第115話 二日目の戦 終結
「チィッ! 流石にしぶといな!」
圧倒的なほどの攻撃力で敵陣を引き裂いていたトウジ将軍も、徐々にその勢いを落としていた。
後方、正確にはタイガ殿の部隊を押し返していた敵兵は流石に精鋭揃いであり、率いる敵将も今まで以上の強敵が揃っていた。
更に言えば、押し込まれる形になった敵陣は『背水の陣』に等しい状況であり、退けぬという覚悟からか、一人一人が非常に手強い。
「トウジ将軍! 一旦後退を! グラ! イオ! トウジ将軍の代わりに先頭を頼む!」
「御意」
「わかりました」
歴戦の雄たるトウジ将軍も、ここまでの戦いでかなり疲労している。
未だに敵兵に引けを取っていないのは流石だが、万が一があっても困る。今トウジ将軍が討たれれば、士気に関わる。
それは同時に、全部隊の壊滅にも繋がる事態となるのだから。
「退かせると思うか!」
敵将らしき男が、トウジ将軍を下がらせまいと猛追してくる。
「退かせてもらうさ!」
俺はそれに対し土術で牽制を行う。
小賢しいとばかりにそれを打ち払う敵将。もちろん俺も大した効果を期待しているワケではない。
しかし、この程度の牽制でもイオであれば間に合う。
「なっ!?」
土術を払った瞬間、目の前に現れたイオの斬撃を、敵将はギリギリの所で防ぐ。
「ほう。防ぎますか。面白いです、ね!」
続けざまに放たれる斬撃に、敵将も追撃を断念したのか防戦に回る。
イオの奇襲を防いだ事からも、敵将がかなりの手練れである事がわかる。
今も防戦一方とはいえ、イオの凄まじい速度の斬撃をしっかりと防ぎきっていた。
「助太刀は必要か?」
「いえ、結構です!」
打ち合いの途中でグラが追い付き、周りの露払いを始める。ひとまずこれで問題無いだろう。
「左大将! 助かったぜ!」
俺は頷いて応え、すぐさまトウジ将軍の治療に入る。
「他の術士は手が離せませんので、俺の拙い治癒術で申し訳ありませんが」
俺の治癒術は初歩レベルのものであり、他の術士達に比べると効果的に数段劣る。
先日は薬草等との合わせ技で効果を高めていたが、この状況ではそうもいかないからな…
ただ、あまり効率は良くないとはいえ、乱戦で力になれない俺には、衛生兵的な役割が丁度良くもあり、治療に関してはほとんど専任になりつつあった。
数で負けている戦でそれが出来るのは、後続の援軍が到着して戦力的な余裕が生まれたのも大きい。
「何言ってんだ! 十分だよ。それにしてもナイスタイミングだったぜ。流石の俺でも、この状態でアイツの相手は骨が折れた」
「知ってる相手なのですか?」
「ああ、あれはシキブって名の将軍だ。戦場では何度も顔を合わせてる。羅刹より南寄り、鉱族領や不死族領の国境付近を支配しているツバキって奴の配下だな。左大将もいずれ戦う事になるだろうから、覚えておくといいぜ」
そんな相手もいるのか…
本当敵だらけだな魔王様…。多分自業自得なんだろうけど。
あのクラスの将軍が他にもいるのであれば、正直戦いたくない相手だ。
「覚えておきましょう。ただ、折角なのであの敵将にはここで討たれて欲しいですがね」
「ま、俺もそうは思うんだが、アイツ本当にしぶといんだよ…。今までも何度逃げられた事か…。だから、多分今回も…」
トウジ将軍が言いかけた言葉が、続く怒号にかき消される。
「な、なんだ!?」
怒号はイオ達の戦っているさらに前方から聞こえてきた。
同時に敵兵らしき獣人が次々に宙に吹き飛ばされていく。
その異常な光景に、敵も味方も一瞬戦いを停止し、呆然とそれを見つめていた。
「…っ! 退くぞ!」
真っ先に動き出したのは敵将であるシキブ将軍である。
シキブ将軍はイオを押し返し、距離を取ると、戦場を横切るように騎馬で駆けて行った。
それを追うように、彼の配下も続いて戦場を去る。
他の敵兵は何が起きたか分からずオロオロとする者も居れば、同じように逃げ出す者もいる。訳も分からず、とりあえず戦いを再開する者もいる。
