揺らぎを追って演習場の外に出ると、装束を纏った者が、気配を殺して階段を上っていく姿を目視する。
目視してなお、希薄にしか感じ取れない気配。これ程の隠形の使い手は、俺が知る限り三人しかいない。
その内、会場に残っているアンナと、ソウガは除外される為、該当する者は1人しかいなかった。
俺は速やかにその者に追いつき、声をかける。
「ルーベルト」
「…相変わらず目ざとい男だな」
俺の予想通り、装束を纏った者の正体はルーベルトであった。
姿は装束により完全に隠されているが、その鋭い視線は隠しきれていない。
「…エステルの試合を見に来たのか?」
ルーベルトが俺の問いを無視するようにそのまま歩き始めたので、俺もそれに合わせて横に並ぶ。
「…何故ついてくる」
「別にいいだろ? で、どうなんだ? やはりエステルの試合を見に来たのか?」
「…教え子の仕上がりを確認するのは当然の事だ」
ルーベルトは諦めたように口を開く。
その反応に俺はニヤニヤと笑みを浮かべる。
「やはりルーベルトでも自分の教え子の試合は気になるか」
「…癇に障る顔だな。そう言う貴様はどうなのだ? 大層大事にしている教え子は皆、俺の弟子以下の成果しか出しておらんようだが?」
「……ん? ちょっと待て、弟子ってなんだ? それに、エステルも俺の教え子には変わりないぞ?」
「フン! 貴様の教えなど無くとも、エステルは当然勝利していた」
おいおい、どうしたんだルーベルトさん?
いつの間に、そんな親馬鹿気味な状態になったんですか?
俺が居ない間に、一体どんな心変わりがあったんでしょうか…
「いや、まあエステルに関しては確かに凄いと思うぞ? でも、最後のアレは不味いだろ…。アレ、マジで子供が扱うような技じゃないぞ?」
あの時エステルが見せた異常な加速。
そして、その際に発生した凄まじい音…、あれは、音速を超えた際に発生する音に違いないだろう。
恐らくはあの高速移動と同様、風の防壁を纏っているのだろうが、正直それでも人体に影響がないとは思えない。
少なくとも、未成熟の体には間違いなく害のある技の筈…
「グッ…、それは…、いや、アレはそもそも禁じ手だと…」
「エステルは真に強敵と相対した時は許可されていた、って言ってたけどなぁ?」
「…あの程度で真の強敵などと」
「じゃあ、使わなくとも確実に勝てていたと?」
「…………いずれにしても、まだまだ修行不足だという事はわかった。次はもっと易々と勝てるように仕込んでやる」
妙に決意めいた事を呟きながら、ルーベルトは速足で去っていった。
(以前の危険な雰囲気が大分和らいでいるな…。良い傾向だ…)
決して狙った上での効果では無いが、エステルの純粋さを通じて母(父)性? のようなものが目覚めつつあるのかもしれない。
もしかしたら、そう遠くない未来に、打ち解けることが出来るかも、な…
俺はルーベルトが去った先を暫し見た後、演習場に引き返した。
◇
武闘大会子供の部が閉会し、速やかに大人の部が開始された。
参加者は荒神の軍属者に加え、外部からも受け付けている為、かなりの人数が会場には集まっていた。
大体数百名程度だろうか? しかし、正直俺の予想ではもっと人数が居ると踏んでいたので、少し意外ではあった。
荒神は獣人族中心の国である。そして、良い悪いは別として、獣人族には好戦的な者が多い。
故に、国民は奮って参加するのでは、と予想していたのだが、それにしてはやはり数が少ない気がする。
素直にその疑問をスイセンに投げてみると、彼女は苦笑いをして、
「獣人も、そこまで血の気が多い者ばかりではありませんよ?」
と答えた。
俺ははっきり言ってその言葉を信じられなかったが、それを察したかのようにスイセンから補足が入った。
なんでも、兵卒を含む戦闘に適しない者、前線で戦闘中の者については、軍属後初の大会であっても参加は免除されるらしい。
さらに、軍属の者も部隊ごとに絞り込みのような事が行われているらしく、志願者全員が全員参加できるわけでは無いそうだ。
当然と言えば当然の話なのだが、キバ様主催の大会なので、正直そこまで考えられているとは思っていなかった。
「しかし、そうならそうで、ウチももう少し絞り込めば良かったかなぁ…」
俺は振り返り、レイフの森の参加者を確認する。
う~む、全部で30名程だろうか…
身重のジュラを除くガウ隊のトロール7名に、臥毘隊の竜人が5名、リンカ隊の獣人が6名、シュウ隊の獣人が3名、あとはゾノと、その隊員であるハーフトロール3名に、ソク隊のハーフトロールであるドウドとライドの姿もある。
これに加え、俺の近衛兵も全員参加の為、中々に濃い面子が揃っている。
「…なんか周囲の視線も若干刺々しい気がする」
「それは恐らく、我々の中にトロールが居るからでしょうね…」
「トロールが居ると不味いのか?」
「不味いというか、トロールは武勇に優れた種族なので、皆意識しているですよ。この大会にトロールが参加するのは初めてですからね…」
「そうなのか?」
かなり意外であった。あれ程血気盛んなトロール達の事だから、てっきり遠征してでもこの大会に参加するかと思っていたが…
「彼らは氏族単位で放浪部族のような生活を送っている為、耳に入らなかったのかもしれませんね」
