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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第3章 羅刹の鬼達
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第124話 紅と影





「…一応はようこそ、と言っておきましょう、荒神の方々。私は(べ二)。羅刹城の主にして、全ての鬼を統べる者です」



影華と同様鬼の、般若の面を付けた少女は、自らを(べに)と名乗った。

面を付けているので少女だという確証は無いが、煌びやかな和服と小柄な体格、そして幼さの残る声色から想像するに間違ってはいないだろう。

というか、これで中身は渋いおっさんとかであれば完全に詐欺だ…



「お初にお目にかかります。紅姫様。私は荒神の右大将、タイガと申します。以後、お見知りおきを」



俺と共に先頭に立っていたタイガが恭しく礼をする。

少し焦ったが、俺もそれに倣うように礼をして名乗る。



「同じくお初にお目にかかります。私は荒神の左大将、トーヤと申します。以後、お見知りおきを」



「ふむ…。タイガ殿は有名故、存じていましたが、其方が報告にあったトーヤ殿ですか…。随分と体調が悪そうですが、大丈夫ですか?」



後ろに控えていたスイセン、ライ、リンカから怒気を孕んだ魔力が発せられる。

それを感じ取ったのか、紅姫の周りに控える鬼達が身構えた。



「抑えてくれライ。スイセンもリンカも、落ち着くんだ」



「しかし、どの口が…」



「リンカ」



「…っ」



リンカは唇を噛むようにして発言を抑え込む。

彼女達の怒りが俺を思っての事だと理解している為、俺も強くは言えない。

しかし、『繋がり』を持つリンカ達は、俺が多くを語らずとも察してくれたようだ。



「涅槃達も抑えて下さい。気を悪くしたのであれば申し訳ありません、トーヤ殿。決して他意があったわけでは無いのです」



「いえ、こちらこそ失礼致しました」



紅姫も臣下達に抑えるように制しながら非を詫びる。

非だと思っているかはわからないが、アンナの能力を『繋がり』から経験した事のある俺には、それが嘘では無いとなんとなく感じ取ることが出来た。



「荒神の方々、どうかお座りください。本日は和睦の為に参られたのでしょう。であれば構える必要も無いでしょう。腰を据えて、じっくりと話そうではありませんか」



その言葉に反応して紅姫の臣下も腰を下ろす。

これに倣わなければ敵意を持っていると感じ取られてしまう為、従わざるを得ない。

中々に上手いやり方だ。


俺達は一礼して、腰を下ろす。

これは畳…、とは少し違うが同じ系統のものか。

衣服といい武器といい、この羅刹は日本を感じさせるものが多い。

荒神にも漢字や食べ物など、日本の文化があちこちに見られるが、この羅刹はその比では無い。

城にしても他の建物にしても、明治以前を彷彿とさせる文化があちこちに見られた。



「さて、タイガ殿。和睦の意思がある、との事でしたが、まことでしょうか?」



「はい、紅姫様。我々荒神は、和睦を望んでおります」



「嘘に決まっている! 自分達から仕掛けてきておいて、どの口がほざくか!」



「控えなさい涅槃」



今にも飛び出しそうな男を、紅姫が一言で抑え込む。

涅槃と呼ばれた男は、まだ何か言いたそうな雰囲気だったが、紅姫には逆らえないようだ。



「紅姫様、本日はその事に付いても確認をさせて頂きたく、和議の場をこちらに指定させて貰いました」



「確認、ですか…。随分と勝手な物言いですね。臣下の事は抑えましたが、私の気持ちも彼らと大差ありません。事と次第によっては、其方らをこのまま帰せなくなるかもしれませんよ?」



声色には一切変化がないが、これは明らかな脅しである。

戦況から考えれば、明らかに不利な状況である羅刹側からのまさかの脅しに、むしろあちらの臣下が少し狼狽えている。


まあでも、これは本気で言っているワケでは無いだろうな…。

そもそも、紅姫に最初からその気が有れば、もっと簡単に俺達を罠に嵌めることが出来たはずである。

わざわざ俺達を警戒させるような発言をする必要は無いし、主である紅姫本人が姿を現す危険を冒す必要も無かっただろう。

影武者の可能性ももちろんあるが、あの紅姫から感じる気配からその線も無いと思われた。


では、何故わざわざこの様な事をわざわざ口に出したかというと、それはこれから行う和睦の交渉を少しでも有利に進める為であろう。

和睦とは言っても、やっぱり戦いは良くないよ、もうお互いに戦闘は止めよう! うん、わかった…などと綺麗に終わるワケでは無い。

当然、手打ちとなる条件や、今後の協定などについては、しっかりと決める必要がある。

その交渉について紅姫は、自分達が不利な状況にある事を十分に承知しているのだろう。だからと言って、簡単に不利な条件を呑むわけにはいかない。

つまりこれは、俺達に向ける刃はまだ残っているぞ、という紅姫の意志表示なのだ。不利な条件を出せば、こちらはその刃を振るう心構えがある、と。

一歩間違えば敵対意思あり、と捉えられてもおかしくない発言だが、中々に肝の据わったお姫様だ。流石に自ら全ての鬼を統べる者、などと名乗るだけはある。



「いいでしょう、そちらがその気であれば私は一向にかま…」



「うおぉぉぉぉいっ! イオ、頼むから少し黙ってて!」



交渉相手のしたたかさに感心していると、ウチの猪突猛進娘がとんでもない事を言いそうになる。

これだから、連れて行きたくなかったんだよ!!


