第129話 羅刹の歴史と…、婚約?
――――羅刹城・表御殿
「それではこれより、荒神、羅刹間の和議を執り行います。戦の直後という状況と、荒神側の王である獣王グラントゥースが不在という事から、本日の協議は略式となりますが、ここで取り決めた規約については、正式な和議までは効力を持つ事となります」
各国の代表として、タイガと月光が中心となり和議は執り行われる。
月光が言うように、キバ様はこの協議には参加していない。というか既にこの地に居ないのだ。
各領地の境界に張られた結界。その効果の範囲内に居るうちは、キバ様の安全が保障されるとは言い難い為の措置である。
和議までの準備期間の間に、キバ様は荒神に強制送還されたのであった。
まあ、当然と言えば当然の措置だ。あの状態で刺客にでも狙われたら、いくら魔王と言えども死ぬ可能性が濃厚である。
幸い、既にキバ様は結界の効果範囲を抜けたらしく、ピンピンしているとの事なので、その心配は無くなっていたのだが。
協議は順調に進んでいる。
あらかじめ、月光とタイガで意見をすり合わせていたのだろう。
特に食い違いなども発生していない。
今回の協議の大まかな内容は、不戦協定、国交に関する取り決めなどである。
法の存在しない魔界において、協定にどこまでの効力があるのか不明であったが、タイガの話を聞く限りは問題なさそうだ。
俺も一応国の幹部として何個か当たり障りのない案を出しておいた。
ほとんどが平和条約やら安保条約の真似事であったが、下手に色々盛り込むよりはマシだろう。
(しかし、まあこの手の会議は本当に退屈だなぁ…。いや、俺も幹部ではあるんだけど、レイフの森の事なら兎も角、荒神の事までは正直口出ししたくないし…)
眠りこそしないが、話の内容があまり頭に入ってこない。
まあ、タイガがその辺はしっかりまとめてくれる筈だし、問題は無いか…
「……それで宜しいのですね?」
「ええ、問題ありません」
「…では、は最後に…」
お、やっと終わるのか。
略式といっても、何だかんだ時間がかかったな…
「我が国の左大将と、羅刹の首領である紅姫様の婚約を以て、講和の証としたいと思う!」
「…姫様がそう望むのであれば、こちらも異論は無い」
…………………え、ごめんなさい、聞いてませんでした。
あの…、今なんて?
◇
先日、影華の件について散々礼を言われた後、紅姫は羅刹の歴史、人族の歩み、自らの存在について語ってくれた。
羅刹の起源は、1000年以上前、鬼族の誕生からだと伝えられている。
元々鬼族は、不死族と共存していた人族から生まれた存在らしい。
生まれた、といっても不死族との混血では無く、ある日を境に人族の中に角を持つ者が現れるようになった、という話だ。
何故そんな者が現れるようになったのか、その原因は今も不明とされている。
しかし、それは多くの人族にとって希望となった。
何故ならば、角を持つ人族は、他の人族とは違い身体能力が高く、精霊を宿す事も出来たからだ。
ただ、角を得た人族は全体の2割にも満たなかった。それでは種の存続など到底叶わない。
そこで、角を得られなかった人族は、角を得た人族と交わるという方法を試みた。
結果は成功であった。生まれた子供は、しっかりと精霊を宿していたのである。
人族の方針はそれで決まった。
次の世代、また次の世代と鬼の血を薄めていき、行く行くは純粋な人族として種の復活を果たすという夢を掲げたのだ。
その歴史こそが、羅刹の歴史そのものである。
そして、その象徴こそが紅という少女であると。
彼らはそんな事を、1000年以上前から繰り返していたのだと言う。
なんとも気の遠くなるような話だ。きっとその歴史は障害の連続だった筈だ。
今まで家畜のように扱われてきた人族が、それだけの事で他の種族からの扱いが変わるとは思えない。
まず間違いなく、彼らの歴史は血と戦で彩られているだろう。そして、多くの命を散らしてきたに違いない。
いくら精霊が扱えるようになり、身体能力が上がったと言っても、他の亜人種達に対して、すぐに対抗出来るようになったとは思えないからだ。
そもそもの基本スペックが違う以上、その差を埋めるにはかなりの努力と工夫が必要になる。
しかも数的にも負けているとなれば、種族間の闘争は計り知れない苦戦を強いられた筈だ。
……まあ、そうは言っても、こうして歴史が続いていたこと自体は不思議に思っていない。人族のしぶとさは十分に承知している。俺の記憶に残る新人類の歴史は、約20万年以上にも上るのだから。
さて、そんな現実逃避をしても状況が変わったワケでは無い。
和議は閉会したが、俺はその場に固まったままであった。
スイセンとリンカに横から揺さぶられているが、されるがままクラクラと頭を振っている。
「ギュプッ」
そんな俺の頭に対し、急に翡翠が飛びついて、そのままガブリと噛り付いた。
「痛い!?」
いや、結構食い込んだぞ今!? 怪我自体はすぐに治るとは思うが、毛根ってどうなんだ!?