確かに、少なくともガウ達はこの大会の事を知らない様子だったな…
周知自体はしているのかもしれないが、この大会の認知度は思ったよりも無いのかもしれない。
「あとはゴブリンやリザ…、竜人族、鬼族の参加も初めてだと思います。だから、色々と警戒しているのかもしれません…」
「そうか…。でも、興味とか警戒心以上に、対抗心みたいなのの方が多い気がするけどな…」
アンナ程では無いが、俺もアンナの感覚を通して感受性が鍛えられている。
お陰で、ある程度の感情は俺だけでも感じ取れるようになっていた。
そして、その感覚では、敵意、対抗心のような感情が強く感じられるのだ。
「それは、ご存知の通り獣人は血の気も多く、負けず嫌いなので…」
やや恥ずかしそうに俯くスイセン。
まあ確かに、このスイセンですら実の所やる気満々だったりするのだ。
他の獣人達も、それはもうやる気に満ち溢れており、当然誰もが優勝を狙っている。
そんな中に新参の種族がいるのだから、絶対に負けてなるものかという気概を持ってもおかしくは無いか…
「…まあ、その、皆…、頑張ってくれ」
「「「「応!!!」」」」
俺の軽い応援に、皆は気合の入った返事を返してくる。
その反応に若干引きつつも、俺は会場からそそくさと退場するのであった。
◇
選手用の入場口を抜け、俺は観客席を目指す。
これから大会の予選が始まるのだが、軍の幹部である俺は予選参加が免除されているのである。
そういう意味ではガウも免除の筈なのだが、彼はわざわざ予選に参加するらしい。素晴らしいやる気である。
俺的には観戦仲間が減るので少し心細いのだが…
まあ、だからと言って俺も予選に参加する! という気持ちは一切無いけどな。
「トーヤ様!」
会場を出た俺に、待っていましたとばかりにアンナが抱き付いてくる。
続いてイーナ、セシア、そして何故かアンネまで抱き付いてきた。
「…アンネ?」
「い、いえ! その! この流れで私だけしないのは! その…」
後半はごにょごにょとか細くなり聞き取れなかった。
まあいいか…。ちょっと重いけど…
「他の子達は?」
「ゲツさんとサンガさんに引率してもらい、あちこち回っているようです」
「アンナ達はいいのか? 色々と珍しい店も多いみたいだけど…」
この大会は、言わば荒神のお祭り行事である。
所々に出店のようなものが構えられており、あちこちから食欲をそそる香しい匂いが漂ってきていた。
「私は、トーヤ様と一緒にいるのが一番幸せなので」
「私も!」
「セシアも!」
「わ、私も!?」
いや、だからアンネ、無理しなくていいからね?
「そうか…。じゃあ皆、俺と一緒に観客席行こうか?」
「「「「はい(うん)!」」」」
ぼっち観戦のつもりが思わず大所帯になってしまった。
まあ、正直嬉しいけどね。
イーナとセシアを抱きかかえ、両脇にアンナとアンネが張り付いているなんとも言えない状態で観客席を目指す。
その時、進行方向から、この辺では見た事の無い美しい女性が歩いてくるのに気付く。
(エルフ…? いや、何か違うような…?)
「っ!?」
その時、俺の腰辺りを掴んでいたアンナが急に立ち止まり、俺も一緒に歩みを止める。
「アンナ…?」
アンナは震えていた。その表情は、何か恐ろしいモノでも見たかのような、恐怖に染まっている。
「初めまして、トーヤ様?」
ゾクリ、と悪寒が走る。
俺が視線をアンナに逸らしたその一瞬で、いつのまにか前を歩いていた女性が目の前に迫って来ていたのである。
「…初め、まして。失礼ですが…、どなたで、しょうか?」
冷静を装おうとして、失敗する。
アンナが何に怯えているのか、俺にも理解できてしまった。
この女性は、これだけの美貌を備えておきながら、まるで存在感が無かったのだ。
目の前に迫ってきたのにも関わらず、俺の感知網に引っかからなかったのはその為である。
以前、鬼族の影華が纏っていた竜牙の粉末を織り込んだ外套、あれに近い感覚だが、それとも確実に別物だ。
何故なら、この女性からは魔力どころか、感情の色すら見えない…
「フフ…、そう怖がらないで下さい。敵対する気も、危害を加えるつもりもありませんので」
美しい笑顔、そして声色でそう語る女性。
イーナ達もその異常性に気付いたのか、怯えたように俺に縋りついてくる。
「私はファルナと申します。トーヤ様は予選には出られないのですね…。残念です。…まあ、仕方ありません。それでは、本戦でお会いしましょう…」
そう言って、女性は俺の横を過ぎ去り、会場へと向かう。
俺は暫く、その場から動くことが出来なかった…
>エアヒロインズ
リンカ「やっと私にも出番が…」
紅姫「新参者の私にもついにスポットライトが当たるのですね!」
イオ「新参者がそう簡単に目立てると思ったら大間違いですよ? 恐らく、また私が輝くことになるでしょう」
リンカ「待てイオ! お前は結構出番貰っていただろう!?」
イオ「関係有りませんね」
紅姫「うぅ…、やはり戦闘能力の無いヒロインは目立てないのでしょうか…」
セシア「ねえ、アンナお姉ちゃんとスイセンお姉さん、あの3人は何やってるの?」
アンナ「さあ、何でしょうね? 何か後ろ暗い事でもあったのかも?」
スイセン「それよりセシアちゃん、なんでアンナさんはお姉ちゃんで、私はお姉さんなのかな? やっぱり私って(ry」