当初、この場にイオ、そしてリンカは連れて行く気は無かったのだ。

はっきり言って、この二人は交渉ごとにはまるで向いていない。イオは自由過ぎるし、リンカは感情的過ぎて、とても交渉の場に連れて行く気になれなかった。

同じ理由でトウジ将軍も今回の面子からは外されているというのに、この二人は意地でも行くと言って聞かなく、しかたなく同行を許したのだが、やはり失敗だった。



「失礼。少し直情的な部下がいまして。今の発言は聞かなかったことにして頂きたい」



「え、ええ。それは構いませんが」



余裕がありそうにしているタイガだが、少し口元がヒクついているのを俺は見逃さなかった。

ほらね! やっぱりやめておけば良かったんだよ!


実は、先程紅姫が言ったような事が無いとも言い切れ無いし、戦力はあるに越した事無い、等と言って彼女らを後押ししたのはタイガなのである。

落ち着いて見えるが、タイガはやはり武官寄りの考え方なのだった。



「…ありがとうございます。さて、まず初めにですが、我が父である獣王グラントゥースが、そちらの領地で暴れまわった件について、深くお詫びを申し上げます。…ただ、その件について、先日捕らえた者から妙な事を聞きまして…。それについて、少し確認をしたいのです」



「…妙な事、ですか。内容は気になりますが、その話とは信用が置けるものなのでしょうか? もし、我が臣下を拷問し、ありもせぬ事を語らせたのであれば…」



「その心配は御座いません、と言っても信用できないでしょうな。それは彼ら本人の口から聞くと良いでしょう。実は今回の件について、詫びも兼ねて捕らえた者達、つまり捕虜の返還をさせて頂こうと思っているのです」



「っ!? まさか、影華達は生きているのですか!?」



「ええ、こちらに。ボタン、布を」



ボタンさんはコクリと頷き、最後尾にいたローブのようなものに身を包んだ5人の背後に回る。

顔を隠すように深く被られた布を、ボタンさんは一人一人めくっていく。

そして最後の1人、般若面を被った女を確認すると、紅姫は大声でその名を呼び掛けた。



「影華っ!」



それまでの毅然とした態度とは打って変わり、感情をあらわにする紅姫。

ただの臣下に対して、やや過剰な反応にも思えるが、俺にはむしろ納得がいった。



「彼は優秀な戦士故、保険としてこの様に拘束させてもらっていますが、決して拷問にかけたりなどはしていませんのでご安心を」



紅姫は明らかに安心したような反応を示すが、すぐにそれは殺気に近い感情に変わる。



「…卑怯な。この様なやり方に屈する気は…」



「勘違いしないで頂きたい。先程も言った通り、彼らの返還は此度の件の詫びになります。例え和睦が成らずとも、彼らを返還する事は約束しましょう。この事は彼ら自身とも契約済です。その証拠、という訳ではありませんが、まずはこの者をお返ししましょう」



ボタンはそのまま影華を立たせ、足の拘束を解くと前に歩かせる。



「っ! ま、待ちなさい! 面を、面を取って下さい」



ゆっくりと前に進む影華を、紅姫が慌てて制止する。

影華は紅姫と同様、般若面をつけている。偽物を警戒するのは当然の事だろう。



「成程。確かに。ボタン、外してやれ」



再びコクリと頷き、影華の面を外す。



「影華…、本当に、影華なの…?」



「…はい、姫様。ご心配をおかけしました」



「…っ! 早く、こちらへ戻って、きなさい…」



これまで俺達には絶対に見せなかった柔らかな表情を浮かべ、影華は歩み出す。



「はい、姫さ…!?」



そして、それを阻むように、凄まじい速度で放たれた刃が、影華の頭を捉えた。

一瞬、何が起きたかわからず停止する紅姫。

しかし、視界の端ではその凶刃を放った者の姿をしっかりと捉えていた。



「…涅槃? 何を…?」



「姫様!信用してはなりませぬぞ! 影華は荒神の将を狙ったのです! 失敗したのであれば、生きている筈がない! あれは偽物です!」



「将を狙った!? どういう事です!? いえ、それよりも…、影華!」



紅姫は臣下の偽物、という発言には一切反応しなかった。

恐らくは、彼女が本物であることを確信していたのかもしれない。そしてそれは正しい。



「…姫様。問題ありません。防いでいます」



放たれた凶刃、薙刀のような形状の槍は、影華の鼻先に触れる寸前で停止していた。

影華が、自らの手で掴み取り、防いだのである。腕の拘束など、最初からされていなかったのだ。



「お前か、お前なのか、涅槃老…」




槍を投げた者、涅槃と呼ばれた老人。

その表情は先程までとは異なり、まるで感情を失ったかのように無表情となっていた。






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