第140話 イーナと魔獣使いの少年
例の如く帰宅後、少し修正するかもしれません。
→微修正済です。
「うおぉぉぉぉっ! ハンジーーーっ!? 立て! 立つんだハンジーーーっ!!」
応援席に戻ると、サンジが悲痛な叫びを上げてるのを目撃する。
第四試合は、どうやら彼の息子であるハンジ君の試合だったらしい。
「やっぱりな! 情報通りだぜ!」
「まあ、その情報のせいで倍率が下がっちまったがな…」
目の前の観客はこの武闘大会で賭けを行っていたらしい。
彼らの言う情報、というのは先程漏れた試合の組み合わせ情報の事だろう。
実は、一試合目が終わった後、ちょっとしたトラブルが発生したのだ。
トラブルの内容は本日の試合情報の流出である。
セシアとバーグ君の戦いが終わった後、続いて行われる筈の第二試合と第三試合が成立しなかった。
恐らくは第一戦目の内容を見て、参加選手の親が危険を表明したのだと思われる。
その為、急きょ組み合わせの変更が余儀なくされたらしい。
しかし、その際に手違いで更新された試合表をコソ泥にスられてしまった、というのが経緯のようだ。
俺は別に、その情報をわざわざ探ったりしたわけではないのだが、あちこちで情報屋が喧伝して回っている為、勝手に耳に入ってきたのだ。
その中にはきっとハンジ君の情報もあったのだとは思うが、自分の教え子の名が聞こえると、もうそれ以外に意識が行かなかった。
もちろん、ハンジ君は仲間の息子さんだし、応援しようとは思っていたのだが…
『おーっと! ハンジ選手、前のめりに倒れ込んでから反応しません! 審判も戦闘不能と判断したようです! 勝者、ライカ選手! 素晴らしい速度の一撃でした! まさに瞬殺です!』
「うおぉぉぉぉっ! ハンジーーーっ!!!」
どうやら瞬殺だったらしい。
せめてまともな戦闘になっていればな…、と勝手な感想が浮かんでくる。
しかし、それにしてもサンジ、声デカいなぁ…。それなりに盛り上がっている会場の喧騒すらかき消しそうな声量だ。
機会があれば、口上役でも任せてみようかな?
…まあ、あんな感情任せでも困るけど。
「ん? 左大将ではありませんか」
俺がサンジの醜態(?)を出汁に今後の方針を考えていると、隣で観戦していたらしき者から声がかかる。
「はいどうも…、ってサイカ将軍じゃないですか!?」
声の方向へ視線を向けると、そこには以前戦場を共にしたサイカ将軍の姿があった。
「約2か月ぶりといった所ですか。壮健そうで何よりです」
深々と頭を下げるサイカ将軍。
この人に頭を下げられると、なんだか恐縮してしまう。
同じ将軍でも、トウジ将軍とはまた違った風格があるんだよなぁ…
「そういえば、サイカ将軍とはあれ以来でしたね。あの時はお騒がせしました…」
あれ、というのは俺が羅刹で影華の襲撃を受けた時の事だ。
サイカ将軍は、トウジ将軍と共にキバ様の護衛として、早々に羅刹から引き揚げていた。
しかも、荒神に戻った後もすぐに別の任務に出ていたらしく、本当に2か月ぶりの再会であった。
俺の無事は聞いていたと思うが、あの時の俺は満身創痍だったので心配してくれていたのかもしれない。
「いえ…。しかし、後遺症も残っていないようですし、安心しました」
「ええ。この通りピンピンとしています。所で、サイカ将軍は何故ここに?」
サイカ将軍は多忙な人である。
今もエルフ達の監視が行き届いていない北の境界、神域付近の警備に出ていたと記憶しているが…
「私も今年は武闘大会への参加義務がありまして、先日から戻っていたのです。今日はまあ、折角なので息子の試合を観戦しにきたのですが…」
そう言って気まずそうに向ける視線の先では、息子に駆け寄ろうとして止められているサンジの姿があった。
ああ、という事は今さっきサンジの息子、ハンジ君を倒したライカという少年は、サイカ将軍の息子さんか…
何と言うか、これはまさに運動会に応援に来ていた親の心境というヤツなのかもしれない。
息子の応援はもちろんするのだが、順位を競う種目だと他の親御さんには多少気を遣うものである。
「…まあ、サンジの事は気にしないでください。平常に戻れば変な事はしないと思いますので。…多分」
普段の性格からすれば、逆恨みとかはしないと思うんだがな…
今のあの興奮っぷりを見ると少し自信が無くなる。
「まあ、サンジとは知らない仲ではありませんので、特に心配はしておりません。それより、私の息子の態度が気になります」
サイカ将軍の視線を変えた先には、今も演習場の中心で仁王立ちしているライカ君がいる。
ライカ君は、運ばれていくハンジ君を見ながら得意げそうな、愉悦に浸るような表情を浮かべていた。