しかし、次の瞬間に姿を現した男の姿を目に捕えると、一人また一人と戦意を失っていくのであった。
「よくぞ来てくれた、トーヤ殿」
荒神 右大将のタイガ。その雄々しき姿は、戦場に立つだけで敵兵の戦意を喪失させたのであった。
◇
その後、俺達はタイガ殿の部隊と合流し、後続部隊の回収に向かった。
敵兵の抵抗はほとんど無く、特に障害なく全ての部隊が合流を果たした。
タイガ殿は逃げる敵兵に追撃をかけるよう指示しようとしていたが、それは俺が止める。
「何故だ? ここで仕留めねば後々の愁いとなるやもしれんが」
「その可能性もありますが、今回の戦で最優先となるのは羅刹の制圧の筈です。それ以外にまで目を向けては足元を掬われる恐れがあります。それに、追撃は容易ですが、こちらが追う素振りを見せなければ、逃げた者達は見逃してもらえたという印象を持つかもしれません」
「…そういうものか?」
「あくまで希望的観測に過ぎませんが。その後押しとして、投降した者も武装解除した上で解放しましょう」
「…理由を聞いても良いか? 俺も親父似で考える事が苦手でな。普段はソウガ任せなのだ」
いやいや、十分ですよタイガ殿。
少なくともキバ様よりは何倍も話になるしね。
「恐らく、逃げた者達のほとんどが、追撃による死を覚悟していたでしょう。しかし、何故か見逃された。それについて、彼らは疑問を抱いている筈です。そこに、無事に解放された同胞が現れ、丁重に扱って貰った事を伝えられれば…」
「…成程。確かに、我々に対して敵意を抱きにくくなるな」
先日の戦いで、半数まで減少した敵軍。今日残っていた者達の多くは獣人達であった。
獣人達は基本的に気性が荒く、直情的な者が多いが、その分根が素直な人種だ。
敵意を向けられれば真っ向から対立するが、恩を売られれば素直に受け入れるし、喜ぶ。
打算的で卑怯なやり方かもしれないが、こうやって恩を売っておけば、少なくともすぐさま攻撃を加えられる事はない筈。
「どの程度の効果があるかは分かりませんが、敵側にしてみても被害はなるべく出したくないでしょうし、恐らく上手くいくでしょう」
「ふむ…。まあ戦果は減るが、別に労働力は足りているし、問題無いか…」
戦果、というのは所謂、戦争奴隷というヤツだ。
法がしっかりと定まっていない亜人領において、奴隷制なんてものは存在しないが、それが無いからといって奴隷が存在しないわけでは無い。扱いの差も千差万別で、奴隷と明確に定義出来ない者達も多いのだが、それに類する扱いを受ける者はいくらでもいるのだ。特に、そういった者達の多くは、戦で敗北した者達や、略奪にあった者達が多い。
タイガ殿はそれを指して戦果と言ったのだろうが、実際に荒神で奴隷を多用しているなんて事は無いし、そこまで固執しているようにも思えなかった。これも恐らく獣人族の気質のようなものだろう。それに、まだ戦が終わったワケでは無いのだ。そんな状況で捕虜を大量に抱えては重石にしかならない。
「ええ。それに投降者全ての管理をするのは、現状では不可能です。選定や管理に人手を割くくらいであれば、いっそ全て解放した上で、先程の効果を狙った方が得策に思えます」
「…いや、その通りだな。それに、同じ獣人族であるが故、効果についても疑いようが無い。トーヤ殿は我々の気質を良く理解しているな」
肩をバシバシと叩かれる。
痛い。凄く痛い。本当、親子なんだなと思わせられる一面だ。
まあ、獣人族の多くがこんな感じではあるが。
「よし、全軍に通達だ! 捕虜となった者達の武装解除を進めろ! 終わり次第、軽く飯を食わせて順次解放していくぞ!」
その後のタイガ殿の行動は迅速であった。
陽が暮れる前に全ての捕虜を武装解除し、炊き出しの飯を与えた。
すぐに帰りたいと意思を示す者には、僅かながら食料を与えてすぐに解放した。
こうして、陽が完全に沈む頃には、俺達が捕らえた羅刹の者以外の、全ての捕虜の解放を終えたのであった。