第151話 セシア 対 ライカ③
『な、な、な、何が起きたぁぁぁぁぁぁーーーーっ! 凄まじい速度で攻撃を繰り出したライカ選手! しかし、交差した直後、崩れ落ちたのはライカ選手の方でしたぁぁぁぁぁぁーーーーっ!』
会場がどよめきに包まれている。
ライカ少年が開幕に放った一撃と同様、この会場で今の攻防が見えていた者は少ないだろう。
恐らく俺も、通常であれば見えなかったに違いない…
「っ! セシア!!!!」
俺の声が聞こえたのかどうかは分からない。
しかし、それまで俯いて固まっていたセシアが、何かを思い出したかのように顔を上げ、振り返る。
ライカ少年は、まだ地面に崩れたままである。この好機を逃してはならない。
セシアが駆ける、そしてその掌底がライカ少年の背に触れようとした瞬間、地面が爆発し、ライカ少年が吹き飛ばされた。
「クッ…」
セシアは爆風の余波を受け顔をしかめるが、ダメージを負った様子は無い。
慌ててライカ少年が吹き飛んだ方向を向くが、ライカ少年は膝を付きながらも既に構えを取っていた。
『…二人とも、本当に大したものねぇ』
『フ、フソウ様! すいませんが解説をお願いします! 一体何が起きたのでしょうか!? 正直私の目では追いきれませんでしたよ!?』
『…さっき、ライカ君が放った攻撃、アレは獣神流の奥義で、<紫電>と呼ばれる技よ』
『へ…? じゅ、獣神流の、奥義ぃぃぃぃっ!!??』
その言葉に驚いたのはヤマブキさんだけでは無い。
会場でも、あちこちから驚きの声が上がっている。
特に、軍に属してる獣人にとっては、信じ難い話なのだろう。
獣神流は、獣人達にとって最もポピュラーな流派である。
故に、兵士達は基本、獣神流をベースとした戦闘技術を用いるのだが、実はほとんどの者は一部の技しか習得していないのだ。
その理由は、獣神流の技が、どれも優れた身体能力を持つ事を前提に作られた技である為だ。
一口に獣人と言っても、どの動物の血が色濃いかにより身体能力は千差万別である。
得手不得手は当然存在しており、身体能力が足りない為に習得できない技は数多く存在していた。
特に奥義と呼ばれる類は、それが最も顕著に表れる技であり、獣人全体でも習得している者がほとんど居ないと言われ程である。
それ程の技を子供が放ったとなれば、ヤマブキさんや観客が驚くのも無理は無いと言える。
『ウチの軍でも、使えるのは5人いないんじゃないかしら? 本当に驚いたわ…。でも、もっと驚いたのはそれを防いだセシアちゃんの方ね…』
『た、確かに、倒れたのはライカ選手でした。しかし、一体何が…? 獣神流の奥義って、普通防げるものなんでしょうか?』
『そんなワケないでしょう? あの<紫電>っていう技はね、正面から放たれたら回避も迎撃も出来ないって特徴の技なの』
再び巻き起こる驚嘆の声。
…確かに、あの動きは正面から対峙したら目で捉えるのは不可能かもしれない。
恐らく、あの技の正体は縦横の高速移動を利用した死角への移動、そこからの不可視の一撃である。
眼球とは、そもそも上下の動きに弱く出来ている。まずはそれを利用し、相手の正面から見て斜め下に身を静める。
続いて瞬時に逆側へ切り返す。これをあの速度で行えば、仕掛けられた側は恐らくその姿を完全に見失う。
そうなってしまえば、次の一撃はフソウ様の言う通り、回避も迎撃も出来ない技と化すだろう。
しかし…
『回避も迎撃も出来ない…? でも、セシア選手は防ぎましたよね?』
『そうなのよ。しかもセシアちゃん、多分反応出来ていなかったのよね…。開幕の一撃の時もそうだったし、少し違和感があったわ』
『反応出来ていない? それはどういう事ですか?』
『ん~、なんて言うか、能動的に反応したんじゃなく、自動的…、反射行動に近い感じ?』
っ!? 今のでそこまで気付いたのか!?
