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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第4章 武闘大会編
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第150話 セシア 対 ライカ②



凄まじい速度で繰り出される斬撃。

その全てを、セシアは捌ききっていた。



『セシア選手、防戦一方です! しかし、それも仕方ないと言えるでしょう! それ程にライカ選手の速度は速い! 大人の私でもあれ程の速度は出せません! むしろ、それを全て防いでいるセシア選手は大したものだと言えるでしょう!』



会場に響くのは実況の声のみである。

皆一様に、セシアとライカ少年の攻防を無言で見守っている。

セシアに賭けていたと思われる連中も、最初の内は試合内容に文句を言っていたものの、今は誰一人口を開いていない。

それ程に凄まじい攻防であった。



『それにしてもフソウ様、あのライカ選手の速度…、尋常じゃないと思うんですが、アレは一体…?』



『アレは獣神流の<疾駆>、その応用といった所ね~』



フソウ様は、その言動からは想像できない程、真剣な表情で戦いを観察(・・)している。

今の発言からして、彼女はライカ少年が何をやっているか、理解しているらしい。

それだけでも大したものである。流石はキバ様の妻であり、ソウガの母だ。



『<疾駆>、ですか? でもあれは突進技ですよね?』



獣神流<疾駆>、リンカが得意とする、獣神流の突進技だ。

内容は空術で空中に壁を作り、それを蹴って加速、その勢いで対象に突撃する、もしくはすれ違いざまに切り裂くというもの。

しかし、今ライカ少年が行っているのは突進では無く、中距離~近距離での斬撃であった。



『そうね~。確かに、アレは厳密には<疾駆>とは言えないんだけど、仕組みは同じよ? 足元に発生させた空壁を蹴って、空中を駆けるんじゃなく、地を這うように駆けているっていうだけの違いだから』



『な、成程、そんな使い方もあるんですね…。でも、ライカ選手のアレは、セシア選手とあまり距離を空けずに繰り出しているように見えますが、一体どうやって…? <疾駆>であれば、次の跳躍の為にある程度距離が必要だと思いますが…』



『そこが分からないのよねぇ…。あんな距離で方向なんて変えたら、普通飛んでっちゃうんだけど…』



フソウ様やヤマブキさんの言う通り、ただの<疾駆>であれば、あのような動きは不可能である。

<疾駆>は方向転換をする際、進行方向に空壁を作り出し、それを蹴る事で高速の方向転換を可能としている。

しかし、それにはいくつかの条件があるのだ。


まず、方向転換に利用する空壁についてだが、これには蹴りの負荷に耐える強度が必要であり、サイズにかなり制限が必要だ。

具体的にはこぶし大程度。それ以上のサイズで作れば、強度が足りず霧散してしまうのである。

その為、蹴る際にはかなり気を使う必要があり、これがこの技の難易度を高めていた。

この技を制御する為には、しっかりとした身体操作、力のかかる角度の調整が必要であり、それを疎かにすれば、先程フソウ様が言った通り、あらぬ方向に飛んでいく可能性や自爆する可能性すらもある。


先程ヤマブキさんが言った、ある程度の距離が必要というのも、この身体制御に最低限の距離が必要だからであった。

<疾駆>は突進技である事から、まずは相手に向き直れるだけの距離を空ける必要がある。

その際、半端な距離では体勢、そして角度が不十分になる事が多いらしい。

リンカによると、この距離は最低自らの身長の2倍程度は必要だそうだ。


しかし、ライカ少年のあの移動には、そういった距離の制限が無いように見える。

いや、正確にはその距離が恐ろしく短い。それを可能にしているのは恐らく…



「ダウンフォースと摩擦か…。サイカ将軍、あれは貴方が考えたのですか?」



「ダウ? 聞き覚えの無い言葉ですが、トーヤ様、まさかあの仕組みに気付いたのですか?」



ダウンフォース、空力によって発生する負の揚力の事だが、翻訳されないという事はどうやらコチラには適した表現が無いらしい。



「彼や貴方が身につけている外套、そして空術の操作。あとは地を駆ける事による摩擦、それがあの制動力の秘密でしょう?」



そう尋ねると、サイカ将軍の目が驚愕に見開かれる。

彼の反応としてはかなり珍しいものだ。



「…恐れ入りました。そこまで見抜かれるとは。やはりトーヤ様は恐ろしい方だ…」



いや、真に恐ろしいのは独学であの方法に辿り着いたサイカ将軍の方ですよ…

実際、気づけたのは色々な偶然に因る所が大きかった。

俺には、簡単にではあるが空力学の知識がある、というのももちろん大きいのだが、実はあの動きに似たような仕組みを、以前見たことが有ったのだ。



「トーヤ様…」



「ああ、アレと仕組みは似たようなものだ。魔力の代わりに、身体強度を要求されそうだがな…」



アンナと俺は、実際この目で見ているし、体験もしている。

その仕組みに当たりを付け、再現して見せた事もある。そう、アレはルーベルトが使う高速移動に近いものだ。


アレの危険性は自ら体験している。

だからこそ、その対策を考案したのだが…



「オイオイ、トーヤ! サイカんとこのガキもすげぇが、あのオークの娘はお前が仕込んだんだろ? 大したもんだぜ、マジで…」



「いえ、俺は手ほどきしただけです。あそこまで仕込んだのはアンナですよ…」



「でも、私に仕込んだのは、その、トーヤ様ですよ?」



何故そこで顔を赤らめる!

あれか? 仕込むってコッチでもそういったニュアンスがあるのか!?



