第122話 餓鬼
「っ!?」
全身の痛みで目が覚める。
上体を起こそうとするが、体がいう事をきかず失敗する。
(ここは、どこだ…)
見覚えのない天幕だ。ここに来た経緯を思い出そうとするが、どうにも思い出せない。
記憶が僅かに飛んでいる…?
よく見れば衣装も変わっている。それに…
「面が、無い!?」
自ら外す事を禁じていた鬼の面。それが外されている事に気付く。
「目覚めましたか、影華殿」
「…お前は、羽切か? 生きて、いたのか?」
声をかけてきた者、それは襲撃をかけた初日に失われた筈の部下であった。
声がした方向に目線を送ると、羽切だけではなく、他の3人も全員健在であるらしい。
上手い事逃げおおせたのか、とも思ったが、どうやら全員拘束されているらしく、それは無いらしい。
(しかし、そうか…。ここは敵陣、なのだな…)
段々と記憶が蘇ってくる。
私は確か、敵の野営地に忍び込み、そして…
「ん…? 目覚めたのか?」
部下達とは別方向、そこに私と同じように寝かしつけられていたらしい男が身を起こす。
そうだ、私はこの男を襲撃したんだ。そして、返り討ちにあった。
しかし、その男が何故同じ天幕で寝ているのだ…?
「トーヤ様! まだ起き上がっては!」
男を看病していたらしい獣人の女が、男を非難するように声を上げる。
「いや、もう大丈夫だよスイセン。やや貧血気味だけど、動く分には支障ない。それより…」
男がこちらに顔を向ける。
「少し話せるかな? 影華さん?」
◇
手を握ったり開いたりしてみる。
うむ、問題無し。
肩は…、痛たたたた…。これはまだ無理そうだね…
腹部の刺し傷は内臓にまで到達しなかったらしく、傷跡こそ残っているが概ね完治しているようである。
相変わらずの出鱈目な回復力だが、流石に数時間程度寝たくらいで背中の傷は回復しなかったらしい。
「お前は…、いや、私は何故生きている?」
影華が必死に身を起こそうとする。
「おっと、何もしないから無理をしないでくれ。本当に重傷なんだから」
影華は間違いなく重傷だった。
それでも死に至らなかったのは、ヒナゲシが「死なせずに痛めつける事」に長けていたという理由がある。
その背景を思えば複雑な心境ではあるが、今回ばかりはそれに救われた。
影華はそれでもなんとか起きようともがくが、やがて無理と悟ったらしく、大人しくなる。
そうそう、それでいい。無理して動かれて、もし死なれでもしたら助けた意味が無くなってしまう。
「で、質問への答えだけど、俺がヒナゲシ達を止めたからだよ」
「何故だ? 自分を殺そうとした者を生かす理由などあるまい。第一、他の者達が納得しないだろう?」
理由はあるんだけどね。ちなみに、後者に関しては押しとどめるのが大変であった。
特にリンカなどは、八つ裂きにして送り返すべきなどと過激な事まで言っていた。
普段温厚そうなスイセンまでそれを止めようとしなかったり、イオは嬉々としてその準備をしたりと大変だった。
俺を襲った相手に対し、それだけ怒ってくれるのは少し嬉しいんだけどさ…
とりあえず、今も敵意むき出しで睨みつけているスイセンをポンポン叩いて宥める。
「実は理由はあるんだよ。後ろの彼らから聞いた話が少し気になってね」
「…? 一体何の話だ?」
「道中、彼らにも色々と尋問をしたんだけど、彼ら曰く、俺達は侵略者って事になっているらしいけど、その辺の事情を聞きたいなと」
「なっ…!? まさか、これだけの事をしておいて、自分達は侵略者じゃないとでも言う気か!?」
「いや、確かに何の考えも無しに暴れたキバ様は悪いと思うし、後でキツイお説教をするとしてもだ、そもそも切っ掛けは羅刹の侵略が発端だったんだろ?」
