第153話 武闘大会子供の部 決勝戦開始
セシアを抱え会場に戻ると、客席から先程とはまた違った空気が漂っているのを感じとる。
「おっ! 戻ったなトーヤ! それにオークのお嬢ちゃんも!」
戻って早々、キバ様が近付いてきて背中をバシバシと叩く。
相変わらずの膂力に背中が軋むが、以前ほどの圧力は感じていない。
俺もなんだかんだで鍛えられているし、成長の証と捉えて良いのかな?
「よう、お嬢ちゃん! 俺はキバって者だ。よろしくな?」
「セシアです! よろしくお願いします! キバ様!」
キバ様のドアップに物怖じせず挨拶を返すセシア。
セシアは、キバ様が魔王だという事を知っている筈だ。
にも関わらず、物怖じしない所を見ると、やはりこの娘は大物だなと思う。
「良い返事だなぁ! ますます気に入ったぜ! いや、それにしてもさっきは良い闘いだったなぁ? 俺は胸が熱くなっちまったよ! 今にも暴れ出したいくらいだぜ! がっはっはっは!」
いやいや、暴れ出すのは勘弁してくださいよ…
貴方が暴れたら、この地下演習場は崩壊しますからね?
「落ち着いて下さいキバ様。そんな事をしたら…、始末書の山が積み上がりますよ?」
「じょ、冗談に決まってるだろソウガ! いくら俺でもそこまではしねぇよ!」
いや、止められなきゃきっとキバ様はやる。間違いない。
それにしても、キバ様を止めるには体罰などより、こういった罰則の方が効くらしいな。
流石ソウガ、長年この魔王の側近を務めて来ただけの事はある。
「それにしても、この会場の雰囲気はどうしたんですか?」
俺は腰を下ろしながら尋ねる。
するとセシアを抱えていたのとは逆方向から、イーナが抱き付いてきた。
先程は空気を読んでくれたのか、自ら離れてくれたのだが、やはりこのポジションは譲れないらしい。
さらに、詰め寄るように隣に座ったのはアンナである。その視線が、少し冷ややかなのが怖い…
「トーヤ様、それは多分、今のエステルちゃんの試合のせい…」
「んん? もしかして、エステルの試合ってもう終わったのか?」
時間的にそろそろ始まる頃と思い戻ったのだが、試合場にエステルの姿は無かった。
てっきりまだ始まっていないと思っていたのだが、まさか既に終わっていたとは…
「うん。エステルちゃんの圧勝だったよ…。だから、みんな驚いてるんだと思う」
イーナは少し沈んだように言う。
セシアの戦いを見ている時にも見せた表情だ。
恐らく、自分との実力差に隔たりを感じているのかもしれない。
俺は言葉には出さず、励ますようにイーナの頭を撫でる。
「そうか…。それにしても、エステルには悪い事をしたな…」
不戦勝になったせいもあるが、俺はまだエステルの試合をちゃんと見れていない。
応援してねと言われてたんだがな…
「そうだトーヤ! あのエステルって娘についても聞かせろよ! ありゃなんだ!? まさか、黒死の娘とかじゃないよなぁ!?」
「ち、違いますよ! エステルとルーベルトに血縁はありません!」
「そ、そうか…」
少し語彙を荒げてしまった。
最近ますますエステルへの干渉が多くなったルーベルトに、少し嫉妬のような感情が芽生えているようである。
「しかし、その黒死の手ほどきは受けているようですよ? 彼女は」
「やっぱそうかぁ…。じゃなきゃあの動きは説明できねぇ」
ソウガが余計な一言を言う。
出来ればキバ様の興味を惹かないで欲しいのに…
しかし、むぅ…、あの動きというのは気になる。
本当にルーベルトはエステルに何を教え込んだのだろうか…
「しかし、先程の圧勝も含めて、色々と物議を醸しているようですね」
「と言うと?」
「エステルさんは今の試合にあっさり勝ち過ぎてしまいましたからね。この後のライカ選手との戦いにおける、公平性について揉めているのでしょう」
そう言う事か…
別にエステル自身に非が有るワケでは無いというのに、難儀な事である。
それでも、接戦の末勝ちあがったライカ少年と、苦も無く勝ち上がったエステルとでは、確かに消耗の差は大きいと言える。
本当であれば、お互い万全な状態で試合に臨むべきなのだろうが…
などと思っていると、試合場に監視者達が集まり始める。
もしや、このまま試合が開始されるのだろうか?
『え~、エステル選手とライカ選手の試合について、お互いの体力等を考慮し今後の調整、及び確認を行っていましたが、只今、両選手の合意が取れた為、このまま試合を行う運びになったようです!』
ヤマブキさんの言葉に会場がざわめく。
『接戦の上勝ち上がったライカ選手、そして圧勝だったとはいえ連戦となるエステル選手、しかし、両名共、すぐに試合を行うよう強い要望を示したようです! 個人的には、ややライカ選手が不利な内容かとは思いますが、本人が要望したのであれば、我々からは依存はありません! 存分に闘って頂こうではありませんか! それでは! 各選手の入場です!』
その声と共に、入場口からエステルとライカ少年が現れる。
少しライカ少年が心配ではあったが、コンディション自体は悪くないように思える。
実際、セシアが与えたダメージは顎への一撃だけであり、それは実質打撃でのダメージではない。
となれば、心配されるのはやはり体力面だろう。部分獣化がどの程度負担になったかも気になる所だ。
とはいえ、俺が応援するのはあくまでもエステルである。
エステルの実力が、只ならぬモノであることは理解しているつもりだが、ライカ少年もまた尋常ならざる使い手である。
心配なものは心配だ…
(がんばれよ、エステル…)
―――
「あの、その、大丈夫、なんですか?」
「心配は無用だ。君の方こそ、連戦なのだろう? ならば自分の心配をするといいさ」
「でも…」
「エステル、と言ったかい? 先程の試合は見せて貰ったよ。見事だった。セシアが君の為にあれ程の力を付けた、というのも偽りでは無かったと理解したよ。だから…、頼むから遠慮などしないで欲しい。セシアに勝利した者として、僕は君の全力に挑みたいんだ」
「ライカ、さん…。 わかりました。…私も、この大会で一番の強敵はセシアちゃんだと思っていました。そのセシアちゃんに勝ったライカさんには、全力で、挑ませて頂きます…」
エステルは、力まず、自然に右腕を上げ、正中線を隠すように斜に構える。
あれは、闘仙流のスタンダードな構えだ。
エステルは俺の教え、そしてルーベルトの教えを学び、独自の戦闘スタイルを取っているらしい。
その戦闘力は未知数であり、俺にも予想が付かない。
そして、それに応じるようにライカ少年も剣を構える。
獣化の際に脱ぎ捨てた外套を、今はしっかりと着込んでいる。
恐らく、獣化は使わないという事なのだろうが、確証はない。
いずれにしても、まずは速さ対決になる事は間違いないだろう…
『お互い、準備は宜しいようですね! それでは! 武闘大会子供の部、決勝戦! 始めぇぇぇっ!!!!』