第127話 紅姫の秘密
――――羅刹城・表御殿
俺と近衛兵、そして翡翠とヒナゲシは、紅姫と向かい合うようにして座っている。
紅姫の側には、月光と呼ばれていた青い鬼と影華が座っている。
「まずはこちらの無理な要求に応じていただき、感謝申し上げます。トーヤ様は体のお加減は如何でしょうか?」
「ええ、それならもう問題ありません。それよりも、こちらこそ慌ただしくして本当に申し訳ありませんでした…」
慌ただしくした、というのは今朝の珍事の事である。
残念な事に、先程の一件は俺の思惑を外れて、それなりの騒動になってしまったのだ。
「す、すみません。私が取り乱したりなければ…」
恐縮そうに謝るスイセン。
しかし、スイセンは動転して逃げ出しただけである。
「いや、スイセンは悪くないよ」
「そ、そうだ! 悪いのはトーヤ殿と翡翠だろう!」
少し顔を赤くしながらリンカが訴えるが、ライが首を振ってそれを否定する。
「まあ、誤解させたのは悪いと思うけど、リンカさんも暴れ過ぎだと思うな…」
「ぐぬ…、すまん…」
そんなやり取りを尻目に、翡翠はコロコロと転がりながら適当に話を聞いている。当事者の一人である筈なのに、我関せずといった感じで。
俺の視線を感じたのか、翡翠がこちらを向く。
「キュ?」
ず、ずるい、ずるいぞぞ翡翠…。さっきまで普通に喋っていたくせに!!!
――時は少し遡り、数刻前の事。
ライに続いて現れたのは、リンカだった。
「トーヤ殿!? 今、スイセンがすごい勢いで飛び出して…!?」
リンカは俺を見るなり、その表情を凍らせた。
そして、その目が段々と座っていくのを見て、俺の血の気も引いていく。
「…トーヤ殿、貴殿は、何をやっているのだ?」
「リ、リンカ、落ち着いてくれ! 君は何か誤解をしている! 俺はただ、自分の服を探しているだけなんだ!」
「誤解…、だと? そのような不埒な事をしながら、何を誤解だと…?」
「ふ、不埒って、別に、何…も…!?」
俺には本当にやましい気持ちなんてなかった。
ただ、純粋に服を探していただけだったのだ。
しかし、今の俺の姿を客観的に見てどう思うか、それに気づいてしまった。
「トーヤったら大胆よね。しかも、このままの姿でなんて、少し変態だわ…♪」
どうやら、翡翠の方はとっくに気づいていたらしい。
もしかしたら、さっきの嬌声みたいなのものを上げた時から…?
俺は全裸である。そして、先程身を隠すために抱き寄せたのは翡翠である。
手近に隠せるものがそれしかなかったので、正直仕方ないと思うんだが、よくよく考えるとこの構図は非常にマズイ。
なにせ、俺は今、翡翠に対して自分の股間を押し付けるような体制なのだ。
これがぬいぐるみなどであれば、まだ可愛げがあるかもしれないが、残念ながら翡翠は生物である。これではまるで変態だ…
しかも、翡翠は古龍族という種族であり、人間の姿になれば年端もいかぬ少女なのだ。世が世なら、あらゆる方面からアウトである。
「こ、こここ、これは、別に、その、そういう意味じゃ…」
いかん、言い訳も思いつかない。
俺にやましい気持ちは一切無いが、正直に説明しても何の解決にもならないのだ。
何せ、事実として俺は翡翠と全裸で寝ていたわけだし、慌てていたからと言って股間のモノを翡翠に押し付けて良いわけが無いのだ。
「スイセンにこの様なモノを見せつけるとは…。トーヤ殿は父様達とは違うと思っていたが、買い被りだったか!」
「ちょ!? それは本当に誤解だぞ!? スイセンはただ俺の裸を…」
「問答無用! 去勢してやるからそこになおれ!」
「うお!?」
振り下ろされた爪撃を寸でで躱す。
「チッ! 大人しくしろ!」
さらなる追撃が俺を襲う。
ほ、本気かよ!?
最早なりふり構ってはおれず、俺は全力でその場から逃げ出した。
もちろん全裸で。
お陰で俺の裸体は、現状まだ敵であるはずの羅刹の鬼達に見事に晒される事になる。
威厳も何もあったものでは無かった…
「まあ、何事も無くて良かったです」
「本当にご迷惑をおかけしました…。羅刹の皆様にお助け頂かなければ、今頃は…」
羅刹の鬼達がリンカを止めなければ、俺は宦官に転職する事になっていたかもしれない。
客人とはいえ、一応は敵将の俺を庇ってくれた羅刹の鬼達に、俺は既に心を許しかけていた。
「いえ、それはこちらの都合もありましたので…」
まあ、それはそうだろうな。自分の城で刃傷沙汰など起こされてはたまったものじゃないだろうし。
あ、刃傷沙汰で思い出した。
「所で、城内に残っていた不死族はどうなりました?」
「お陰様で、城住まいの者については全て確認を取れました。ミカゲ様は現在、城下町の方も見回ってくれるという事で、影達の案内で外に出ています。これで羅刹の被害は最小限に食い止められましょう。本当に荒神の方々には感謝してもしきれません。ですので、先程の騒動のような些細の事は本当にお気になさらずに」
ふむふむ。これで一応アルベールの目や耳のような奴らは一掃できたかな?
タイガが申し出た人材の貸与。
その対象になったのが俺とミカゲである。
ミカゲは不死族とエルフの混血種である為か、不死族を見分ける術が有る。
正確には生者を感知する事が可能な能力らしいのだが、その能力に引っかからないのに存在している、というのを判断基準とするのだ。
これを利用し、城内の人間をざっと確認した所、案の定数名の不死族を確認する事が出来た。
なんとも便利な能力である。是非部下にとスカウトしたい所だが、ミカゲはルーベルト部下である為、勧誘は難しい。それなりの重用しているようなので、譲るとも思えない。残念だ。
それにしても、あのアルベールとか言う吸血鬼。
完全に手を引いたと見せかけて、しっかり監視を残していく辺り中々に小賢しいなぁ…
ちなみに、何故俺まで貸与の対象となったのかは不明である。
いや、なんとなく察しはつくのだが、正直確証は無かった。
はっきり言って嫌な予感しかしなかったので、怪我を理由に断ろうとしたのだが、タイガに強引に押し切られてしまい、今に至る。和睦を前提にしているとはいえ、ここはまだ敵国なんだけどなぁ…
「役に立てたのであれば良かったです。それで、紅姫様。こうして我々を集めたという事は…」
「はい。我々が何故トーヤ様を力をお借りしたいか、その事情に付いてお話させて頂きます」
改まって礼をする紅姫。
一国の主が頭を下げるなど、ただ事ではない。
俺にはなんとなく事情が読めていたが、他の者達には緊張が走…らないな。
リンカやスイセン、ライ辺りは緊張したようだが、イオも翡翠もヒナゲシも、その辺の事には非常に無頓着である。
「既にトーヤ様はお気づきかもしれませんが、まずは私の素顔を確認して頂きましょう」
紅姫はそう言うと、自らの鬼面を外した。
現れた素顔は、影華と瓜二つな容貌。他の鬼族達とは明らかに異なる顔立ち。
それは、人の、人族の顔のように見えた。