第113話 二日目の戦場
もう一作品と同時執筆していたらエライ時間に…
帰宅後に文章を修正予定です…
→内容に変更はありませんが、文章をそれなりに修正しました。
――――戦が始まって二日目の朝。
「左大将が言ってたのは、こういう事か…」
戦場から1里程離れた場所にある小高い丘、ここからは戦場のほぼ全体を確認できた。
明日になれば分かる、そう言った左大将の言葉を疑っていた訳では無いが、それがどう意味を持っているかは理解していなかった。
だからこそ、俺は空が明らむや否や、この丘まで来て戦場を確認したのだ。
そして、実際に敵軍の数が明らかに減っているのを目の当たりにする。
「む…、トウジ将軍か。貴殿も敵陣の確認を?」
「サイカ将軍か…。ああ、俺には左大将の思惑が理解出来なかったからな」
理解していないのに、その場で何も言わなかったのは、自分以外の者にはどうやら理解出来ていたようだからだ。
恥じ入る気持ちも無かった訳では無いが、それ以上に自分だけの為に話の腰を折りたくなかった、というのが正直な気持ちであった。
「はっはっは、相変わらずだなトウジ将軍は」
「笑わないでくれや…。なぁ、どうして敵は減ったんだ?」
「いや、すまんな。少なくとも昔のお前ならあの場でギャアギャアと喚いていただろうし、成長はしているようだ」
面白がるようにこちらを観察してくるサイカ将軍。
サイカ将軍とは随分長い付き合いになる。まだお互いに将軍になる前だから、かれこれ30年程前か…
互いに歳を食ったが、サイカ将軍が大人しくなっていくのに対し、自分はあまり変わっていない気がする。
まあ、今サイカ将軍が言った程度の分別は持つようになったがな。
「まあいい、理由についてだが、別に難しい事では無い。要は、所詮相手は烏合の衆に過ぎなかったという事だ」
烏合の衆…
そりゃ、確かに奴らは盗賊やら義賊やら別の都市の勢力の集まりではあったが、一応は目的を同じとした連合軍である。いくら被害が出たからと言ってそう簡単に戦線を離れられるだろうか?
仮に離れられたとして、目の前に大きな獲物がいるってのに、簡単に退くものだろうか?
少なくとも、俺なら退かないが…
「納得できないか? まあお前の事だから、獲物を目の前にして退くなどあり得んとか考えていそうだな。じゃあ問うが、その獲物とやらが確認出来ていなかったら、お前はどう思う?」
獲物が確認出来ていないって、どういう…………!?
「少しはピンときたか?」
「…ああ、アレを思い出した。『はぐれ不死族』の討伐依頼だ」
「懐かしいな。確かにあれには俺も煮え湯を飲まされたし、よく覚えている。まさにそれと同じ感覚だよ」
当時の俺はまだ、ただの小部隊の隊長で、サイカ将軍は諜報部隊の隊長だった。
その2部隊に与えられた任務が、領内に潜入した『はぐれ不死族』の討伐。
『はぐれ不死族』とは、極稀に亜人領に居を構えようとする不死族の変わり者の事を表す。
奴らにとっては、最も生きる(?)のに適した地域が不死族領となる為、こういった事は滅多に発生するワケでは無い。
しかし、極稀に生者を餌とし、他の領に移り住んで狩場とする不死族が存在した。
俺達に出された依頼は、そんな『はぐれ不死族』の討伐だったのだが、非常に苦労させられた事を覚えている。
というか、苦労どころか、最終的に未解決のまま撤退せざるをえなくなったのだが…
「結局、あれは『はぐれ不死族』だったのかねぇ…」
「さあ? まああの件は過ぎた事だ。気にしても仕方が無い。で、どうだ。理解できたか?」
「ああ、良く解ったぜ」
あの時の事は良く覚えている。
『はぐれ不死族』が居るらしいと報告を受けた俺達は討伐に向かう事になったのだが、その存在を発見する事は最後まで出来なかったのである。
