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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第3章 羅刹の鬼達
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第130話 帰る場所




和睦は成った。

元々が出来レースのような状態だったので、当然と言えば当然なのだが、まずは安心といった所だろう。


荒神と羅刹は、国交を結んでいなかっただけで、敵対関係にあったわけでは無い。

戦がきっかけとは言え、今回の件で交流を持つようになった事は、互いのメリットに繋がる筈だ。

その辺のやり取りに付いては、タイガやソウガが上手い事やり繰りするだろう。


俺はそういう意味では傍観者だ。荒神所属とは言え、俺の管理地域はあくまでレイフの森一帯である。

荒神の事には詳しくないし、何をどうするかなど、口出しするつもりも無い。

無いんだが…



先日から、スイセンとリンカの視線が痛い気がする。

いや、別に二人とも、あからさまに俺を睨んでいるという事はないのだけどね?

ただ、時折『繋がり』から漏れ出る感情が、どうにも俺をチクチクと刺している気がしてならないのだ。

恐らくは羅刹の首領、紅と婚約した件が原因なのだろうが、俺自身が望んだワケでも無いのに、どうすれば良いのだろうか?

むしろ、政治的に利用された俺は被害者と言っても良い筈なのに…





さて、俺達が羅刹への遠征に向かってから、約一ヶ月の時間が過ぎようとしていた。

またしても色々と問題を抱えはしたが、初の遠征を、大きな被害も出さずに終えられた事に少し安堵する。

失われた仲間の命については、まだ割り切れない部分もあるが、努めて面には出さないようにしている。

戦勝ムードという雰囲気でも無いが、和睦の成立で活気だっている周囲に水を差したくはない。



つい先ほど、俺達は荒神へと帰ってきた。

荒神に住まう兵士達は、各々の家族に帰還を伝えに散っていく。

俺達も、一刻でも早くレイフの森に戻りたいという気持ちがあったのだが、今夜の宴は強制参加らしく、本日は荒神に留まる事が決定していた。

まあ、兵士の休養の事も考えれば妥当ではある。一日くらいは我慢するとしよう。



「という事で、各自夜までは休養を取ってくれ。この地下設備は自由に使って構わないらしいから、体力が余っている者は好きにしてくれ。以上、解散!」



俺達レイフの森所属の兵は、ここに留まる間、この地下演習場を自由に使っていいと許可を貰っている。

地下演習場はレイフ城とは比べ物にならない程広く、100名近い俺達が寝泊まりしても大分余裕があるように見える。

施設についても中々興味深いものが取り揃えられており、何人かはそれに興味を惹かれて色々と試しているようであった。

俺もそれに混じりたいくらいだったのだが、色々と仕事が残って居る為、断念する。


今回の戦の軍備は全て荒神持ちだ。その為の報告資料やらなんやらの作成は俺の仕事である。

戻ってからやってもいいのだが、二度手間になる為、最低限の事はやっておきたい。



(やれやれ…、切実に文官が欲しいなぁ…。どこかに転がっていないものか…)









「いや~! お前ら、今回は世話をかけたな!」



宴席の中心で、キバ様が音頭を取っている。



「今回『は』、じゃねぇだろ! いっつもじゃねぇか!!」



それに野次を飛ばす将軍達。ソウダソウダと続く兵士達。



「そ、そりゃ否定できねぇけどよ? そんな皆して責めなくてもいいじゃねえか!」



結局、まともに音頭も取れずに野次を飛ばした将軍達の所に突っ込んでいくキバ様。

完全に酔っぱらいのおっさんである。



(はは、相変わらず威厳の欠片も無いなぁ…)



国の王としてどうなの? と思わなくも無いが、なんだかんだ周りの者達の反応は悪くない。

王としての資質は間違いなくタイガの方が上であり、実質的に王として機能しているのもタイガである事から、もう王の座を譲っても良い気がする。

しかし、皆揃ってキバ様の悪口を言う割には、王は誰かと問われればキバ様だと迷わず答える。

これも人徳、というやつなのかもしれない。


実際、俺もキバ様の事は嫌いでは無いし、なんとなく味方してあげたいという気持ちを持っている。

キバ様に王の資質が有るなどとは到底思えないが、人徳の王というのも、それはそれで悪くは無いのかもしれない。



「どうしたんですか? トーヤ様? なんだか黄昏ているように見えますが…」



少し離れた所で、そんな光景を肴にちびちびと酒を飲んでいると、スイセンが近づいてくる。



「ん、スイセンか。いやさ、キバ様ってやっぱ凄い人なんだなぁ、とね…」



「…あれでですか?」



俺の台詞を聞いてキバ様を見たスイセンが、少し呆れたように返してくる。



「いやさ、今回、キバ様が良く考えもせず暴れたから大事になっただろ? でも、みんな口では散々文句言いながらも、心から責めてる人はいないみたいで、それがなんだか不思議というかね…」



「ああ、ふふっ…、確かにそうですね。それがキバ様の不思議な所ではあります。まあ、みんな慣れたというのも有ると思いますけどね…」



慣れ、か。そういう意味では俺も慣れてしまったのかもしれない。

ただ、この短期間でそれに慣れてしまうという事自体、普通じゃないとは思うけれども。


仲間と馬鹿騒ぎしているキバ様を見ていると、ふと、以前レイフの森で出産祝いの宴を上げた時の事を思い出す。

なんだか、今すぐにでも帰りたいという気持ちが俺の胸を過ぎった。



(ホームシックってヤツかな? って、ああ、そうか…)



胸中に浮かび上がった思い、それが俺に一つの事実を気付かせる事になった。



「ん…、どうしたんですか?」



急ににやけだした俺を見て、スイセンが不思議そうに首をかしげる。



「ははは、いやぁ、俺も早く帰ってみんなと騒ぎたいな、と思ってね」



実に単純な事だった。

今まで当たり前のように住んでいたレイフの森。

これまで、そこから長時間離れる事がなかった為、気づけなかっただけの事。


記憶の無い俺にとっては、生まれ故郷や実家がどこにあるかは分からない。

そんな、俺がホームシックにかかるというのはつまり…



(俺はあの場所を、レイフの森を、はっきりと帰る場所だと認識しているって事だよな…)




――たったそれだけの事が、俺にはなんだか非常に嬉しく思えた。







今回の話と章のタイトルなど見直すかもしれませんが、一応130話で一区切りになります。

次話から新展開となりますが、新章とするかは少し考えたいと思います。

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