第139話 一試合目を終えて
――――選手控室
「パパァー!」
勢いよく飛びついてくるセシアを受け止める。
先程まで戦闘中だったというのに、元気の良い事である。
「よしよし。凄かったよセシア。まさか、あそこまで戦えるようになってとはね…」
「うん! 秘密の特訓してたの! パパを驚かせようと思って!」
全く…、本気で驚いたよ…
子供は少し目を離すとあっと言う間に成長するものだが、セシアの成長っぷりは凄まじいものがある。
元々オークやゴブリンは、他の種族に比べて成長速度が速いと言われているが、こうして目の当たりにするとその異常性がはっきりとわかる。
どちらの種族も他の種族より劣って見られがちだが、ひょっとするとこの成長力を活かせばその評価も変わるのではないだろうか?
「本当に驚いたよ。しかも教えていない《破振》まで…。誰に教わったんだい?」
「アンナお姉ちゃんだよ!」
うん。まあそうだろうとは思ったけどさ。
アンナに視線を向けるとスッと目を逸らされる。
…別にアンナを責めたいわけじゃないんだがね。
闘仙流において、アンナの実力は下手をすれば俺よりも上をいっている。
未だ師範や師範代などの位は用意していないが、彼女は文句なくその資格を持っているだろう。
その彼女が教えたというのだから、本来は文句など無いのだ。
しかし、彼女の反応から見て、恐らく本人もここまで教える気は無かったのでは、とも思う。
優秀な生徒だったセシアに対し、ついつい教え過ぎてしまった、って所じゃないかな?
「…今度から一言教えてくれな」
その気持ちが大いにわかる俺は、アンナの頭をぽんぽんと撫でながら言う。
責める気持ちは一切無いが、それでもセシアはまだ0歳なのだ。
いくらセシアが優秀だったとはいえ、力の使い所を誤ったり、暴走する危険が無いとは言えない。
その辺の見極めも含め、教える側には責任が伴うものである。
それをアンナ一人に背負わせる気が無いからこそ、今後は情報の共有をしっかりしていきたいと思うのだ。
「…トーヤ様があまり相手にしてくれないのがいけないのです…」
ボソリと呟くアンナ。そりゃごもっとも…
確かに忙しさにかまけて、あまり構ってやれなかったことは事実だ。
なんだかんだとアンナも子供だしな。なるべく構ってあげないといけなか…って痛い!
何故だかアンナに足を踏み抜かれた。子ども扱いがお気に召さなかったのか!?
俺達がそんなやりとりをしていると、控室に巨体が運び込まれてくる。
先程までセシアと戦っていたバーグ君である。
どうやら彼はまだ目覚めていないようだ。少し心配だな…
「失礼します。少し良いですか?」
俺は抱えていたセシアを下ろし、バーグ君を介抱している獣人に近づく。
「ん…? っ!? こ、これは左大将殿! どうなされましたか!?」
「そ、そんな恐縮なさらないで下さい。ちょっと彼の容体が気になっただけなので…。少し確認させてもらって良いですか?」
「も、もちろんです!」
そう言ってサッと場所を譲る獣人の青年。
なんだか非常にオーバーリアクションな気がするけど…。まあいいか…
バーグ君の体に触れ、魔力を同調させる。
(魔力の乱れも無し、血流も今は正常っと。心配し過ぎだったかな? この分だと、もうじき意識も戻るだろう…)
そんな事を思った直後、バーグ君に意識が覚醒する。
「…っ!? ここは!?」
上体を起こし、焦ったように周囲を確認するバーグ君。
やがて、ここをどこか悟ったのか、落ち着きを取り戻す。
「俺は…、負けたのか…」
「そうだよ! セシアの勝ち!」
後からついてきたセシアが、俺の横に並んで言う。
「…そうか。チビ…、いや…、セシア、すまなかった。俺は戦士として、お前の事を見くびっていた…」
「セシアの事はいいから! パパに謝って?」
そう言って俺の袖を引っ張るセシア。
それを見てバーグ君がこちらに視線を移す。
「…どーも。クソ野郎です」
「っ!? あんたが…? オークじゃなかったのか…」
どうやら彼は、俺の事をオークだと勘違いしていたらしい。
まあ、そうか…
大方、略奪で孕ませ、産ませた子供に小遣い稼ぎでもさせているのだと思われたのだろう。
確かにそれならクソ野郎呼ばわりもしたくなるな!
「どうも。トーヤと申します。セシアにはパパなどと呼ばれているけど、実際の所は血の繋がりは無いんだ。まあ拳法の手ほどきをした、指導者のようなものかな」
「違うよ! パパはパパだもん!」
いやいや、違わないからね? 君には立派なお父さんが居たんだからさ…
「……」
そんなやり取りをボーっと見ているバーグ君。
その視線が俺から、俺の周囲を一通り見まわして、最後にまた俺に戻る。
「…オークに獣人、それにハーフエルフも、か…? この国の、最北端の森に、あらゆる種族が共存する楽園があるって、噂を聞いたが、まさか…?」
「…その楽園がどうのという噂は知らないけど、確かに自分達はその森の出身だよ。一応、今は自分がそこの管理者みたいな立場を任されている」
「本当に…、存在したのか…。す、すみません。事情も知らず好き放題言ってしまって…」
「いやいや、気にしないで。セシアみたいな年端もいかない子を参加させてる自分の方が悪いんだからね。でも、セシアは立派な戦士だったろう?」
「あ、ああ! それは間違いない! …です」
よしよし。これなら逆恨みみたいな事も無いだろう。
今やっている試合が終われば、次はイーナの試合である。そろそろ席に戻るとしよう。
「それは良かった。…では、自分達はこれで。機会があれば森にも遊びに来てくれ。歓迎するよ」
「じゃあねおじさん! 結構楽しかったよ!」
セシアはバーグ君の謝罪を聞いただけで満足したようである。
バーグ君は去っていく俺達に、何か言いたそうな表情をしていたが、声をかけられる事は無かった。
彼とはもう少し話をしたかった気もするけど、なんとなくだがその機会はすぐに来そうな気がしている。
さて、次の試合こそが今日一番の心配の種である。
何事も起こらなければいいけど…
何事も起こらなければいいけど…
そう思う時って大抵何かありますよね…