第136話 武闘大会 子供の部 開始
『お待たせいたしました! これより、第三回 武闘大会子供の部を開催いたします!』
荒神城・地下演習場は熱気に包まれている。
子供の大会だというからもう少しこじんまりとしたイメージだったが、想像以上の熱狂ぶりだ。
「スイセン、この大会って毎回こんな盛り上がるのか?」
「ええ。皆、娯楽の類は大好きですからね。それに…」
「それに?」
スイセンは俺の問いに答えず、気まずそうに反対側の観客席を指さす。
そこには…
「うおぉぉぉぉっ! ハンジーーーっ! 頑張れぇぇぇぇ!!!!」
凄まじいテンションで応援旗を振り回す、サンジの姿が在った。
「サンジ…さん?」
「ええ…、どうやら今日は息子さんが大会に出るそうで…」
サンジは以前、地竜との戦いの際に砂漠蚯蚓に食われ、半死半生となった獣人の戦士である。
傷については既に完治しているが、酸により爛れた傷跡は完全に消える事は無く、体中あちこちにその名残が残っている。
本人はむしろ渋みが増して良かったなどと豪語しており、実際渋いおじさん風な見た目なのだが…
「まさか、あんなに親バカだったとは…」
あれは完全に運動会や部活動の大会に応援に来た、イタイ親そのものである。
サンジにあんな一面があった事には驚きだ。
いや、しかしよく見ると、サンジさん以外にも熱狂的な応援をしている者をチラホラと見かける。
「サンジさんは…、まあ中でも特に熱狂的な方ですが、他の方々も、自分の息子、娘の応援で結構熱くなっていますよ。皆、本当に自分の事のように喜びますし、悔しがるんです」
成程。確かに、自慢の子供が頑張っている姿を見るのだから、興奮する気持ちはわかる気がする。
俺も自分の門下であり、父と慕ってくれるセシアやエステルが参加する事に、心配する気持ちだけでなく期待する気持ちを持ってしまっているからな…
この会場の熱気は、そういった家族なり親族なりが発しているという事なのだろう。
これは俺も負けていられないかもしれない。
「トーヤ様は派手に応援しては駄目ですからね? 立場のある方が目立った応援をすると、後が大変ですから…」
と、俺のやる気を察知したのか釘を刺されてしまう。
ただ、妙に実感のこもったスイセンの言い方が少し気になった。
恐らくだが、似たような経験があるのかもしれない。トウジ将軍ならやりそうだしな…
「ん…? あれは、イーナか?」
参加者が整列する中に、小人族の少女、イーナを発見する。
兄であるヘンリクは見当たらないが…
「おかしいですね…。ヘンリクは先程、自分達は参加しないと言っていましたが…」
「ええ…、気が変わったのだとしても、彼女だけというのは変です」
アンナ達子供組は、どうやら先程まで一緒にいたらしい。
ヘンリク兄弟は、マリクやハロルド達と共に出店を回るとの事で一旦別れたらしいのだが…
「父さん!」
考えを巡らせていると、後ろから声をかけられる。
慌てたように近づいてくるのはロニーとゲツ、それにヘンリク達である。
「どうしたんだ慌てて?」
「す、すみません、トーヤ様! 自分とロニーが子供達の引率役を務めてたんですけど、ちょっと目を離した隙にイーナが…」
相当に慌てたのだろう。ゲツらしくもなく表情が暗い。
いつも大人しいヘンリクも、今にも叫び出しそうなくらいに心を乱している。
「ト、トーヤ様! トーヤ様とアンナ様のお力で、イーナを探せませんか!?」
縋るように上着の裾を引っ張るヘンリク。
俺は少しかがんで目線を合わせ、頭を撫でてやる。
「安心しろ…、って言っていいかはわからないけど、イーナの場所ならわかっているよ」
「ほ、本当ですか!?」
「うん。ただ…」
俺は視線を演習場に向ける。
その視線を追うようにヘンリクは演習場を見ると、安心したような顔をし、そしてすぐに悲しそうに呟いた。
「イーナ…。なんで俺に一言も言ってくれなかったんだ…」
◇
大会が開始された。
試合は最終的にトーナメント形式(?)で行われるようだが、予選は抽選で組み合わせを決め、10組同時に行われた。
参加者は100人に満たない程度だったが、流石に全てをトーナメント形式にしては時間がかかり過ぎる、というのが理由らしい。
