第123話 和睦へ
少し短めです。
帰宅後に少し修正するかもしれません。
→加筆修正しました。
「聞けぇ!! 羅刹の鬼達よ! 我々はこれ以上の戦闘は望んでいない! 故に、こちらから攻め入る事は無いと宣言する!!」
早朝、防衛の為に身構えていた羅刹の鬼達は、戦場に響く大音量の口上に対し、大いに狼狽えていた。
先日まで羅刹軍は、友軍と共に敵を挟み込む事で圧倒的優位に立っていたのだが、敵の援軍により後方の友軍が崩壊したことで、その優位は完全に失われていた。
それまで高かった士気も大幅に下がっており、兵士一人一人の表情には疲労が色濃く滲んでいる。
なんとか兵士を奮い立たせようと、各将達は必死に活を入れているが、効果は薄い。
友軍が抜かれたという事は、敵陣に新たな戦力が加わり、物資などが補給されたという事である。
皆、それを理解しているからこそ、士気を落としているのだ。
手に届きそうだった勝利が遠ざかるというのは、精神的には相当堪えるものである。
鼓舞して回る将達も、一般の兵士がこの状況で気力を保っていられるとは、正直思っていなかった。
むしろ、自分達に活を入れる意味合いの方が強かったかもしれない…
羅刹の鬼達が先日まで戦況を有利に進められたのは、単純な戦力の差よりも士気の高さによる影響が大きかったのだ。
それが失われたこの状況で戦闘を行えば、恐らく凄まじい被害を出す事になる。
そんな彼らにとって、戦場に響くその口上は、酷く甘い囁きに聞こえるのであった。
◇
先頭にて、大声で口上を述べているトウジ将軍。
彼の声は良く通り、良く響く。
それを空術で補助し、大気との整合性を取り、指向性と与える事で、さらに強化しているのだ。
恐らくこの声は、敵陣の向こう、羅刹の城下町にすら届いているだろう。
「彼らは応じてくれるでしょうか?」
「なんの妨害も無ければ恐らく、ね」
俺を支えながら、不安そうに尋ねてくるスイセンに、俺は気楽に答えて返す。
これだけ大勢の者が聞いているのだ。
情報を操作する事は相当難しいだろうし、まず平気だろうと俺は考えている。
仮に相手がこちらの交渉に応じなかったとしても、敵陣の士気は著しく低下しているし、まともな戦闘にはならないだろう。
もう戦いたくないと思っている者達にとって、俺達の提案は魅力的に聞こえているだろうからな…
よく見ると、既に戦意を喪失している者もいるみたいだし。
「あ、トーヤ! 敵陣から一騎、こっちに向かって来るみたいだ」
「中々に反応が早いな。よし、こっちも準備を始めようか」
◇
――――羅刹城・表御殿
「馬鹿な!? 罠に決まっている!!!」
家臣の一人が声を張り上げる。
荒神の要求は和睦を前提とした会談。その和議をこの城で行う事だ。
現在、表御殿に集まった家臣は、これに応じるか応じないかで二つの派閥に分かれていた。
応じるべきでないと主張するのは、先程声を上げた家臣のように罠を警戒する文官寄りの者達である。
逆に応じるべきだと主張するのは、軍事や物資を管理する者達だ。
「涅槃殿の言う通り、罠の可能性が無いわけでは無い。しかし、これだけ有利な状況にありながら、敢えて和睦を求める理由がわからない」
軍事関係を管理する家臣からすれば、この状況は文字通り詰みだと思っている。
こちらの軍勢は、多くが民兵である。それに対し、敵はそのほとんどが正規の軍人なのだ。
正直、ここまで有利に戦えていたこと自体が不思議なくらいで、むしろ今の状況の方がしっくりくると言えた。
「わからないからこそ! そこに罠が隠されている可能性があるのだろう!」
「いや、このまま戦いを続ければ、羅刹は奴らの支配下に入る事になる。そうなった方が奴らにとって都合が良いんだ。普通、和睦など求めるだろうか?」
戦争に負け、支配下におかれた地域の者に待っているのは、隷属への道だ。
法や定めの無い魔界において、敗者の扱いは勝者の匙加減次第になってしまう。
その為、勝利側からすれば、敗北側の地域や人民は実に都合の良い存在となるのだ。
今もあちこちで侵略が行われるのは、ほとんどが街や村を支配下に置くことを目的にしている為である。
だからこそ、今回の荒神の要求は不可解であり、多くの家臣達を混乱させた。
「…皆の者、問答をしている所申し訳ありませんが、実は既に要求を受け入れる旨を伝えに、使者を荒神側に送りました」
「「なっ!? 姫様っ!?」」
「黙っていた事に付いては、本当にすまないと思っています。ですが、私にも考えがあるのです」
「しかし! 我々を差し置いてそのような事を勝手になされるのは困りますぞ! これは我々の信用問題に関わって…」
バン!!!
騒ぐ家臣たちの声を遮るように、激しく床を打つ音が響き渡る。
床を打ったのは青い肌の鬼、月光である。
「落ち着け、皆の衆。それに、姫様を相手に怒鳴り散らすなど許されぬ行為だと思うが?」
「し、しかし、これでは姫様は我々の事を信用しておらぬとしか…」
「ああ、その通りだ」
「なっ!?」
「今回の件、実は私の方から姫様に進言したのだ」
ざわり、と家臣一同に動揺が走る。
「き、貴様…、それこそ出過ぎた行為ではないかっ!!!」
今にも飛び掛かりそうな程の形相となる蛭柄。
しかし月光は構えも取らず、取るに足らんとばかりに続ける。
「今回の件、どうも臭いと思わなかったか? 蛭柄よ」
「……? なにが言いたいのだ?」
「ふむ。臆病者のお主なら気づいているかとも思ったんだがな…。まあいい、すぐに答えは出るだろう。使者を送ったのは数刻前だからな。早ければ、もうそろそろこちらに到着する筈だ」
「!?」
今からでは取り繕う準備も出来まい。
だからこそ月光も紅姫も、わざわざこの場でそれを皆に知らせたのだった。
――それから一刻もしないうちに、荒神の者達が羅刹城に到着したと伝令が駆け込んできた。
さて、後ろで糸を引いている輩を炙り出してやろう。
本当は一気に書き上げたい所ですが、仕事も佳境で…