一瞬にして血の気が引いたが、そのお陰か少し落ち着きを取り戻した気がする。
既に周りには俺と翡翠、そしてリンカ、スイセン、ヒナゲシの5人しか居なくなっていた。
「トーヤ様」
そして左手、上座にあたる位置に、紅姫は変わらず鎮座していた。
「…紅姫様、正直、自分にはどうしてこのような状況になったのか、理解が追い付いていないのですが…」
いや、落ち着いた事で理解出来ている部分もある。
元々、講和の証として息子や娘を養子に出したり、嫁がせたりなんて話は昔からあるものだ。
俺が選ばれた件も、まあ先日聞いた羅刹の歴史から考えれば、一応の理由にはなるだろう。
しかしだ、普通その場合もっと別の人物が対象になるものでは無いだろうか?
いくら人族の再興を目指すにしても、これまで積み上げてきた歴史に、どこの馬の骨ともわからぬ俺の血を加える必要も無いように思う。
仮にあるとしても、直系の紅姫である必要は無い筈だ。
第一、国の首領が、別の国の幹部如きと婚約なんてこと自体信じられない。むしろ、魔王の息子であるタイガの方が適任じゃないか?
「それについては、これから説明させて頂きます。実は、先日の時点では語れなかったことが有ります」
先日の時点では…、それは、和睦が成立する前には出したくなかった情報、ということか?
「先日説明させて頂いた通り、羅刹の悲願は人族の再興にあります。その為に、我々は長い歴史の中で親族との交配を行い、徐々に鬼の血を薄めていったのです。ですが、それもここ数年でかなり困難な状況に陥っていました」
「困難な状況…」
親族との交配、という言葉でなんとなく想像が出来てしまった。
「始祖たる人族、その当代の後継者は私と、影華のみとなってしまったのです。他の者は全て…、病や寿命で亡くなりました」
近親交配における弊害、か…
当然と言えば当然なのだが、近親交配を繰り返せば先天性の病気や障害が起きやすくなる。
それは、この魔界という過酷な環境では寿命に直結する大きな要因になるだろう。
きっと彼らも、それを理解した上でなるべく血縁の遠い者同士で交配を進めてきたのであろうが、全てが上手くいったとは思えない。
何故ならば、生まれてくる子の性別が、必ずしも望む組み合わせにはならないからだ。
どうしても遠縁で番を用意できなければ、血縁が近い者同士での交配もせざるを得なかったのだろう。
しかも、影華のように鬼の血が濃くなるケースもあった筈だ。よくよく考えてみれば課題だらけの取り組みである事が理解できた。
「正確には私と影華の母は存命しています。ですが、母は母体としては年齢的に持たないでしょう。そもそも生きているのが不思議なくらいですので…。ですから、我々に残された道は、鬼の血を濃くしてでも子孫を残すしかなかったのです」
「…そこに、純粋な人族と思われる自分が現れた、と」
そういう事であれば、確かに納得してしまうな…
このままでは、羅刹の悲願が遠のくか、無に帰すかしてしまうのだから、どこの馬の骨だとかを言ってる場合では無いのだろう。
「ええ、ですので、トーヤ様。私に、どうかトーヤ様の種を授けて頂けますでしょうか」
な、生々しい言い方はよして頂けないでしょうか…
スイセンとリンカは複雑そうな顔をしている。事情が事情なので何も言ってこないが、明らかに不機嫌そうである。
「じ、事情は分かりました…。講和の証、という事ですし、婚約の件も、まあ問題は…、多分ありません。ですが、今は正直心の準備が出来ていませんし、出来ればお時間を頂きたいと、思います。宜しいでしょうか?」
なんとかひねり出した回答がコレだ。
我ながら酷い言い回しだと思う。
「もちろん、こちらからの無理な申し出となりますので、急かすような事は致しません。ただ、私の寿命もどこまで持つか分かりませんので、その兆候が表れればそれを覆す事になるかもしれませんが…」
まあ、それを発端とした問題でもあるので、そこは仕方ないかもしれないが…
「…紅姫様、失礼ですが、ご年齢はおいくつでしょうか?」
「今年で14になります。既に元服も済ませ、初潮も迎えております。私の方は、既に身も心も受け入れる準備は済ませておりますので、トーヤ様のお心が決まりましたら…、どうか宜しくお願いいたします」
そう言うと、紅姫は先日と同様、深々と土下座の姿勢を取る。
だから生々しいってば!!!
そんな内容で土下座とかされたら何も言えないだろ!!!!
そんな事を心で叫びながら、俺は生返事しかする事ができなかった。
ああ…、前途多難だ…




