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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第3章 羅刹の鬼達
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第126話 人を堕落させる危険物?




あれから、和議については一旦お開きとなった。

臣下、それも重要な文官を同時に二人も失った羅刹側の被害は大きく、あのまま協議を続けるのは酷だろうと、こちらから提案したのだ。

羅刹側にとっては願ってもいない申し出であり、誰も異論を挟むことなく、その提案は通った。

タイガは更に、色々と手が必要だろうと、残りの捕虜4人についてもその場で解放し、人材の貸与まで願い出た。

流石にへりくだり過ぎじゃないかとも思ったが、タイガからしてみれば和睦は何としてでも成立させたかったのだろう。

売れる恩は可能な限り売るつもりらしかった。


ともあれ、俺の体調も万全では無い。むしろ今までで最も悪いと言える状態なのだ。

正直、俺にとっても和議の延期はありがたい事であった。

まずは戻って、ゆっくり休みたい…





――二日後。



窓から差し込む光を感じ取り、俺は目覚めた。

寝覚めは良い方であり、俺はすぐに覚醒したのだが、暖かい布団の魔力に抗えず身をよじる。



ピトリ



寝返りをうった際、肌にしっとりとした滑らかな感触を感じる。

驚きはしない。今となっては慣れ親しんだ感触である。

いつも通りであれば、その触り心地の良さからついつい手が伸び、抱き枕のようにしてしまうのだが…



「翡翠」



「キュ?」



「…いや、普通に喋れるんだろ? もう『繋がり』でなんとなく言いたいこと分かるけどさ」



「…なんだよ、つまらないな~。普段通りギュッと抱きしめてくれても良いじゃないか」



そんな事を言われてもな…

正直な所、俺はこの翡翠を、今後どう扱って良いものか悩んでいた。


布団の中でゴロゴロと丸まっている子龍。彼女が見せたもう一つの姿については、鮮明に記憶に残っている。

あの時の俺は、生きているのが不思議なくらいの状態だった筈なのに、彼女の容姿については細部に至るまではっきりと思い出すことが出来る。

それ程の衝撃を受けたのだ。


金髪に純白の肌、美しいエメラルドグリーンの瞳に整った顔立ち。

その美しい容姿が俺に強い印象を与えた事は否定しないが、それは俺が衝撃を受けた直接的原因ではない。

もっと根本的な見た目にあるのだ。



「…どっちが本当の姿なんだ?」



「ん、どっちかと言うとこっちが仮かな。正確には、人の形態も龍の形態もどっちも本物なんだだけどね。龍の形態の方は本当はもう少し大きいから」



「あの人型の姿も本物なのか…」



「あ、やっぱり気になる? まあそうだよね。古龍族の人形態って、人族の見た目とほぼ変わらないし」



そうなのだ。

彼女の見た目、その特徴は俺が良く知る人間そのものであった。

獣人族のように、何らかの獣の尻尾や毛皮も無く、エルフやゴブリンのように特徴的な耳をしているワケでもない。

オークのように下の牙が発達していたり、トロールのように肌が緑でもない。

髪の色や性別を除けば、俺と同じ特徴しか持っていなかったのだ。



「でも、残念だけど見た目に関しては特別な理由があるワケじゃないよ? 見た目を定着させたのは僕の親に当たる龍なんだけど、種族的な特徴を出したくなかったっていうのが理由らしいから」



「そうか…」



もしかしたら、元は人間なのか? と思ったのだが、どうやらそうでは無いらしい。



「力になれなくてゴメンね?」



「あ、いや、別に人族の手がかりを探したかったとかじゃないんだ」



「あれ? そうなんだ?」



そう。別に今更人族の生き残りを探そうだとかを考えているワケではないのだ。

ただ、もし人族が変質したのだとしたら、俺もいずれは? と思っただけである。


そもそも俺は、人族が絶滅しているというのには、少し疑問を持っていた。

絶滅認定なんていうのは、後々覆る事もある上に、確証は無かったりするからだ。

絶滅の原因についても、環境の変化だったり、密漁だったりと様々だが、それを免れるケースもある。

現に俺という個体は存在しているワケだしね。

それに、そう思わせる手がかりも、今回の件で手に入れていた。



「あ、お目覚めですかトーヤ様…、って翡翠さん! 何をやっているんですか!」



気配で俺の目覚めに気付いたのか、スイセンが襖を開けて中を覗き込む。

しかし、その視界に翡翠を確認した為か、控えめに開けられた襖は一気に開閉され、ズカズカとスイセンが部屋に入ってきた。



「何って、いつも通り(・・・・・・)トーヤと一緒に寝ているんだけど?」



「いつも通りって…、それはそうでしょうけど! 貴方、女の子なんでしょう!?」



「ん~? それが何か問題あるかな?」



ニヤニヤ、と龍の形態だというのに悪意を感じさせる笑みを作る翡翠。

明らかな挑発である。



「ちょっ、二人とも落ち着いてくれ! なんでそんなに喧嘩腰なんだ!?」



ヒートアップする二人を慌てて宥める。

しかし、スイセンは止まらず、その手が布団に掴みかかる。



「トーヤ様も怪我はもう治っているのでしょう!? であればいつも通り(・・・・・)朝の稽古に付き合って下さい!」



「ま、待つんだスイセン! 落ち着いてその手を放してくれ!」



その間もグイグイと引っ張られる布団。

普段の落ち着いたスイセンからは考えられないアグレッシブさである。

…いや、そもそも俺が勝手に落ち着いた女性という認識をしていただけであって、本来のスイセンは結構お転婆なのかもしれない。

ここ最近の言動や、トウジ将軍とのやり取りを見ていると、そんな気がしてならないのだ。

それによってスイセンの評価が変わるなんて事は無いのだが…って今はそれどころではない! 何せこのままじゃ…



「待ちません! 大体にこの布団という布は危険です! これは人を堕落させます!」



その瞬間、布団を引っ張る力が倍以上に増す。

寝ころんだままの俺では抵抗しきれず、布団は見事に剥ぎ取られてしまった。



「さあ…って、キャァァァァァァーーー!!!」



スイセンが布団を剥ぎ取ったままの姿で俺を凝視し、叫びをあげる。

ひんやりとした空気に俺の裸体(・・)が晒され、思わず身震いした俺は手近なモノで前を隠した。



「あん♪」



あん♪ じゃないからね!?

抱き寄せた翡翠が嬌声じみた声を上げるが、スイセンはそれどころでは無いらしく、部屋から飛び出して行ってしまう。

ああ、これ、後で顔を合わせづらいなぁ…



「どうしたのトーヤ? 今スイセンさんが…って、そういう事か」



スイセンと入れ替わるようにして現れたライが、質問しつつもすぐに納得したような顔をしている。

それはいいから、一先ず襖を閉めて貰えないかな…?



騒ぎを聞きつけ、徐々に人が集まるのを感じ、俺は慌てて衣服を探す。

こんな姿を目撃されたら、どんな噂が立つか分かったもんじゃない。

いくら客人として招かれているとはいえ、俺は先日まで戦っていた敵軍の将である。

悪意のある噂が流れる可能性も否定できない。そうなると姫やその臣下からの印象も悪くなってしまう…




そう、俺が今いる部屋は羅刹城の客間なのである。

あの騒動の後、俺は何故かこの城に留まる事になっていた…




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