第138話 セシア 対 バーグ②
「ブルァァァァァッ!」
横薙ぎに放たれた一撃を、セシアは最小の動きで躱す。
「チッ! ちょこまかと!」
バーグ君の得物は石斧だ。
研ぎ方が荒く、ほとんどハンマーのような形状の石斧は、恐らく相当の重量が有ると思われる。
それを自在に振り回すバーグ君の膂力は、下手をすればガウに匹敵するレベルかもしれない。
しかも、あの使い込まれ方からして、それなりに場数も積んでいるのだろう。先程から繰り返される攻撃は実に様になっていた。
「そんな大振りの攻撃当たらないもん!」
しかし、いくら自在に振り回せるといっても、速度が自身の身体能力以上になる事は無い。
あの程度の速度であれば、魔力の流れから動きを読み取る闘仙流に当てる事は不可能だ。
「ふぅー」
思わず安堵の息がこぼれる。
「だから言ったではありませんか。心配は無いと」
「いや、そうは言ってもな…。やっぱり、この目で見ないと心から安心は出来ないって…」
アンネから聞いた話が事実であれば、確かに心配する気など起きないかもしれない。
しかし、正直な所信じ難い内容でもあった為、実際に目にするまでは半信半疑だったのだ。
「私もここの所は自分の特訓や、トーヤ様との特訓が有ったので直接見るのは久しぶりですが…、相変わらず、魔力運用が上手ですね。セシアは」
「そうだな…。まさかここまでとは思わなかったよ…」
セシアは俺から見ても、非常に魔力の取り扱いが上手かった。
特に、制御に関してはゾノ達すら上回る程のレベルに達しているように見える。
アンナが引っ付いている今の状況だからこそ、それがよりはっきりと理解できた。
《繋がり》――翡翠が言うには《縁》と言うらしいが、の力は相変わらず便利である。
俺だけでは恐らく、この距離からアレを知覚する事は出来なかったかもしれない。
アンナの天才的な知覚能力に感謝しつつ、今も繰り広げられる戦闘を見る。
「ブルァァァァァッ!」
「よっと」
先程より幾分速度の増した攻撃も、セシアにとっては変わらず対処できる速度であった。
恐らくバーグ君は、殺すつもりは無いという発言通り、最初は手加減をしていたのだろう。
しかし、あまりにも当たらない為、段々と加減が無くなってきている。
「えい!」
バーグ君の攻撃を受け流したセシアが、攻撃の勢いを利用するように崩しを入れる。
「甘いんだよ!」
が、回避され続けて慣れたのか、バーグ君は勢いに負けずに踏みとどまり、左手で掴みにかかる。
セシアはその手をあっさりとすり抜け、バーグ君の背後に抜ける。
「クソ!」
今のは上手くいったと思ったのだろう。バーグ君は明らかに悪態をつきながらセシアに向き直る。
残念ながら、セシアは崩しが上手くいかなかった瞬間、既に回避の姿勢をとっていた。
まあつまり、惜しくもなんともない。
それにしても、今の受け流しも良かったな…
セシアは今、バーグ君の攻撃を受け流す際、僅かにだが剛体を使用した。
しかも、腕と脚に一瞬だけという完璧な制御でだ。
一部の観客が、今の攻防で少し目の色を変えている。
軍人が多いだけあって、今ので気づく者もいたらしい。
彼らが驚くのも無理は無いだろう。何しろ、一般的に剛体は獣人とトロールのみしか使えないと言われているからだ。
これは意図して広められた間違った認識なのだが、一概に嘘とも言い切れない理由がある。
というのも、剛体にはかなりの魔力を使用する必要があり、魔力保有量の多い獣人か、無尽蔵に回復するトロールでもなきゃまともに扱えないからである。
だからこそ、他の種族はその言い伝えを疑わなかったのだ。
オークの魔力保有量は、多くの種族の中でも下位に位置する。
ゴブリン等に比べれば多いかもしれないが、少なくとも剛体を使用できるほどの魔力など存在しない。
では、何故オークであるセシアが使えたかと言うと、それは剛体の使用箇所を最小限に止めているからである。
セシアは先程、攻撃を受ける腕と、その衝撃が伝わる対角線上の脚にのみ剛体を展開した。
そして、接触面の魔力を斜に構える事で衝撃を最小限に抑えつつ、攻撃を受け流したのだ。
「アレって、見せた事はあっても教えた事は無かった筈なんだけどなぁ…」
俺が教えたのは、攻撃を斜に受ける事と、受ける瞬間だけ全身の剛体を行うことだけだ。
