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魔界戦記譚-Demi's Saga-  作者: 九傷
第3章 羅刹の鬼達
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第117話 羅刹隠密部隊長 影華




「グッ……」



血が零れ落ちる腹を押さえ、なんとか後退する。



「…一突きしただけなのに、刃がボロボロだ。これはもう使い物にならんな。…ただの従者かと思ったが、思いのほか頑丈だな娘だ」



呻きながらも、なんとか立ち上がろうとするヒナゲシの腹部を、般若面の女が蹴り上げる。

十数歩程の距離を転がったヒナゲシは、そのまま動かなくなる。



「ヒナ、ゲシ…」



「自分の心配をしたらどうだ?」



俺の目線がヒナゲシを追うのを咎めるように、般若面の女が蹴りを放ってくる。

躱す余裕は無く、剛体で耐える。

しかし、衝撃を殺す事は出来ても圧力がかかり、腹部から血が滲む。



「クッ…、何故、お前が、ここに…」



「私が感知出来なかった事が不思議か? であれば私の読みは正しかったようだな」



どういう事だ…?

確かにこの周囲には木々が無く、陣も張れていない。

しかし、だからこそ魔力感知には気を使っていたのだ。

この女を含め、羅刹の者達の隠形ではそれを突破出来ない。それは先日確認済である。

それなのに、何故…、何故目の前のこの女から魔力が感知できないのか…



「お前の力…、それはエルフ達がドルイドと呼んでいる力だろう?」



「…!? 何故、それを?」



ドルイド、それはルーベルトが口にしなければ知る事の無かった、エルフに秘匿された能力の事だ。

あまり詳しく聞くことは出来なかったが、エルフの中でも司祭と呼ばれる者だけが使用する事の出来る、木々との対話能力の事を指すらしい。

俺の能力は、厳密にはそれと違う能力なのだが、類似点が多い為、同じ系統の能力だとは予想していた。

しかし、ドルイドという言葉自体、魔界ではほとんど知られていない言葉の筈である。それを何故この女が…



「別に驚くことは無い。我々の国、羅刹は妖精領と密接している事もあり、エルフとはそれなりに戦い慣れている。司祭と呼ばれる者達ともな。だから、それを我々が知っていたとしても不思議では無かろう?」



そういう、事か…

確かに、エルフは元々妖精達が創った存在だと書物には書かれていた。

一斉蜂起を起こして亜人領に逃げ出した者は数多く存在するが、残った者も決して少なくは無い。

そこに司祭と呼ばれる者達が存在していたとしても、不思議ではないのだ。



「事あるごとに襲撃を察知したお前が、森を抜けた際に少し反応が遅れた。その事に違和感を覚えたのだ。まさかエルフだとは思わなかったが、それなりに整った顔つきからすればハーフエルフに見えなくも無い。だから試した」



