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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第4章 武闘大会編
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第154話 ライカ 対 エステル①



開幕の合図と同時に、僕は全力で駆けだす。

体の状態は悪くない。いや、むしろ先程より良いかもしれない。

僕の身体能力は、先程の戦いで更なる高みへと導かれたのだと思う。

疲労は残っているが、これならばさしたる問題は無い筈だ…


エステルという少女の間合いに入る直前、迂回するように横に回り込む。

馬鹿正直な直線攻撃が通じないのは、セシアとの闘いで確認済だ。


攻撃が見えていようと見えていまいと、セシアはその全てに反応してみせた。

そして、この少女の構えはセシアと同じものである。

まず同じ技を体得していると考えるべきだろう…


であれば、先程の闘いで手ごたえを感じた攻撃こそが有効となる筈。

セシアはほとんどの攻撃を難なく躱したが、僕の全速力での死角からの攻撃に対しては剛体を用いて防いでいた。

つまり、あの攻撃だけは躱すことが出来ず、有効打になり得るという事だ。

僕の<紫電>を破り、部分獣化での攻撃を凌いだアノ(・・)技だけは未知数だが、この少女は恐らく使えないと予測している。

セシアは、あの防御技術の数々を、このエステルという少女の対策だと言っていた。

その対策の最たるものであろうアノ(・・)技を、この少女自身が習得しているとは考え難い。

仮に習得していたとしても、反撃が来る事を見越していれば大きなダメージだけは回避できる。


少女の斜め後ろまで回り込んだ所で、少女の方向に切り返す。

やはり少女は無反応だ。あとはこの突きを、剛体にかからぬよう直前に減速…!?


僕は攻撃の体勢のまま急停止する。

せざるを得なかったのだ。何故ならば、少女の姿が目の前で掻き消えたからである。

そして同時に、得体の知れぬ悪寒が走る。



「っ!?」



僕はその感覚に従い、全力で前に飛び出す。

そしてすぐさま反転し、状況を確認する。

僕が立っていた場所、その一歩後ろ程の場所に、エステルは掌を突き出した状態で停止していた。



『な、な、な、なんとぉーーーーっ!? ライカ選手の凄まじい速度の攻撃を、エステル選手がこれまた凄まじい速度で躱した上に反撃ぃ! しかしライカ選手、それをギリギリ回避したもよう! 開幕から凄まじい攻防だぁぁぁっ!!!』



大歓声が上がる。

しかし、それを気にしている余裕が今の僕には無い。



「躱されるとは、思いませんでした…」



エステル表情には驚きが浮かんでいる。

しかし、それはこちらも同様だ。



「それはこちらのセリフだよ…。今のを躱せたのだって、単なる偶然だ…」



嘘偽りなく、本当に危なかった。

僕は愚か者だ…。セシアと同門だからといって、戦い方まで同じとは限らないじゃないか…

そもそも、セシアはこの少女の為に、対策を練っていたのである。

対策をしなければならない程、この少女が速い事くらいわかっていた筈だ。

ならばこの少女が受けに回る必要などない事くらい、予想できただろうに…



「偶然…? ううん、ライカさんは、多分直感で今の攻撃を感じ取っていた…。それは凄い才能です、よ? 私達には、無いものです。セシアちゃんの追撃を躱したのも、やっぱり偶然じゃなかった…」



エステルのセリフには羨望するような感情が込められている。

しかし、僕はその言葉を素直に受け取ることが出来ない。

今の状況で、自分が羨まれるような要素があるとは、とてもでは無いがも思えないからだ。



「…お褒めにあずかり光栄だよ。しかし、君の速さの方が余程驚嘆に値すると思うがね…」



状況は極めて不味い。

正直、これ程のモノとは思っていなかった。

まさか、年下の少女が自分より速く動く(・・・・・・・・)とは…


セシアの場合、その防御技術は凄まじいものであったが、攻撃方法自体が受動的であった為、精神的に余裕を持つことが出来た。

しかし、エステルの場合は能動的に動くことも可能であり、しかもその速度は自分よりも速いときている。

さらに言えば、彼女はエルフである。エルフの魔力は獣人にも劣らないと言われている。

それはつまり、彼女は攻撃にも十全な魔力を使えるという事だ。


頬に伝う冷や汗。僕は、生まれて初めて戦慄するという感覚を体験した。

セシアと対峙した時すら感じなかった、恐怖にも似た感覚。

自分が、目の前の少女よりも劣ると感じてしまったが故の、負の感情である。


そしてその感情は自分の中に次々に不安要素を生み出していく。


もし彼女の防御技術がセシアに匹敵するものだったら?

先程の速度が、本気じゃなかったとしたら?

攻撃技術が、自分以上だったら?


不安要素が浮かぶたび、体がすくむのを感じる。

よくセシアは、こんな感覚を抱えたまま、この少女に挑もうなどと思えたものである。

そうだ、普通なら挑戦しようとすら思わないのでは無いか?


挑戦…、しようとすら…



「っ!?」



僕は、吸い込まれるように顔面に拳を叩きこんだ。

もちろん、自分の顔面に、だ。



『おっとー!? ライカ選手がいきなり自分の顔面を殴ったぁ!? どうしたのでしょうか!』



突然の僕の行動を観客も疑問に思ったのか、喧騒が鳴りを潜める。



「あ、あの…?」



「…すまない。気にしないでくれ。少し気合を入れただけさ」



全く、今日はつくづく自分の不甲斐なさを実感させられるな…


挑戦しようとは思わない?

馬鹿な…、セシアは既に、挑戦していたでは無いか…

それはつまり、彼女はこの感覚を、乗り越えたという事を意味する。

どうやって乗り越えたかは分からないし、知る意味も無い。

どういう経緯にしろ、彼女はそれを乗り越え、ここに立っていたのだ。


そして、僕がその機会を失わせた。


僕はセシアの挑戦権を奪って、今ここに立っている。

その僕がここで不甲斐ない闘いをしては、彼女の努力を汚す事になってしまうのだ。


両肩の力を抜き、自然体となる。

獣神流、無の型。僕の剣に最も適した構えだ。

自身の魔力の巡りを感じ取り、限界を計る。



(大丈夫だ、まだいける…)



恐らく、僕がセシアの事を責任に感じるのは身勝手なのかもしれない。

しかし、例え身勝手だとしても、彼女の思いを汲みたいと思ったのだ。


目に力を籠める。

視界が少しぼやけ、目の周囲の構造が作り変わったのが分かる。

部分獣化、成功である。一箇所に絞れば、今の僕の余力でも可能らしい。




さあ、今持てる全ての力で、挑戦してやろうじゃないか…





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