第16話 変わり者の女剣士 イオ
改稿済です。
話数が狂っていますが、話の流れはそのままです
「…ふむ」
イオは倒れ伏したトロールを見やり、続いて周りを見渡す。
「ある程度の内容は聞こえてきましたが、貴方たちがこの男…、ギイを不意打ちで襲ったという事で間違いないようですね?」
そう言ってイオは、正面に立つ俺に向き直り、剣を構えなおす。
「この男の頭の中には戦う事しかありません。故に、ゴウに従っていれば、それだけを考えていられる等と抜かす愚か者でした。…ですが、戦闘そのものに懸ける熱意や純粋さは評価できる男でした。それに対し、このような仕打ちを…………、おかしいですね? 少しも怒りがこみ上げてきません。むしろ、スッキリしたような…。何故でしょうか?」
「何故、と言われても…」
「…まあ、良いです。閉じ込められていた憂さも晴らしたいですし、ついでにギイのかたき討ちをしましょう」
そっちがついでなの!?
というか、ギイさんは別に死んでませんけど!?
「ちょ、ちょ、待ってください! 俺達はガウに言われて貴方を助けに来たんですよ!」
「ガウが? ……嘘ですね。ハァッ!」
イオは一瞬考える仕草をしたが、深く考えるのが面倒くさかったのか、すぐに放棄して斬りかかってくる。
強烈な殺気が込められた一撃を、俺はなんとか受け止める。
何の迷いも無い一撃に、流石に少し冷や汗をかいた。
「む? なんですかこの棒は? 私のアントニオで断てないとは、生意気な棒ですね?」
「し、知り合いが是非にと提供してくれてね…。というかアントニオって…、もしかしてその剣の名前なのか?」
「そうですよ? しかし、アントニオも鈍ったものです…。この程度の棒も断てないなんて…、もしかして老いましたか?」
「…できれば、そのアントニオさんを退いてくれませんかね? 色々と説明したいし、出来れば話を聞いて欲しいんですが」
俺は出来る限り大声にならないよう、絞り出すように声を出す。
「…何やら面倒くさい事情がありそうなので、正直考えたくありません」
「そこは考えましょうよ…。女性なんですし、慎み深くというか…」
「…? 私は戦士です。性別など関係無いと思いますが?」
そのまま、より強く剣を押し込んでくるイオ。
より近づいた事ではっきりと見えたその顔は、やはり美しかった。
こんな美しい女性が、この猛獣のような膂力を出しているとは、とてもでは無いが信じられない。
というか、信じたくない…
いや、そもそも、今の話に戦士かどうかは関係ないぞ…?
「慎み深さに…、戦士だとか関係無いでしょうが!」
俺はありったけの力を振り絞って、イオの剣を押し返す。
「む…、関係無いとは?」
俺の言った事が理解出来なかったのか、今度は先程と違い問答無用に攻めてはこなかった。
「だって、実際に関係無いだろ? それはただ単に、戦士である事を言い訳にしているだけだよ…」
「…む、確かに。では、言いなおしましょう。まず、私は戦士となる上で、女など捨てています。それから、慎ましくも無ければ、考えるのも得意でないので、聞きたくありません」
イオは堂々と言い切った。
ここまで清々しく開き直られると、凄く複雑な気分だ…
「いやいや…、さっき面倒って言ったじゃないか…。得意不得意関係無く、面倒なんでしょう? あと、捨てただなんて勿体ない事言わないで下さい」
「…むむ、勿体無いとは?」
「いや、だって勿体無いでしょう? それだけ美人なのに女を捨てたとか…、他の女性が聞いたら絶対怒りますよ?」
これだけの美人がそんな事言い出したら、世の一般的な女性からすれば大ヒンシュクものだろう。
いや、魔界の世情は知らないけどさ…
「…そうなのですか? あまり気にした事はありませんが」
「気にしてください…」
「ふむ…」
彼女は少し考え込むと、構えていた剣を下ろした。
「なんだか毒気を抜かれてしまいました。良いでしょう、話を聞きます」
「…良かった。じゃあ、まずはこれを見てくれ」
俺は懐から、ガウに託されていた物を取り出す。
「暗くてよく見えません」
「ほら、渡すから、しっかりと見てくれ」
イオは素直に従い、俺からそれを受け取る。
「これは…、竜牙? つまり、私が長になれと?」
「え…、それってそういう意味があるの? …いや、待て待て、それならガウが持っているのはおかしいだろ?」
ガウめ…、何がこれを渡せばわかるだよ。
そんな意味があるとか、せめて説明しておいて欲しかったぞ…
「それは、ゴウが捨てたからですよ。長の証を捨てるなんてとんでもないと、ガウが拾っていましたが」
「…それって、最早長の証って意味は無いんじゃ?」
「そうですね」
じゃあ、さっきの反応はなんだったんだよ!?
俺はツッコミたくなる気持ちをなんとか抑え込む。
彼女の独特な雰囲気に流されると、話が進まなそうだ…
「…しかし、これがあるという事は、先程言った内容にも信憑性がありますね」
どうやら、一応は納得してくれたようだ。
なんだか物凄く疲れたが、とりあえずは良しとしよう…
「それにしても、ガウはやっと動く気になったのですね。全く…、こうなる事などとうの昔に分かっていたというのに…。うじうじと悩んで、本当に面倒くさい男です」
いや、君も少しくらい悩んだら? と思ったが口にはしなかった。
「それで、どうするのです? 私を助けに来たという事は、ガウを討つつもりなのでしょう?」
「ああ、そのつもりだ。…ただ、俺達だけではガウを討つのは困難だ。出来れば、イオさんの力を貸して欲しい」
「…良いでしょう。ギイも含め、お馬鹿な同胞達には、少し仕置きが必要だと思っていましたので」
「助かるよ。今、もう一組の部隊がオーク達を解放しに行っている。それと合流してから、ゴウを討ちに向かう予定だ」
捕まっているオークは女子供が中心らしいが、オークは女性も男性に劣らない力を持っているそうだ。
矢面に立たせるつもりは無いが、戦闘には協力して貰おうと思っている。
「それは良いですが、勝てる算段は有るのですか? 正直、オークがいくら居たところで、ゴウにとってはなんの障害にもならないでしょう。私でも、まともにやりあえば勝利は困難です」
まともにやりあえばと言う事は、裏を返せば、まともにやらなければ勝てる見込みがあるという事だ。
頼もしい話である。
「そこは上手いこと作戦でなんとかするつもりだ。でも、その為にはまず、ゴウの傍にいる人質を解放しないといけない」
ソク達の話では、何人かの女子供はゴウに連れ去られてしまったそうだ。
悪いようにはしない、と言っていたそうだが、要は人質扱いなのだろう。
「…人質ですか。そんな事までするとは…、本当に堕ちたものですね…」
…あれ、イオは人質の事を知らなかったのか?
…気になる所ではあるが、今はそれを追及している時間は無い。
「…ともかく、まずは東へ向かおう。日が昇りきってしまえば、手遅れになるからね」