第114話 羅刹の鬼達
「おっしゃーーーっ!!!! お前ら! 今日は昨日の分まで存分に暴れていいぞ!!!」
「「「うおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」
亜人領全てに響き渡るかのような凄まじい雄たけびが上がり、二日目の戦が開始される。
先日とは異なり、今日の目的は敵陣突破となる為、陣形もそれに伴い変更となっている。
採用された陣形は所謂、『偃月』と呼ばれるもので、先頭を大将とし「Λ」の形に兵を配置している。
ただ実際には、その陣形を取っているのはトウジ将軍の率いる部隊のみであり、俺やサイカ将軍の部隊はそれを追うような形で続いている。
立場上、俺は自軍の中でも最高位となる為、より正確に言えば『鋒矢』に近い陣形とも言えた。
いずれにしても突破力に秀でており、兵力が減った敵陣を凄まじい勢いで引き裂いていく。
俺とサイカ将軍は、背後を突かれないように巧みに部隊を操り、敵兵の迂回を阻止する。
「それにしても、トウジ将軍の声は凄まじいな…」
この騒々しい戦場においても、トウジ将軍の声は良く通った。
その声量と力強さは驚嘆に値する。
「父は、武力だけ見れば将軍の中では大した事ありませんが、部隊の士気の高さでは荒神随一と言われています。それもこれも、あの異常な声量によるところが大きいのだと思います」
「成程な…。いや、それは重要な才能だと思うぞ」
声は戦場における立派な才能だと言える。
良く通る、力強い声は、味方の士気を著しく向上させるのだ。
同時に、それは敵兵に取っては威圧的効果を発揮し、畏怖の念を与える。
ただでさえ士気が高くなる『偃月』の陣形が、その声も相まって凄まじいレベルに達していた。
それにしても…
「なあスイセン、アレでも将軍の中では大した武力じゃないの?」
「…ええ、そう聞いています」
正直、それについては信じ難いというか、信じたくないというか。
トウジ将軍の使用する武器は、所謂ハルバードや方天戟のような物に見える。
要するに「斬る」「突く」「叩く」「薙ぐ」「払う」と色々と出来そうな形状の武器だ。
それを自在に振り回すトウジ将軍は、敵兵を一切寄せ付けず、次々に蹴散らしていく。まるで竜巻のようだ。
臥毘達ジグル一族や、グラの部隊のトロール達も派手な戦闘を繰り広げているが、正直トウジ将軍には及ばないだろう。
派手さという点では、持っている武器の長大さも影響しているが、それだけ長大な武器を自在に操るには、それ相応の技術と力が必要になる。
同じ真似をしてみろと言われて再現できる者は、敵味方含めてもほとんどいないのではないだろうか。
「スイセンはあの背中を見てきたんだろ? そりゃ、憧れもするよなぁ…」
荒々しくも雄々しいトウジ将軍の背中は、正直グッと来るものがある。
部下でもない俺でこうなのだから、部下の兵士達や実の娘であるスイセンの目には、さぞ頼もしげに映るだろう。
「本当に…、戦っている時の父は尊敬しているんですがね…」
暗にそれ以外の父は尊敬出来ないと言っていた。
まあ、あの飲兵衛っぷりを見ると確かに…
「…さて、そろそろ中程もまで切り込んだだろうし、敵は本格的に包囲しにくるだろう。トウジ将軍に負けぬよう、俺達もしっかりと働こうか」
「はい!」
◇
――――羅刹城・表御殿
鬼達の首都である羅刹。その中心に君臨する羅刹城、その表御殿には、戦に出向いている一部の将軍を除く全ての家臣が集結していた。
家臣たちは悲痛な面持ちで、自分達の主、紅姫の言葉を待つ。
このように家臣全員が集められた理由は皆分かっている。
戦況が、再び荒神側に覆ろうとしているのだ。
「…集まって貰った理由は皆もわかっていると思います。ご存知の通り、戦況は再び我が方の不利となっています。まずは、その最新の状況について一報がありましたので報告を。影華」
「はっ。先刻確認した状況としては、既に包囲していた友軍については中程まで切り込まれており、突破されるのも時間の問題と思われます。また、我が軍の攻撃に対し守りに徹していた魔王の軍が、徐々に後退を始めています。挟撃するかたちで、後方の軍と合流を図るつもりでしょう」
その報告を聞き、何人かの家臣が悲痛そうな顔をさらに歪める。
それらの者達は文官であり、戦況について最新の情報を把握しきれていなかったのだろう。
しかし、別にそれは責められる事ではない。彼らは彼らで、己の領分における仕事をこなしていたのだから。
「…何故、何故そのような事に? 数の上ではこちらが勝っていたのではなかったのか!?」
この問い自体には意味はない。
現にこうして不利になっている以上、そうなった原因を追究しているような状況では無いのだ。
しかし、聞かずにはいられなかった。こちら側の友軍は1万に迫る規模であり、駆け付けた荒神の援軍は2000程だと聞いていたのだ。
本来であれば問題にならない程の数の差があるというのに何故だと、そう思うのも無理は無かった。
「それについては私が聞いている。何でも、先日の時点で各友軍における主力となる者の多くが討たれたそうだ。その事が原因で部隊を保てなくなった者達や、不利を悟った者達が戦線を離脱したらしい。今朝の時点では凡そ半数の友軍が姿を消していると報告があった」
問いに答えたのは影華と呼ばれた般若面の女では無く、肌の青い落ち着いた雰囲気の男、月光。
文官でありながら、実力は他の将軍達に勝るとも劣らない者だ。
「半数だと!? それでは数の差などほとんど無いではないか!」
「ああ。しかも荒神側にはまだ後続の援軍がいる。むしろ数的にこちらの方が不利になったと言っていいな」
「馬鹿な…。いや、だとして貴殿は何故そうも落ち着いている!? そもそも、何故戦場に出ていないのだ!」
「貴殿は何を言っておるのだ? 私とその部下達は、この城を護る為の戦力として残されたのではないか。それは全員の総意だった筈だが?」
「ぐっ…、しかしだな…」
パン!
なおも食い下がろうとする男を制するように、紅姫が柏手を打つ。
「そのように狼狽えては見苦しいですよ、蛭柄」
「姫様…。しかし…」
「…これ以上騒ぐと言うのならば、強制的に黙らせるぞ」
主である紅姫の発言にすら反論しようとする蛭柄に、影華が凄む。
「ひっ…、か、影如きが何を…!? だ、大体に、お前達が援軍など許すからこんな事になったんだぞ!?」
怯みながらも、まだ口を閉ざさぬ蛭柄。それを見て諦めたように腰に手を伸ばす影華を、紅姫が手で制す。
「いい加減にしなさい、蛭柄。これ以上は私も許しませんよ」
「………、分かり…、ました」
紅姫の言葉は、影華が凄んだ時以上に鋭利な空気を作り出す。
普段から何かと文句を口にする蛭柄であったが、これには流石に黙らざるを得ない。
「今は内輪で揉めている場合ではありません。まずは今後の対応について話し合うべきです」
紅姫の言葉に、皆の表情が引き締まったものに変わる。
「姫様、その事で、少しお話があります」
その発言に紅姫は少し驚くような仕草をする。
影華がこのような発言をするのは非常に珍しく、他の家臣たちも少し驚いた様子だ。
紅姫に関しては、影華同様に般若面を被っている為、その表情までは見えないが…
「…ええ。影華、聞かせて下さい」