第121話 少女の覚悟
どこだ!? トーヤはどこにいる!?
僕、スイセン、イオの3人とリンカさんは、トーヤの異変を察知し、手分けして野営地を駆け巡っている。
万を超す軍の野営地は広く、人1人探すのは4人で手分けしても困難を極めた。
僕らの慌てようを、周囲の者は訝しげに見るが、この感覚はトーヤとの『繋がり』を持つ僕らにしか分からないものだ。
協力を求めることも考えたが、事情を上手く説明できないし、時間をかけるわけにもいかないので断念した。
そもそも、僕らだって確信があって動いているワケじゃない。
ただ漠然と、トーヤが危ないということしかわからないのだ。
「ライさん! 今あちらで魔力の乱れが!」
西の方を探していたスイセンが何か異変を感じ取ったらしい。
僕は大声でリンカさんやイオにも声をかけ、スイセンのもとへ向かう。
スイセンに案内され野営地の端付近に到達する。
僕らの必死な形相に、見張りをしていた者が驚くが、すぐに姿勢を正して僕らの問いに応じる。
「リ、リンカ様、もしやリンカ様達も今の光を?」
「光だと? それはどこで見た!」
「あ、あちらです。凄まじい光が発せられたので、今から報告に向かおうかと…」
「あっちだな!?」
方角だけ聞くと、リンカさんは続く発言を無視して駆け出す。
僕らもそれに続く。
野営地からやや離れたその場所では、戦闘…、いや、一方的な暴力が行使されていた。
暴力に曝されている者には見覚えがある。この羅刹に辿り着く前に、何度か襲撃してきた鬼の面を付けた女だ。
そして先程からその女を地面に打ち付けているのは、トーヤの付き人であるヒナゲシである。もう1人の金髪の少女は…、誰だ?
「トーヤ様っ!!!」
同じように立ち止まっていたスイセン達だが、それは一瞬のことで、すぐに方向を変えて走り出す。
ヒナゲシ達が暴れてる位置から少し離れた場所。そこにトーヤが倒れていた。
この暗闇ですぐにトーヤを発見したスイセンは大したものだが、僕も、呆けている場合では無かった…
自責の念に捕らわれかけるが、瞬時にそれを振り払う。
今はトーヤのことが最優先だ。
「スイセンさん! トーヤは無事!?」
「……腹部と、それに背中に大きな裂傷が。しかし、これは…」
スイセンが発光石でトーヤを照らす。
確かに、トーヤの背には深い傷が刻まれていた。それも、間違いなく致命傷である。
一瞬、ゾワリという悪寒が走るのを感じる。
同じように焦ったリンカさんが、今にも泣きそうな顔でトーヤに縋りつく。
だがしかし、そんな状態にも関わらず、スイセンさんに焦った様子が無い…?
僕はざわつく心を落ち着けながら、トーヤの傷を確認する。
よく見ると、傷の深さの割に出血量が少ない…? いや、これは…、既に出血が止まっている!?
「傷はもう平気だよ。血は少し失ったけど、僕が活力を注いでおいたから、それも問題無いと思う」
「っ!?」
声がした方向に振り返ると、先程まで鬼面の女を打ち付けていた金髪の少女が、いつの間にかこちらに向きを変えていた。少女はそのままこちらに近付いてくる。
遠目に見た時全裸のように見えた少女は、今は背から生える翼のようなもので身を隠していた。
僕とイオ、リンカさんは、それに立ちはだかる様にして臨戦態勢に入る。
しかし、スイセンさんは動かず、その少女を凝視していた。
「貴方は一体…、いえ、この魔力の感じ…、まさか、翡翠…、さん?」
「その通り。流石スイセンだね」
「「「なっ!?」」」
僕もリンカも、イオでさえも、その発言に思わず声を上げてしまう。
翡翠って…、あの子龍!?
何故人の姿に…、ってまさか、人化出来たの!?
確かに、身を隠している翼はよく見ると龍の翼のように見える。
しかし、一体どうして…!?
「…何が、あったんですか?」
「襲撃されたんだよ。あの女にね。僕とヒナゲシはその場に居合わせたんだけど、油断してこの有様。トーヤだけはなんとか逃がそうとしたんだけど、トーヤったら本当に馬鹿でさ…。弱いくせに、僕なんかのこと庇って、下手すれば死んでたっていうのに…」
そう呟きながら、再びくるりとヒナゲシ達の方に向きを変える翡翠。
「だから、これは僕の責任なんだ。アイツらの思惑通りに動くのが嫌で、トーヤと『縁』を結ばなかったのも、手抜きしてあの女を追い払おうとしたのも、ぜーんぶ僕が悪い。だから、全部を打ち明けるつもりで僕はこの姿になった。もう意地なんか張らないし、トーヤと共に生きるって覚悟も決めた」
翡翠が右腕を前方に突き出す。
その瞬間、恐ろしい程の魔力が右腕に宿り、腕の変質が始まる。
「もう力を隠す必要も無くなったからね。僕はこれから、全力でトーヤの力になるよ。そして、トーヤの敵はみんな僕が薙ぎ払ってやるんだ…」
変質は一瞬で完了した。
その腕は最早、人の腕では無く、美しい翠の鱗に包まれた龍の腕と化していた。
「ヒナゲシ、退いて。遊びは終わりだよ。一遍残さず、吹き飛ばすから」
鬼面の女を踏みにじっていた少女、ヒナゲシは、翡翠の言葉に名残惜しそうな表情を浮かべつつも、一礼をして大人しく退いた。
それを確認し、翡翠が再びその腕に魔力を込める。
これだけの魔力をどう使用するのかまるで想像がつかないが、確かにこれを受ければ鬼面の女は一遍も残らず吹き飛ぶかもしれない。
その魔力は、僕らに向けられたもので無いのにも関わらず、その圧力だけで身を強張らせる程のものだった。
そして、今にも放たれようとする魔力は…
「ま、待て…、翡翠…。殺…すな…」
後ろから聞こえるか細い声により、放たれる事は無かった。
「トーヤ!?」
腕に宿った魔力を霧散させ、振り返る翡翠。
僕らも同じように振り返る。
声の主であるトーヤは、スイセンの腕に抱かれたまま、なんとか首だけ起こすようにしてこちらを見ていた。