ピンポイントでの剛体の使用方法など教えていないというのに…
「私だって、まだあんなに滑らかに剛体を使えませんよ…」
アンネが少し悔しそうに言う。
まあ、アレを見たら納得するしかないな…
先程アンネは、「体術だけで言えば、セシアは姉さんの次に強いです」と言った。
俺はそれを聞いても半信半疑だったのだが、最早疑う余地は無いだろう。
「ゼェ…、ゼェ…、クソチビ、がぁ…」
それからもバーグ君は石斧を全力で振り回し続けたが、セシアにはかすりもしなかった。
そして、いくら体力自慢と言えども、トロールとは違い体力が無尽蔵という事も無いのだ。
あれだけの重量武器を考え無しに振り回せば、疲労が蓄積しないわけが無い。
「確かにセシアはまだ小さいけど! そのうち大きくなるもん! それに、おじさんは大きすぎだよ!」
「ぐっ…、またおじさんって言ったな…。もう絶対に許さないぞ!!」
余程おじさんと言われるのが嫌なのか、バーグ君は遠目にもわかる程赤くなっている。
審判も、周囲で監視している他の獣人達も、空気が変わったのを察知したのか少し身構えている。
「ぶっ壊れろぉぉぉぉっ!!!」
これまでで一番力のこもった一撃が、袈裟斬りの如く斜めに振り下ろされる。
殺意の込められた一撃。しかし、それでもセシアに当たる事は無い。審判もそう判断したらしい。だが…
「石よ! 阻みやがれ!」
振り下ろす直前、バーグ君はセシアの背後に石壁を出現させ、退路を塞ぐ。
審判の顔に戦慄が走る。バーグ君が外精法を使ったのが予想外だったのだろう。
慌てて止めるような仕草を見せるが、もう間に合うわけが無い。
ふむ、中々に上手い。
ここぞという場面まで外精法を使用しなかったのも布石としては上々だし、攻撃の直前に仕掛けたタイミングも悪くない。
殺意を込めたのは非常に頂けないが、7歳という年齢を考慮すれば、それもまた仕方無いと言える。
まあ、なんにしても、セシアには通用しなかったようだがね…
「殺っ……!?」
振り下ろされた石斧が、自ら発生させた石壁を粉砕する。
一瞬、そこに鮮血が飛び散るのを幻視したのだろうか?石壁と石斧を交互に見るバーグ君。
しかしその直後、石壁を粉砕した際に発生した砂煙を突破して、小さな影が跳び上がる。
振り下ろした勢いに体を流されていたバーグ君は、それを視認しても、目を見開くくらいしか出来なかった。
セシアの掌底が、バーグ君の胸部に向かって突き出される。
「えーいっ!」
今までの攻防が嘘に思える程、どこか気の抜けた叫びが演習場内に響く。
「ぐっ!?」
しかし、そんな気の抜けた叫びと共に放たれた一撃に、バーグ君の巨体が揺らぐ。
闘仙流、《破震》。心臓部に近い位置でアレが決まったのだ。彼の意識は既に失われているだろう。
そのまま前のめりに倒れるバーグ君を、セシアは慌てたように回避する。
セシアは構えを維持したまま暫くバーグ君を観察するが、やがて問題ないと判断したのか構えを解いた。
静まり返る演習場。
『…おっと、私とした事が、ついつい見とれてボーっとしてたわ…って、おーい、司会者さん?』
静寂から一早く復帰したフソウさんが、隣の司会者をつついている。
というか、途中からあの司会者は黙ったままだったのだが、仕事として大丈夫なのだろうか?
『…はっ!? わ、私としたことが、失礼いたしました! 以前お仕事で見た光景にあまりにも酷似していた為、軽く意識が遠退いていました!』
以前って…、こんな犯罪としか思えない絵面を…?
もしかしてあの人、以前は兵士だったのだろうか?
そんな風には全然見えないのだが、何やらちょっとしたトラウマを抱えているようである。
『審判がバーグ選手の失神を確認したようです! この結果を誰が予想したでしょうか! なんと勝者は1歳にも満たない少女、セシア選手です!』
興奮した様子で勝者を宣言した司会者。
それに呼応するように、演習場はざわめき立つ。
『それにしても良いわねぇ…、あの娘…』
フソウさんの最後の呟きに少し悪寒を覚えたが、笑顔でこちらに向かって手を振るセシアを見ると、そんな悪寒はすぐに引っ込んでしまった。
「パパァー! セシア、頑張ったよ!」
とりあえず、俺はセシアが戻ってきたら沢山誉めてやろうと思った。