そう言って身を包んでいた外套を翻す。

そうすると、これまで感知できていなかった魔力を、僅かにだが感じ取る事ができた。



「……!? まさ、か、竜の…?」



「その通りだ。これは竜塵布。竜の牙や爪を粉末にして編み込んだ外套だ。我が国においても非常に貴重な宝具であるが、持ち出した甲斐があったな」



竜の牙や爪は魔力を通さない。理由は不明だが、地竜との戦いや臥毘(がび)との戦いで嫌という程思い知っている事実だ。

その武器としての有効性から、大変希少な存在である為、想像してもいなかったのだが、まさか布に使っているとは…

確かに、それであれば俺の魔力感知では捕らえようが無い。隠形であれば俺の習熟次第では捕らえられるかもしれないが、これは無理だ。

木々があれば、あるいは違和感くらいは感じ取れたかもしれないが、その対策の為にこの布が作られたのだとしたら、それも厳しいかもしれない。



「しかし、まさかお前がわざわざ単身で動いてくれるとは思わなかった。罠かとも思ったが先程の行動…、貴様は思いのほか愚からしいな。…嫌いでは無いが」



「そりゃ…、どうも…」



「……私も情に流されて余計な話をした。本当は他の幹部を攫うのが目的だったのだが、貴様が出てきた以上、殺す事は確定だ」



「……」



「我が名は影華。せめて自分を殺す者の名くらい、覚えて逝くといい」



影華と名乗った女が、脇差のようなものを引き抜く。

まずい…。俺の焦燥感は、繋がりを通してスイセン達にも伝わっている。だが、果たして間に合うか…

残念なことに、俺はこの場所の事を誰にも伝えていなかった。明らかな油断である。

夜で視界も悪いし、見張りの位置からも離れている。せめて見張りに位は俺の場所を伝えておくべきであった。本当に俺は馬鹿か…



「キュウ!」



俺と影華の間に立ちはだかる様に翡翠(ヒスイ)が飛来する。



「子龍か。邪魔をするのであれば斬るぞ」



子供とはいえ、竜や龍といった種は知能が高い。殺気にも敏感である。

だというのに、翡翠は退こうとしなかった。『繋がり』を作る事は出来なかったが、俺の事は信頼してくれていたらしい。

それを嬉しく思う反面、この状況ではむしろ都合が悪い。



「翡翠、俺の事はいいから、退け…」



しかし、翡翠は振り向きすらせず、影華を威嚇する。



「キュア!」



可愛らしい鳴き声が発せられる。

しかし、それとは対照的に、凶悪な程の魔力が翠から吹き上がる。



「っ!? 炎! まさか、火龍か!?」



翡翠の吐き出したもの。それは正に炎であった。


竜種は外精法、つまり魔法を扱う事ができる。

中でも、自身の魔力と周囲の元素を利用した吐息による攻撃は極めて強力である、と書物には記されていた。

しかし、何らかの属性を含む吐息は、それなりに高位の竜種にしか扱えないとも記されていた。

俺達が戦ったあの地竜ですら使用しなかったそれを、翡翠は使った。それはつまり、翠があの地竜よりも高位の存在だという事を示している。


影華が翡翠の吐息を躱す。

火とは、熱と光を出す、現象の事を指す。

いくら魔力を通さぬ外套と言えど、所詮は布である為、火そのものを防ぐ事は出来ないのであろう。



「こんな危険なモノを飼っているとは、正気か!?」



そんな事を言われても、最初から飼う気などなかったし、そもそも飼っているとは思っていない。

家族かと言われると、なんとなく違う気もするが、当たり前に一緒の部屋で過ごし、寝る時は一緒の布団で寝る。翡翠はそんな存在になっていた。

それを危険なモノ扱いされるのは甚だ心外だが、今の光景を見るとそう言いたくなる気持ちも分からなくはない。


翡翠は躱す影華を追うように、火をを吹きながら頭を動かす。

炎は面の攻撃である。躱したとしても、その場所には暫し火と魔力が残留し、迂闊に足を踏み入れられなくなる。

段々と迫るその炎が影華を捕えると思った瞬間、それは触れることなく立ち消えた。翡翠が火を吹くのを止めたのだ。



「っ!? そういう事か! 飼い主に似て甘い!」



炎の描く軌道。その先にヒナゲシが倒れていた。それに気付いた翡翠はヒナゲシに当てまいとしたのだろう。

だがそれは、大きな隙を生むことになった。

影華がヒナゲシを背にし、真っ直ぐこちらに向かって走る。翡翠は火を吹けなかった。


翡翠のつぶらな瞳が、月光を背に刃を振り下ろす影華を捕える。

しかし、その刃は翠に到達する寸前、横合いから飛び出した影により遮られ、届くことは無かった。



「キュ?」



「あ、危なかったな、翡、翠…、お前だけなら、逃げられる…、だろ? 俺やヒナゲシ、の事はいいから、逃げろ…、な?」



本当は他にも言いたいことはあったんだがな…

俺はそれだけを言い残して、意識を闇に沈めた。




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