フソウ様って一体何者だ? いや、この場合、流石は第二王妃とでも言うべきか…
「トーヤ殿…、今のは一体…?」
「そうだトーヤ! ありゃ一体どういう仕掛けだ!? 俺にも分からなかったぞ!?」
キバ様でも分からなかった。これは良い情報である。
闘仙流の技は、どれも魔力操作を基本としている為、見切ったり盗んだりする事が難しい。
そして、今セシアが放った技はその中でも特に扱いが難しく、その分仕掛けを見抜くことが困難な技だ。
「…攻撃内容はわかります。一瞬の攻防でしたが、ライカ君のすれ違いざまの撫で斬り、それに対する合わせ技として顎先に拳を合わせたのですね。…しかし、<紫電>に対しあれ程正確に攻撃を合わせるなど、普通はあり得ません」
ソウガにも仕掛けは分からなかったようだ。
実戦であの技の仕掛けを見抜く事は、まず不可能と考えて良いだろう。
「仕掛けについては、秘密です。アレは、ウチの流派の奥義にあたる技なので…」
まだ、未完成ではあるが、ね…
なんにしても、わざわざ自流派の奥義の仕組みを、ペラペラ語るなんて愚かな真似をするつもりはない。
「チッ! 相変わらず秘密主義だなトーヤ!」
「キバ様、流石にこれは仕方ない事だと思います。トーヤ様も大会に参加するのですからね。手の内は見せたくないでしょう…」
もちろんそれもある。
まあ、それ以前にこの面子とは誰とも当たりたくないのだがね…
「…ふむ、しかし奥義を呼称する程の技なのだ、かなりの技術を要する技であることは間違いないだろう? ならば連発するのは困難な筈。現に彼女は先程の技の後、追撃までに時間を要していた。そして、今も圧倒的に有利な状況だと言うのに攻めあぐねているのは、あの技が受け身の技だから…。そうだろう?」
タイガが現状を冷静に分析し、回答を求めてくる。
あながち間違いでは無いが、正解とは言えない。
確かに連発する事は困難だが、それは実際、セシアの経験不足という面が大きい。
恐らく、セシアはアレを実戦で使ったのは初めてなのだと思う。故に精神的負荷から軽い自失状態に陥っていたのだ。
追撃に時間を要したのもその為だ。
そして、今セシアが攻めあぐねているのは、タイガの言ってる内容で大体あっている。
闘仙流奥義<無想>、この技は、ほぼ受け身の技と言っていい。
<無想>の特徴は、異常とも言える反射速度にあるのだが、この反射速度を維持する為には、凄まじい集中力、そして全身の脱力が必要不可欠となる。その為、受け身にならざるを得ない、という方が正しいかもしれない。
今後の研究次第では、攻めに活かす事も可能になるかもしれないが、現状は完全にカウンター専用技なのだ…
「…厳密な回答は控えさせてもらいますが、当たらずとも遠からず、とでも言っておきます」
答えにはなっていないが、タイガはその回答に満足したようであった。
本当はもう少し親切な回答をしたかったが、今の俺には精神的余裕が無かったのだ。
タイガは、今の状況をセシアが圧倒的有利だと言った。
しかし、実際はそこまで有利な状況では無いのである。
不利とまでは言わないが、攻め手に欠けるセシアにとって、今の状況はあまり望ましくない。
だからこそ、先程の追撃で決めておきたかったのだが、残念ながら追撃は失敗に終わった。
追撃が遅れた事が最大の原因ではあるが、あれは正直、ライカ少年を褒めるしかない。
恐らくだが、ライカ少年は自分に一体何が起きたのか、理解できていなかった筈だ。
顎先に食らった一撃は間違いなく脳震盪を起こしている筈だし、見えない攻撃を食らうというのは精神的ダメージも深い。
にも関わらず、ライカ少年はセシアの追撃を躱した。
あれは攻撃が来るのを理解しての行動でなく、本能や勘での反応なのだと思う。
地術で自らを吹き飛ばしたのも、攻撃が来る方向が分からない故の苦肉の策に違いない。
しかし、その苦肉の策も、あの状況では最善の一手であった。
何故ならば、爆発の余波で追撃の手を阻む可能性がある為である。
自分も多少ダメージを負うが、追撃を受けるより遥かにマシな上、そのダメージは気付けの効果ももたらした。
偶然と言えるかもしれないが、あの危機的状況を回避出来たのは、本人の資質によるところが大きい。
ライカ少年は、間違いなく素晴らしい戦士だ。
(セシア…)
俺は先程までの自分を恥じる。
ただ無事を祈る? なんと烏滸がましい考えなのだろう。
娘の無事を祈るのは当然の事だ。しかし、彼女は同時に戦士でもあった。
勝敗などどうでもいいから、ただ無事に帰って来てくれなど、セシアに対する侮辱に等しい。
(頑張れ、頑張れ…、セシア…!)
俺はただ真剣に、セシアの戦いを見守る…