「ま、まあそれは兎も角として…。アンナ、結果的に助かってはいるけど、あそこまで教える必要があったのか?」



「…あの子の目標は優勝ですからね。その為には、…絶対に必要になります。でも、取得できたのはあの子の努力のお陰ですから」



…エステル、か。

全く、この調子だとウチの娘たちは、俺の事などあっという間に飛び越えて行きそうだな…









面白い! 実に面白い! 僕より年下、しかもオークの少女が、ここまで僕の攻撃を凌ぐか!

繰り出す斬撃は、どれもが致命傷になり得るものだ。

しかし、もう100近く斬りつけているにも関わらず、この少女にはかすり傷すら負わせていなかった。


こんな手ごたえは初めてである。

父上相手でもこんな事はあり得ない。

いや、まあ父上の場合は、僕の攻撃に付き合わずに叩き伏せてくるのだが…



「ハァッ!!!」



裂帛の気合と共に振り下ろされる一撃。

これも少女はヒラリと躱して見せる。



(素晴らしい…)



今の一撃は背後から振り下ろされたものである。

初撃よりも速度を殺したのは、彼女の反応を確認する為であったが、その反応は期待を超えるものであった。


殺しても構わない、それ程の力を込めて放った初撃を、この少女は剛体を併用する事で凌いだ。

オークが剛体を使ったと言うだけでも驚きだったのだが、それならそれでやり様があるとも考えていた。

何故ならば、オークの魔力量、それは獣人に比べ遥かに少ないのだから。


剛体はかなりの魔力を消費する防御方法である。

オーク程度の魔力量では、使用できるといっても多用する事は出来ない筈。

つまり、剛体を使用させる事は、それだけでこの戦いを有利に進める事になるのだ。


しかし、その目論見は外れる。

それは少女が、今度は剛体も使わず、完璧に躱して見せたからだ。


いくら初撃より速度を殺したとはいえ、背後からの一撃だ。

しかも少女は直前の急制動で、僕の事を完全に見失っていた。

にも関わらず、まるで後ろに目が付いているかのように完璧に回避された。

反撃する余裕は無かったようだが、それでも十分な余裕を持った回避。恐らく初撃の速度でも今度は躱されるに違いない。



「全く、本当に恐れ入る。まさか、ここまで完全に回避されるとはね…」



これは少女に対する偽りの無い称賛の気持ちだ。

同年代でここまで出来る者は、僕の周りには一人もいなかった。

いや、同年代どころか、大人であっても、ほぼいないだろうという自負が僕にはある。

だから、本当はこんな子供の大会に出るつもりなど、無かったのだ。

それでも出る事になったのは、父上の強い要望があった為であった。


普段から僕に対して、あまり要望を口にしない父上が、あれ程強い姿勢をみせるのは珍しい事である。

だからこそ仕方なく参加したのだが、もしかしたら父上はこの少女の事を知っていたのかもしれない。


…ありがとう父上。確かにこの少女の存在は上しか見ていなかった僕に、新しい原動力を生み出したよ。

今まで、僕の周りには共に上を目指せるような者は存在しなかった。

しかし、この少女は将来間違いなく、僕と比肩しうる存在になるだろう。

その存在を今知れた事は、僕にとって非常に大きな意味と価値を持つ。

先程まで慢心していた自分を、見直すことが出来たのも大きい。

素晴らしい試金石だ。僕はまだまだ、強くなれるぞ…!



「…ねぇ、なんで本気、出さないの?」



「ん?」



高揚感に酔いしれていた僕に、彼女から疑問を投げかけられる。

僕が込めた称賛の気持ちを、彼女は理解出来なかったのだろうか?

確かに、真っ直ぐ褒めたたえる言葉では無かったが…

人を褒めるのはどうにも苦手である。



「さっきの攻撃、初めのよりも遅かったもん。あなた、絶対本気じゃない! セシアは全力だって言ったのに!」



その言葉に、強い衝撃が走る。

僕にまだ、自分の中に慢心する気持ちが残っている事を気付かされたからだ。

そうだ、彼女は…、セシアは僕を試す為の実験材料などでは決してない。

全力で叩き伏せるべき、好敵手なのである。



「…すまないセシア。君に対し、余りに失礼な行為をした。次の一撃は、今の僕に出せる、本気の一撃だ。嘘偽りは無いと、誓わせて貰う」



かつて無い程の高揚感を覚えながらも、頭は冷静。

最高の状態だ。


セシアも真剣な表情で俺を見据えている。

きっと彼女なら、僕の全力に最高の技で応えてくれるだろう。



「君との関係はこれで終わりにしたくない。だから僕の名前をしっかり刻んでおいてくれ。僕の名はライカ。…行くぞ、セシア!」



呼気と共に全力で駆ける。

父上を超える為に研いできた刃、それを眼前の戦士にぶつけるべく、視界が揺れる程の速度で。

左に切り込み、即座に右へ切り返す。反応速度を超える切り返しからの一刀。獣神流奥義、<紫電>。

その速度は自身の視界が霞むほどであった。しかし、この速度には父上ですら反応出来ないだろう。


剛体を封じる為、交差気味に撫で斬るように放った斬撃。

霞んだ視界が、後ろに過ぎ去る少女を捉え、背後に着地する。




…おかしい。手ごたえが、無かった。

まさか、今のすら躱された? いや、僕が外したのか?

何が起きたか確認すべく、振り返ろうとして異常に気付く。

制止しているにも関わらず、視界が霞んだまま…、いや、これ、は、そんな生易しい、状態じゃ…



次の瞬間、ぐにゃりと歪んだ視界に、僕はまともに立っておられず、顔から地面に突っ伏した。




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