だというのに、俺達の部下は一人、また一人と数を減らした。見えない敵の恐ろしさに、俺もサイカ将軍も恐怖を覚えた。
だがしかし、俺達は若かった。だから、成果を出さずに帰る事は出来ないと意地になって探したもんだ。
ジジイ共が止めに来なければ、1年だろうが2年だろうが探していたかもしれない。
「それは良かった。あの時は俺もこっぴどく叱られたからな。とはいえ、そのお陰で学ぶ事が出来た。不確かな情報で踊らされる愚かさ、そんな情報の為に危険を冒す無意味さを」
サイカ将軍の言った通り、あの件で俺達は部隊長としての意識を改革する事になった。
特に、組織としての考え方というものについては、ジジイ共にしっかりと叩きこまれた。
成果を求める事は大事だが、それが組織を脅かすという事は決してあってはならぬ事だと。
今回、敵兵の多くが戦場を去ったのもそういう事だろう。
そもそも、魔王が弱体化している、という不確かな情報から結成された仮初の連合軍に、結束力など無かったのだ。
故に、自分達の指揮官、主力が討ち取られてまで、戦に参加し続ける義理も理由は無かったのだろう。
敵の敵はあくまで利用者であり、仲間ではない。だから、不利を悟れば後腐れなく撤退する。
それを促すために行われたのが、先日行われた主力狩りの作戦なのだろう。
頭領を失ったムウマ盗賊団は半ば瓦解し、ココウ率いる南の軍勢は負傷したココウと共に戦場を去った。
他の部隊も、将や主力を失い、決して少なくない規模で姿を消していた。
今の敵陣は先日の半分以下、4000を下回る程度にしか残っていないようであった。
「恐らく、今残っているのはなんらかの事情で退けぬ者や、どうして良いか分からずに戦場に残った者達ばかりだろう。多少の抵抗はあるだろうが、今日中には後続の部隊とも合流する予定だ、問題は無いだろう。この戦はこれでほぼ詰みだ」
敵陣の向こう側には右大将率いる軍勢もいる。その上こちらにはまだ到着していない戦力が加わるのだ。その全てが集結すれば2万に迫る軍勢となり、戦局はこちらに圧倒的有利に傾く。
サイカ将軍が言う通り、この戦はこれで恐らく詰みだろう。
「被害ほぼ0でこの成果は少し怖いくらいだぜ…。左大将はどうやら本当にに大した奴みたいだな…。…いや、でも、サイカ将軍なら気づけたんじゃないか?」
「あと1日、いや、2日あればあるいは、な。正直な所、俺だって初めは敵を8000人の連合軍としか見ていなかった。少し考えれば分かる事なのにな…。俺も随分と耄碌したものだ…」
サイカ将軍の言っているように俺達は耄碌したのかもしれないが、他の若い将軍であってもすぐには気づけなかっただろうとも思う。
連合軍との戦いは今回だけでは無く、むしろ頻繁に発生していた。
荒神の敵は多く、連合軍との戦いなど、俺達は数十回に渡って経験している。
そんな経験を持つ俺達にとって、敵の連合軍は自分達を討つという、一つの意思を持った軍勢だと思ったいたのだ。
だから、今回の戦いも連合軍相手というだけで、盲目的にいつもと同じ戦いになると信じ込んでいた。
それがこんなにも簡単に瓦解するなど思ってもみなかったのだ。
もしかしたら、今までの戦いの中にも同じ状況があったかもしれないと思うと、複雑な気分になってくる…
「まあ、戦はまだ終わったわけでは無い。左大将に楽をさせて貰った分は今日の働きで返すとしよう」
こちらの感傷めいた複雑な気持ちを読み取ったのか、話を切り上げるようにサイカ将軍が背を向ける。
…その通りだ。俺達の仕事はまだ残っている。余計な事は、今は考えなくていい。
まずは、目の前の敵を蹴散らす事だけを考えるのが最優先だ。
「ああ、昨日は守ってばっかだったしな! やっぱり俺は守りは性に合わねぇ! 今日はしっかり攻めてやるぜ!」
折角娘も見ている戦場なんだ。ちっとくらいは良い所見せないとな!