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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第3章 羅刹の鬼達
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第128話 姉妹

前話のタイトルを変更しました。

内容には変更ありません。




人族は、今から約1500年前に絶滅したと言われている。

原因は様々だが、最も大きなものを挙げるとすれば体質、というか特徴になるだろう。

人族が種族的に他のどの種族にも劣っていた最大の要因、それは精霊を宿していない事であった。


自身に精霊が宿っていないというのは、この魔界において非常に不都合が多い。


まず第一に、意思の疎通が出来ない事が挙げられる。

精霊を宿さない人族は、精霊による意思伝達を行う事が出来ず、自らの意思を伝える事も、聞き取る事も出来なかったのだ。

これは他の種族より下に見られる最大の要因であった。

言葉が通じないという事が原因で家畜扱いを受けたり、他の種の苗床にされたり、食用にされたりと散々な記録が残っている。


もう一つは、魔力を扱えない事である。これもかなりのデメリットだ。

魔力は、戦闘だけでなく、料理や製造といった生活に関わるものにまで利用されている。

身体能力を強化する内精法、外部精霊を使役する魔法、外精法にも使用されるなど、使用例を挙げると枚挙にいとまがない程だ。

その優れたエネルギーである魔力の正体とは、実は精霊の生命エネルギーのようなものだったりする。

つまり、魔界のあらゆる生物が使用している魔力は、実際は宿している精霊の魔力を用いているという事になるのだ。

これは身体能力の劣る種族が、他の身体能力に勝る種族を凌駕しうる要素にもなるのだが、人族にはそれすらも無かった。


これだけで、魔界が如何に人族にとって息苦しい環境であったか良くわかる。

絶滅したと言われれば、ほとんどの者は疑う事すらしないだろう。


しかし、原因が存在するという事は、その対策さえ立てる事が出来れば、状況は改善できるという事でもある。

その実例が、精霊を宿している俺であり、目の前の少女なのかもしれない。





「まさか…、トーヤ殿と同じ、人族…?」



俺やヒナゲシ、翡翠を除いた全員、あのイオまでもが驚いた表情で固まっている。



「…いえ、僅かですが、鬼族の血が混じっています」



そう言うと、紅姫は前髪をたくし上げ、額を露わにする。

そこには、薄らとだが、瘤のように皮膚が膨れている箇所があった。



「角、ですか」



「ええ、これは純粋な人族には現われないものです」



前髪を元に戻す紅姫。

そして隣に座る影華に目を向ける。

影華の容貌は、紅姫と瓜二つと言っていい。額にある角の存在を除けば、だが。



「影華は私の双子の妹です。しかし、この通りこの娘は鬼の血が濃く現れている。故に、影としてのみ存在を許され、使い捨ての駒のように扱われていました」



紅姫が手を床に付け、深々と頭を下げる。所謂、土下座の姿勢だ。



「姫様!?」



「影華、貴方も私に倣いなさい」



「しかし…!、…いえ、承知、致しました」



そして影華、月光までもが土下座を始める。



「ちょ、ちょっと!? なんで土下座なんかを…」



同じ領内とはいえ、一国の主に土下座されるとか、恐れ多くて気が遠のくレベルである。

しかも、和議が行われていない以上、一応は敵国なのである。

世が世なら、俺は間違いなくこの後死ぬだろう。



「この度、我々羅刹の刺客として、この影華がトーヤ様の命を脅かした事、深くお詫び申し上げます」



「いやいや、それこそ戦時中の事ですよ? 命の奪い合いしてるんだから、別に影華さんの行いに非は無い筈ですよ!?」



「いえ、本来であれば必要のない襲撃だったのです。こちらの非は明らかでしょう」



いや、それは結果論だからね?

俺が同じ立場でも、必要であれば襲撃の指示は出してたと思うよ? 多分…



「…それを言い出すと、偽の襲撃を見抜けなかったウチにも非が…。いえ、わかりました。謝罪は受け入れます。ですから、どうかもう頭を上げて頂けませんか? 正直、こういうの慣れてなくて…。細かい話は、明日の和議で話しましょう」



「…有難うございます。ですがもう一つだけ、この場をお借りしてお礼をさせて下さい。…影華を、救って頂き、まことに感謝致します」



「っ!? 姫様! お止め下さい! 私の為に頭を下げるなど、許されぬ事です!」



それまで紅姫と同様、土下座の姿勢だった影華が、慌てて起き上がり紅姫の土下座を止めにかかる。

しかし、直前で紅姫に睨みつけられ、影華は動きを停止せざるを得なかった。



「…私は立場上、公の場でこの娘の事を思いやるような言葉を吐けません。掟で縛られているのです。…ですが、この娘が私の妹である事は紛れもない事実なのです。だから、どんな作戦の後も、影華が無事で帰ってくる度に、心の底では安堵していたのです」



「姫、様…」



「しかし、今回ばかりは諦めかけていました。魔王の幹部が集まる野営地への襲撃など、成功する筈がない…。そんな愚かな真似許すわけがなかったというのに…」



今回の戦については、粗方調査は終わっており、その内容は先日の内に月光より説明を受けていた。

影華は、本来偵察任務しか与えられていなかった筈だが、蛭柄や涅槃により命令を捻じ曲げられて伝えられていたらしい。

それがどうしたとリンカは憤慨していたが、そういう意味では影華も立派な被害者である。



「私が影華の事を諦めかけていたその時、月光から捕虜返還の話を聞いたのです」



この月光という青い鬼族は、実はタイガと古くからの馴染みだったらしい。その伝手を使って、今回の件を紅姫に直接伝えたのだ。

まだ気性が荒く、亜人領内を旅して周っていた頃のタイガと出会った月光は、とりあえず喧嘩をしたのだとか。

そしてお互いの実力を認め合った二人は、気の合う仲間として交流を持つようになったそうだ。

なんだか昔の不良漫画のような話である。それにしても、あのタイガと実力を認め合ったという事は、この月光という男、相当に強いんじゃ…



「私は是も非も無く、その話を受け入れました。そして、本当に影華が生きていると知った時、公の場であるにも関わらず、感情を押し殺せぬ程に歓喜致しました」



確かに、あの時の紅姫様は結構取り乱していた気がする。

俺は魔力の波長から、なんとなく事情を予測していたけど、ただの臣下に対する反応にしては過剰と言える反応だったように思える。



「ですから、せめてこの場だけでも、私に感謝の意を表わさせてください…」



影華を殺そうとする翡翠を止めたのは、もちろん考えが有った為である。

感じていた違和感の正体を突き止めたい気持ちもあったし、捕虜としての使い道についても考えていた。

だから、これは打算であり、正直感謝されるのは憚られる思いだった。


でも、俺はあえてその事は口に出さなかった。

姫としてでは無く、紅という一人の少女が、妹の無事を嬉しく思う。

そんな気持ちを吐露する機会に、わざわざケチを付けたくなかったから――




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