それでも普通に考えて、この時間から開始したら夜中になりかねないのだが、開始時間に関してはこの時間が適正との事だった。
なんでも、夜行性に属する種族の事を考慮しているのだとか。
さて、セシア、エステル、イーナの三人についてだが、彼女達は全員無難に予選を勝ち抜いていた。
イーナに関してはあの後色々と揉めたのだが、彼女の頑なな態度から、参加に関しては黙認せざるを得なかった。
ヘンリクが何故だと尋ねても、言えば止められるからとだけ言って、それから口さえ開こうとしなかった。
まあ、参加自体に問題があるわけじゃない。むしろいくらでも出場してくれて構わないと思う。
親を失い、あまり我儘を言えなかっただろうあの娘が、初めて俺に見せた我儘だ。出来る限り許したい気持ちがある。
ただ、あの様子だと正直何をしでかすか分からない。それだけが心配だ…
スイセンの話では、本戦で監視に付く治癒術士は中々に優秀らしく、最悪のケースだけは高確率で避けられるとの事だった。
しかし、それだけでは安心出来ない為、俺達はいつでも飛び出せる準備をするのであった。
『さあ、間もなく開始となる本戦ですが、この度解説役として第2王妃であられるフソウ様が名乗りを上げてくれました!』
「ぶっ」
思わず吹き出してしまう。
何やら拡声の術を使用しているアナウンサー席のような場所には、先程から元気よくアナウンスをしている活発そうな獣人娘と、第2王妃 フソウの姿が在った。
「あの人、一体何やってるんだ…?」
「…あの方はいつもあのような感じですよ、トーヤ様…」
そうなのか? いや、そうなんだろうけどさ…
ソウガの苦労がわかる気がして切なくなる。
『皆さまこんばんわ。今回、解説役を務めさせて頂きますフソウです。よろしくお願いします』
…流石に真面目バージョンか。
確か周囲に4人以上人がいるとあの状態が維持できるとか、謎な事を言っていた気がする。
『フソウ様、早速ですが、注目の選手などはいますでしょうか!?』
『そうですね、やはり新進気鋭の左大将、トーヤ様の擁するレイフの森の子供達でしょうか? 先程少し覗き見ましたが、みんなとても美味し…、可愛らしい子達でしたよ』
先程少し覗き見られてた!? 全然気づかなかったぞ!? ていうか今、漏れてはいけない本音が出てなかったか!?
『成程! 確かに噂の左大将の子供達という事であれば気になる所ですね! えーっと、資料によりますと、イーナ選手が9歳、エステル選手が6歳、セシア選手が…0歳!? なんですかこの低年齢は!? ていうか全員女の子なんですけど!? 大丈夫なんですかコレ!?』
ですよね。それが普通の反応ですよね。俺もそう思います。
だから、ちょっとその辺の解説はやめてくれませんか…? さっきから、左大将は鬼畜だとか耳が痛くなる声が聞こえてくるんですが…
『大丈夫だと思いますよ? 先程の試合を見る限り、全員とても余裕そうでしたから』
『そ、そうですか…。まあ、フソウ様が言うならばその通りなのでしょう! ちなみに他には注目の選手はいないのですか?』
『可愛い子はあまり…。ああ、見ごたえのありそうなのはサイカ将軍の息子さんと、南から遠征して来られたハイオークの子ですかね…』
『サイカ将軍の息子さんにハイオーク!? それは期待できそうですね!』
サイカ将軍の息子かぁ…。それだけで強そうな響きだ。
それにハイオークってあれだよな、ドーラとかみたいな巨大なオーク…
オークって事は成長早いのだろうし、ほぼアレとそん色ないサイズって事だろ? 一気に心配になってきた…
それからも、注目選手や見所などが紹介されていたが、開始時間が近づくにつれソワソワして耳に入ってこなかった。
『さあ、間もなく1戦目の組み合わせが発表になります!』
演習場の壁付近で垂れ幕のようなものが2本準備される。
どうやら、あの垂れ幕にそれぞれ選手の名が書かれているようだ。
対戦の組み合わせ自体は既に出来ているらしいのだが、事前に対策を練るなどの行為をさせない為、直前での発表になっているらしい。
そして、垂れ幕が開示される。
『第1戦目は…、レイフの森から来たオークの娘、セシア選手と、南から遥々一人で遠征に来たハイオーク、バーグ選手です!』