ソウガの話では、今回の遠征は羅刹が荒神の領地に手を出してきたのが切っ掛けだと言っていた。
元々、国境防衛を独自にしていた羅刹に対して、わざわざ喧嘩を吹っ掛ける意味は薄く、そもそもそんな余裕は荒神に無かったのだ。
「馬鹿な! っぐ、そんな、世迷言を…」
「影華殿、傷に障ります。落ち着いて下さい」
「落ち着いてなど、いられるか…! お前達も、何故そう落ち着いていられる!?」
「…我々も初めは憤慨しました。ですが、どうにも妙なのです」
「妙、だと…?」
「ええ、よくよく考えてみれば、此度の戦は何かおかしいとは思いませんでしたか?」
「…………」
部下に諭され、考え込むように沈黙する影華。
ほんの数秒程の沈黙。そして何かを思い至ったのか、眉を顰める。
「…そういえば、今回は兵の招集に我々が駆り出されなかった?」
「はい。常に厳戒態勢を取っている妖精領側ならあり得る話だとは思いますが、今回は比較的平和な荒神側ですよ? 少数の兵士か配置されていない筈なのに、我々が駆り出されないなど、ありえるでしょうか?」
「…確かに。しかしあり得ぬという事も無い」
「いや、やっぱりその話は少しおかしいと思うぞ? こっちの情報では宣戦布告はそちらからしてきたって話だし、タイガ殿達が到着した時には既に万の軍勢が集っていたようだけど」
「馬鹿な! それこそあり得ん! 第一、羅刹には万の軍勢など…」
「その事に付いては私もおかしいと思っていた」
影華の台詞に割り込むように言葉を挟んだのは、荒神 右大将、タイガ殿である。
「タイガ殿」
座ったままで申し訳ないが一礼する。
「トーヤ殿、傷は平気か?」
「ええ、軽く動く分には支障ないかと。それより、まだ陽も出ていないというのに、どうしたのです?」
「なに、私も気になる事があってな。影華、といったか。私は荒神 右大将タイガだ。お前には少し聞きたいことがある」
「…名乗らずとも貴様の事など知っている。右大将様が何を聞きたいかは知らんが、私から話す事は何も無いぞ」
「まあ、そう言うな。まずはコイツを見てくれ」
そう言ってタイガ殿は懐から何かを取り出す。
あまりにも自然に取り出すものだから、初めは壺か何かだと思ったのだが、全然違った。
それは首だったのである。
「…なんだ? その首は? それがどうしたというのだ?」
「ふむ、やはり見覚え無いか」
タイガ殿は、その首を手前に放って俺の横に腰を下ろす。
そんな無造作に首を放り投げないで欲しいな、と思うが口には出さない。
余り見たいものでは無いが、見ないと話を理解できない気もするので、仕方なく転がった頭を見る。
額に小さい角のようなものが見える。やはり鬼族なのだろうか。
「これはな、我々の領地を侵略していた子鬼だ」
「「「「「なっ!?」」」」」
影華、そして彼女の部下達は驚きの声をあげる。
「率いていたのはお前達と同じ鬼だったがな」
「馬鹿な!? 我々はそんな子鬼など知らん! 鬼が率いていただと? 世迷言を抜かすな!」
「事実だ。率いていた将には逃げられたがな」
「嘘だ! 我々隠密部隊が知らぬ部隊など存在しない! 第一、そんな子鬼自体羅刹には存在しないのだぞ!?」
影華が嘘を言っているようには思えない。
しかし、タイガもまた嘘をつく理由が無い。
では一体、この子鬼はなんなのだろうか…?
「…それは餓鬼だ」
背後からする声に振り返る。
そこには、いつの間に天幕の中に入って来たのか、ルーベルトの部下であるミカゲが立っていた。
「ミカゲ…、この首がなんだか、知っているのか?」
コクリ、とミカゲが頷く。
「それは餓鬼。…亡者だ」