「…大変お恥ずかしい。どうやら、息子は少し調子に乗っているようです」
…まあ、年頃からして12~13歳くらいだろう。そういったお年頃なのだから仕方ないようにも思う。
ただ、それを身内がやっていると思うと、恥ずかしい気持ちがこみ上げてくるのも分からなくはない。
「まあ、年頃ですし、仕方ないでしょう」
「…しかし、あれではハンジ君に対し、余りに無礼だ。後で叱りつけておかねば」
俺はそれになんと反応していいか分からず、とりあえず苦笑いを浮かべておく。
「全く…、ん? その娘は、確か先程の試合の…?」
ライカ少年を睨みつけるように見ていたサイカ将軍が、ふと視線を戻して俺の腰付近に掴まるセシアを見る。
「ああ、そうだよ。セシアは一応俺の教え子なんだ。そしてこちらが母親のシア」
「トーヤ様に仕えさせて頂いているシアと申します。宜しくお願いします。サイカ様」
「セシアです! サイカ将軍様! よろしくお願いします!」
シアとセシアが深々とお辞儀する。
それに倣うように、他の子供達も自己紹介と挨拶を続けて行っていた。
みんなしっかりしていて、なんだか自然に顔が綻んでしまった。
セシアなんてまだ0歳なのに、本当にしっかりしているよなぁ…
サイカ将軍は穏やかな表情で一人一人に対応している。
戦場を稲妻の如く駆け抜けたあの姿からは、想像もできないような姿だった。
…しかし、むしろ今の姿こそが、本来のサイカ将軍なのかもしれない。
「戦場でも思いましたが、左大将は周囲の者にも恵まれていますな」
「全くです。私などより周りの者の方が優秀なくらいですから」
そう言って二人で笑いあう。
冗談を酌み交わしたような雰囲気だが、俺は至って真面目にそう思っているけどね。
「しかし、そうですか…。であればセシアさんには、是非我が愚息の鼻っ柱を折ってやって欲しいですね」
「…? パパ、サイカ将軍様は、あの子の鼻を折ってって言っているの?」
「…いや、普通に倒してって言っているだけだよ」
獣人達にも鼻っ柱を折るという用語がある事には驚いたが、それを受け取って誤った解釈をするセシアにはもっと驚かされた。
一体どうなってんだろう、この翻訳魔術は…。
「うん! わかった! サイカ将軍様! セシアがあの子を倒してあげるね!」
「…よろしく頼むよ。出来ればお手柔らかにね」
少し複雑そうな顔のサイカ将軍。
まあ、アンタの息子を倒してやると言われてるのだから、望んだ事とはいえ複雑な気持ちにもなるだろうな。
『さあ! 棄権者続出の今大会ですが、五試合目は通常通り行われるようです!』
棄権者続出なのか…
やっぱり二試合目と三試合目が、不成立だったり不戦勝だったりしたのが原因なのかな?
恐らく今の試合も、圧倒的な実力者だった為、その後の試合が不成立になる事を危惧していたのかもな。
『先程手違いで試合情報が流出されてしまったらしく、ご存じの方々も多いと思われますが、五試合目はイーナ選手 対 キリル選手となります! ちなみにこの後の試合からは内容が修正されるそうなので、情報を買った方は残念でした!」
一部でブーイングが巻き起こる。
まあ、非公開情報なんだから修正自体はいつでも可能なのだ。当然といえば当然である。
「さて、選手を紹介いたします! イーナ選手は先程素晴らしい実力を見せたセシア選手と同様、レイフの森出身です! 対するキリル選手は、荒神唯一の魔獣使いであるゼン筆頭術士の息子さんになります! なんとキリル選手はゼン筆頭術士と同様に魔獣使いであるそうで、これからを有望視される選手の一人になります!』
司会の説明に熱戦が期待され、喝采が巻き起こる。
しかし、俺はそれとは真逆に背筋が凍るような怖気に襲われた。
魔獣使い。その名の如く、魔獣を使役する事が可能な者達の事である。
荒神にもいるという情報は、羅刹との戦で確かに聞いていたし、興味も持っていた筈だが、それ以上に色々あり過ぎてすっかり忘れていた。
俺は魔獣使いの術と自分の『縁』の力の類似性に興味を持っていたし、術の行使を生で見てみたいと思っていたのだ。だからこの試合も注目の試合となる筈だ。
…本来であれば。
アンナ達の表情にも動揺が現れている。
当然だ。何しろ彼女達と魔獣使いには、深い因縁があるのだから。
そして、それは今演習場に立っているイーナも同様…、いや、誰よりも因縁深いと言えるだろう。
――――この試合は、考え得る限り最悪の組み合わせであった。
実は悲しい事に一度修正したデータがフリーズで消えました…
しばらく悲しみに暮れましたが、なんとか立ち直りました。
書き直した内容は前よりも良いと信じて…




